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追憶の献花  作者: 流風
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2.新国王ユリウス



 ーーー 国王ユリウスがまだ王太子だった頃




「ユリウス殿下、アリス妃が男児をお産みになりました」


 執務中の王太子ユリウスの元に侍女が王子誕生を伝えに来た。


「……そうか」


 ユリウスは一言そう言うと、再び目の前の書類へと目を向けた。しかし、集中などできるはずもなく、顔は冷静さを装いながらも心では溜息をついていた。


(自分がした事とはいえ……よりにもよって王子か。揉め事が起きなければ良いが)


 まるで他人事のように、未来を憂うユリウス。

 アリスに襲い掛かり無理矢理関係を持った事により産まれた王子。

 責任感がなく、自己肯定感が高いユリウス。この先、アリスにも産まれた王子にも、父として認められる事はなかった。




 ◇◇◇




 ユリウスの父親である前国王は、側室は持たず、妻は正妃一人しかおらず、また、妻である正妃を愛していた。子宝には恵まれず、遅くに生まれたユリウスは一人っ子という事もあり沢山の愛と国民からの期待を受け育った。


 何かあれば周りの大人がサポートしてくれる。ユリウスは優秀だが、生活環境が良すぎたのか、責任感や後一歩の先読みの力を身につけることなく、逃げ癖のある王太子となってしまった。




 そんなユリウスがまだ21歳と若く王太子だった頃、親である国王夫妻が急死した。静養で訪れていた離宮から戻る際に土砂崩れに巻き込まれてしまった……事故死だった。


 若くして王位を継いだユリウスは婚約者であるギフィア大陸にあるキルウィン国の王女アンジェリカと婚姻を結び第一王子であるドラクルが生まれた。


 アンジェリカとは政略結婚だった。ユリウスもアンジェリカも王族としての勤めは弁えている。最低でも2人、子作りに励み、アンジェリカのお腹の中に第二子が宿ったとわかるとすぐに、ユリウスは政務が忙しいとアンジェリカの元へ通うのをやめた。アンジェリカも特にユリウスを咎める事もなく、各々が干渉することもなくなってしまった。




 アンジェリカのお腹の中に第二子がいる頃、ユリウスは執務室でレイモンドからある誘いを受けていた。


「なぁユリウス、高飛車でも美人なら凄く魅力的に見えるよな」


「……いきなり何の話だ?」


 ユリウスは手元の書類から顔を上げ、顔を顰めながらレイモンドへと視線を移した。


 レイモンドは幼い頃から一緒にいるユリウスの学友だ。他者がいる場ではいたって真面目な好青年といった行動をとるが、ユリウスと2人きりになると、とたんに年相応の砕けた態度をとってくる。

 ユリウスの立場上、気心の知れた友は少なく、レイモンドのこの性格は好ましいとも思っている。


 レイモンドは騎士統括をしている父の側で仕事を学んでいる最中だが、よくユリウスの執務室を訪れては意味のわからないことを言っている。

 整った顔立ちに明るい茶髪の髪のレイモンドは昔から恋多き男だったが、この発言はどうなのか。新婚であるはずのレイモンドに変わった愛人でもできたのだろうか。


 ユリウスは今日も美しい王子様然とした顔に疲労の色を浮かべながら、書類へと向き直っていた。


 そんなユリウスにニコリと笑いかけながらレイモンドは話し始めた。


「いやぁ、すっげぇ美人が上から目線でものを言ってくるのを見ると、なんかこう……ぞくっとくるものがあるんだよ。貴族の我が儘娘とは別だぞ?」


「……だから、何の話だ?」


 ユリウスはレイモンドの話を理解しようとするのをやめた。

 先程から途切れず動き続けるペン先は、ユリウスの現在の忙しさを的確に表していた。

 アンジェリカが第二子も身籠ったことにより、子作りという問題から解放されたと判断されたのか、執務量が確実に増えていたのだ。


 インク切れをおこしたペン先をインク壺へと突っ込みながら、無言だが視線による露骨な邪魔するなという訴えを、レイモンドは全て見事にスルーした。


「今、巷で話題の演劇のチケットを手に入れてやったぜ。明日一緒に行こう」


「は?」


 ユリウスは顔を顰めながらレイモンドを見た。思わず止まってしまったペン先からは書類にじわじわとインクが滲んでいく。

 溜息を吐きながらインクが染み込んだため書き損じてしまった書類を捨て、書き直す為に新しい紙を用意した。


「この状況を見てわかるだろ?無理だ。仕事が忙しくて時間がない。演劇なんて見てる時間があるなら、レイモンドも手伝ってくれ」


「それ!ユリウス、最近働きすぎだ。たまには街へ繰り出して息抜きしないと。仕事のしすぎで倒れちまうぞ」


 そう思うなら寝かせて欲しい。


 だが確かに、以前はよくレイモンドとお忍びで市井へ繰り出していたが、結婚後めっきりそれもなくなった。『お忍びで』と聞くと遊び歩いているように聞こえるが、それも大事な事なのだ。


 ーーー 情報は上に立つ者には必須。


 貴族も王族も情報を集めておく事は大事だ。それは事件や貴族の揉め事だけでなく流行についてもだ。人も物も集まる王都では、そういった情報は集まりやすい。

 夜会での場を掌握する為には、いかに多くの情報を持ち会話をリードできるかにかかってくる。

 当然、市井の情報情報も重要となってくる。市井で流行りのものが市場を動かすこともあるからだ。


 街の様子を確認しておくのも王族として大事だろう。確かにレイモンドの言うとおり、たまには良いかも知れないな。


 小さく呟き思考を止めて再びペンを走らせはじめたユリウスはレイモンドへと書類を突きつけながら言った。


「わかった。だからお前も手伝えよ」


「了解!ちゃっちゃと済ませようぜ」


 明るく答えながら書類片手に鼻歌を歌っているレイモンドを視界の端に捕らえながら、ユリウスの口角は上がっていた。


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