謎の棒の正体
こんにちは~!! ひだまりのねこですにゃ。
さっきレビューされていて後で読もうと思っていたコメディーテイストの婚約破棄作品を読んだのですが、これがまた面白い。テンプレを笑いに変える作者さまのセンスに脱帽したわけですが……。
その作品の中で、最後、婚約破棄を宣言した第二王子と泥棒猫の令嬢が、第一王子によって罰を受けるいわゆるざまあされる場面があるのですが、なんと地下で奴隷が回している謎の棒を回すというものでした。
……奴隷が回している謎の棒? 何というパワーワード!!
言われて初めて気付いたんですけど、たしかにそういう描写とかシーンを漫画やアニメ、映画なんかで見たことがあるなあと。
笑いすぎてお腹が痛くなったんですが、ふと思ったんですよ。
ん? これの原点は何だろうかってね。謎って言われると、私気になります。
そこで、即興エッセイ。
奴隷が回している謎の棒の謎を解明するのです!!
……と言いつつ、実はすぐにこれかな、っていうのはわかっちゃったんですよね。
というのも、あまりに有名な元ネタがありますから。
そう、世界で少なくとも50億部以上売れているベストセラー『聖書』
その中に、おそらくは元ネタであろうお話があるのです。
とはいえ、私はミッション系の学校に通っていましたし、古代史や聖書は大好物ですから常識として知ってはいるのですが、日本ではあまり聖書を読む機会ってないですよね?
一応、ものすごく簡単に聖書について説明すると、聖書は新約聖書と旧約聖書から構成されています。
旧約聖書はユダヤ教とキリスト教の正典で、新約聖書は、イエスキリスト以降のキリスト教のみの正典となります。だから、旧約っていう呼び方は、あくまでもキリスト教側からのもので、ユダヤ教の正典はあくまでも旧約聖書だけなんですね。普通に『聖書 タナハ』と言います。
日本人からすれば、何のことやらわからないかもしれませんが、ユダヤ教もキリスト教も根っこは同じです。
新約、旧約の約とは、神さまとの契約のことです。
いつかユダヤの王となる救世主メシアが現れるというのが神さまとの契約。
そのメシアがイエスキリストその人であると主張するのが、キリスト教。
いや、まだだ……まだメシアは現れていないとするのがユダヤ教の立場です。
さて、横道にそれましたが、奴隷が回している謎の棒の元ネタの話に戻りましょう。
旧約聖書の士師記13章1節~16章31節に出てきます。
士師というのは、イスラエルの民を導くカリスマ的指導者たちで、12人いるのですが、元ネタになったのは、最後に登場する士師『サムソン』
聖書に登場する英雄の中でも最強クラスの怪力を持つ人物です。
『サムソンとデリラ』などオペラや映画にもなっているので、ご存じの方もいるかもしれませんが、この英雄、敵であるペリシテ人の計略によって力を失い、捕まって両目をくりぬかれた後、青銅の足枷をされ、牢屋で粉をひかせられるんです。
この粉をひくために石臼を回している場面が、まさに奴隷が謎の棒を回しているイメージと完全一致。
デンマークの画家カール・ハインリッヒ・ブロッホの「踏み車を引かされるサムソン」とか、フランスの画家ジョルジュ・ルオーの「石臼をまわすサムソン」なんかを検索してもらえるとイメージがわかりやすいと思います。
このサムソンの話は紀元前11世紀頃ですから、おそらく元ネタはこれで間違いないかと。
あとは、古代ギリシャ・ローマのコロッセオにあった昇降装置の動力とか、オリーブの人力圧搾機、とか、粉ひき機なんかも同じような棒を持って回す構造だし、帆船のキャプスタンなんかもやっている見た目同じですから、この辺りも関係はありそう。
こうした力仕事は、主に奴隷や犯罪者がやらされていたという背景もあって、奴隷としてこき使われる=謎の棒(日本人にとっては)を回すというイメージがヨーロッパを中心に作られていったのだと思います。
ですから、本来は粉をひく、オリーブを圧搾する、昇降機や帆船などの動力としての明確な役割、目的があったわけですが、日本においてはそのような歴史的な背景がありませんから、イメージとして形だけ取り入れた結果、奴隷が回す謎の棒が誕生したものと思われます。
これで終わっても良いんですけど、せっかくなんで、英雄サムソンの壮絶な生き様をエッセイ後編でご紹介しますね~。
それではまた後編でお会いしましょう。ばいにゃら。