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追憶の献花  作者: 流風
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3.久しぶりのお忍びと謎の果物

 



 ジェクト国の王都はそれほど大きくない。


 貴族街を抜け商人等の裕福な平民が住む区間の入り口で馬車を降りる。

 レイモンドが用意した馬車は装飾もなく外観はシンプルながら、座り心地が良く、御者も心得ているとばかりに軽快に馬車を走らせ、隣でお忍び用だと笑っているレイモンドが頻繁に使用していることが窺えた。


「ここに来るのも久しぶりだな」


「そうだろ?新しい店もたくさんできてるぜ。劇まではまだ時間があるから、色々まわってみよう」


 護衛は目立たないように周りに配備させ、ユリウスは久しぶりに市井の街並みを堪能する事となった。


 レイモンドと2人、並んで歩いていて、ふと横に伸びる細い路地を見れば、家と家を繋ぐように張り巡らされたロープに干された洗濯物がはためいている。その隙間から見えるのは青空に白い雲。耳に聞こえるのは姦しい女性達の話し声。


(平和だな)


 青空を見上げるなんていつぶりだろうか。最近では執務机に向かい下ばかり見ていた事にユリウスは気づいた。久しぶりに見る薄汚れた素朴な建物に挟まれた狭い路地から見上げる青空はとても美しかった。

 今まで何気なく見ていただけの景色は、政務に疲れたユリウスの心と体を街の喧騒が癒やしてくれていた。


「おぅ、兄ちゃん達、果物買っていかないか?」


 ふいに横から声がかかり、レイモンドが足を止めた。

 元の髪色がわからないほど全体が白髪に染まった老爺が、果物の入った木箱に囲まれて座っていた。


「おや、これは失礼しました。ご貴族様でしたか」


 ユリウスもレイモンドも整った顔立ちをしているため、老爺には高貴な身分だと即バレだった。そんな老爺の言葉に苦笑しながら否定の言葉は返さなかった。


「果物かぁ。おすすめは何?」


 レイモンドは老爺の前にしゃがみ込み、箱の中の果物を物色し始める。相変わらずノリが軽いなと、感心と呆れが混ざった感情でユリウスはレイモンドの隣に並び立った。


「これなんかどうですかな?西方の大陸から入ってきた果物ですが、みずみずしくて甘いですよ」


「これは……凄い色だね」


 食欲の湧かない濃い青色で、握り拳より小さく丸い果物はこの国では見たことのない果物だった。


「国王様が港を整備して下さったでしょう?そのおかげで珍しい物も手に入るようになりまして、この果物は味は良いのですが色が悪くてねぇ」


「そうかい?売り方次第では珍しい物好きの貴族にはウケそうだけど……あ、美味い」


 戸惑いなく果実に齧り付くレイモンドに勧められ、ユリウスも恐る恐る口にすると齧った箇所からじゅわりと果汁が溢れ出してくる。


「本当だ……美味しい。これはなんて名前の果実なんだ?」


 ユリウスの質問に、顎先の白髭を摩りながら老爺は答えた。


「確か……ジャノという果実ですな。ジュースにするには入荷量が少なく、ジャムにするには果汁が多すぎるのです」


「ジャノね……。あんがと。また来るわ」


 レイモンドは果実をペロッと平らげ、老爺の手に硬貨を落として立ち上がった。


「また来てなぁ」


 手を振る老爺を背にユリウスとレイモンドは並んで歩き出す。


「ユリウス、あの果実、夜会や茶会で出したら評判になりそうじゃないか?」


「そうだな。あれだけ鮮やかな青色の食べ物は見たことがない。他の果実と並べてカラフルに飾り付けたら貴婦人方の関心は買いそうだな」


「だろ?後で買い付けておこう。どうだ?たまにはお忍び外出もいいだろ?」


「あぁ、思ったより面白い発見があるな」


「劇も貴族が見るような劇場ではなく、広場で簡易劇場作って平民が見るような劇だ。たまには貴族だ王族だから離れて気分切り替えようぜ」


 ヘラヘラとチャラい口調で話すレイモンドだが、それがレイモンドなりのユリウスへの気遣いだというのはわかっている。

 その優しさに心の中で礼を言い、そのままのんびりと久しぶりの街歩きを堪能したのだった。





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