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契約と幸せを呼ぶ人形

 老紳士は深いため息とともに灰色の瞳を閉じた。


「ある日、隣町に『幸せを呼ぶ人形の館』なるものが出来ましてな。友人に誘われて行ってみると、連れ合いの棺桶に入れた人形が飾られていたのです。私はすぐにその館の主に人形について訊ねました。すると、異国の地で代々祀られてきた貴重な人形だと言うのです」

「似た人形、ではないのですか?」


 ロイの質問に老紳士が重く頭を振る。


「それなら、どんなに良かったか。あの人形の左目の下にある傷と右手にある汚れ。そして、なにより人形が履いている靴下は連れ合いが手作りした物でした」

「むしろ、そこまで証拠が揃っているなら、取り返せると思うのですが」

「相手は異国で手に入れた、の一点張り。まずは墓を掘り返して棺桶に人形がないことを確認してから来い、というのです」


 老紳士は怒りを抑えるように左手で額を押さえた。


「安らかに眠っている連れ合いの墓を暴くなど、決してできない。そして、なにより人形が。見世物にされ、金儲けの道具にされている。それが許せないのです」

「こちらが棺桶の中を確認できないことを盾にしてるわけ、ね。依頼は人形を盗む、でいいかしら?」


 ヨミの言葉に老紳士が唇を噛む。


「ですが、人形が私の手元に戻ってきたら、私が盗んだ、と難癖をつけて、また奪われる可能性があります」

「確かに。棺桶に入れた物を盗むような人ですから。なにをするか予想できませんね」


 ロイが小さな顎に手を添えて頷く。ヨミは欠伸をしながら体を伸ばした。


「そこはサービスで、なんとかしてあげる」


 そう言うとヨミはカウンターからくるんと飛び降りた。全身が輝くと同時に人の姿になる。

 老紳士が感心したように息を吐いた。


「黒猫も美しかったが、こちらもまた美しい。ですが、なぜ猫の姿に?」

「ちょっと、ね」


 ヨミは顔を動かさずにロイを睨む。少し驚いた顔で軽く首を傾げたロイを置いて、ヨミは老紳士に視線を戻した。


「私はこの洋館の主、ヨミ。あなたの望むモノを盗んであげましょう。少しの対価と引き換えに、ね」

「なんとかなるのですか? 私に払えるものなら、なんでも差し上げます」

「じゃあ……その杖、でも良いかしら?」


 老紳士の顔が一瞬固まる。杖に視線を向け、悩むように唸った。


「人形を買った店で見つけた代物で、気に入っていたのですが……人形には代えられませんな。どうぞ、お受け取りください」

「対価は人形と交換でいいわ」


 普段と違う流れにロイが訝しむ。


「いつもなら先に対価をもらうのに、どうしたのですか?」

「ちょっと確信がなくて。でも契約は契約、ね。あなたの依頼は人形を盗む。対価はその杖。それで、いいかしら?」

「依存はありませんな。申し遅れましたが、私の名はグリス・セリオット。名を交わしたことで契約成立と致しましょう」

「いいわ。じゃあ、いってくる」


 ヨミはすぐに黒猫になった。グリスが動く気配のないロイに視線を向ける。


「あなたは行かないのですか?」

「私はカフェ(ここ)のマスターなので」

「長くは離れられない、ということですかな?」


 ロイは青水晶の目を丸くした後、すぐに微笑んだ。


「なかなか鋭いですね」

「老いぼれの戯言と流してくだされ」


 グリスがホッホッホッと笑う。ヨミはロイに念押しをした。


「今度こそ留守番。お願い、ね」

「はい、はい」


 ヨミは二人に見送られ、店から出た。


※※


 青空にぷかぷかと浮かぶ白い雲。森と畑に囲まれた、のどかで小さな田舎町。

 その中心地近くにある建物に、大勢の人が集まっていた。


 洒落た二階建ての館。元は店だったのだろう。一階には大きめの窓が並び、その先には広いホール。二階にはバルコニーまである。

 表の大きな入口には行列ができ、待ち切れないように館の中を覗く人々。


 ヨミは館の様子を観察するため、ドアの影に身を潜めた。こういう時は猫の小さな体が役立つ。

 そこに若い男女が談笑しながら近づいてきた。


「あの人形を見るだけで、なんか嬉しくなるのよね」

「ああ。なんか満たされるって感じだな。ただ、見れなかった日は最悪だ」

「わかる。見そびれた日はなんか寝れなかったわ」


 男が頷きながら同意する。


「俺なんか、見れなかった日は酒が不味くてさ。見物料も安いし、金がなかったら物でもいいからな」

「着なくなった服とかでも見物料になるから助かるわ」


 二人の背中を見送りながらヨミは眉をひそめた。


「あの宝石なら喜びが力になるから、喜びを感情を引き出すのは分かるけど……でも、それだけでこんなに人が集まるかしら?」


 他の人も館に入る前は、苛立っていた人々が、出てきた時には明るく喜んでいる。


「普通ではないわ、ね。しかも、その異常さに気づいていない」


 ヨミは空に鼻を向け、臭いを嗅いだ。


「でも、恐怖の宝石の時みたいに人々から魔力は感じない……入って調べるしかないわ、ね」


 人が少そうな館の裏口にまわる。そこで、男の懇願する声がヨミの耳に飛び込んだ。


「一目! 一目だけでいい! 人形を見させてくれ!」

「しつこいな。ダメだと言っているだろ」


 すがりついてくる痩せ男を、厳つい顔の筋肉ダルマがあしらっている。

 そこへ二人を仲裁するように馬車が停まった。筋肉ダルマが痩せ男を押し退け、馬車のドアに頭を下げる。


「おかえりなさいませ!」


 馬車から降りてきたのは、濃い化粧をした初老の婦人だった。婦人が扇子を広げ、痩せ男を見下ろす。


「どうしたの?」

「姉御が気にするほどのことではありません!」


 痩せ男が婦人の足元に駆け寄り土下座した。


「人形を! 人形を一目見せてくれ!」

「別にいいわよ」


 痩せ男が満面の笑みで顔を上げる。


「見物料を払えば、いつでもどうぞ」

「そ、それは……グハッ」


 筋肉ダルマが痩せ男を蹴り、婦人から遠ざける。


「人形が見たければ、盗みでもなんでもして、さっさと稼いでこい」

「ちょっと」


 婦人の冷えた声に筋肉ダルマが固まる。


「口に気をつけなさい。どこで誰が聞いているか分からないのよ。それとも……あなたも、その男みたいになりたいの?」

「す、すいやせんでした!」


 筋肉ダルマが直角に腰を曲げ、頭を下げる。婦人は何事もなかったように裏口から建物に入った。


 地面に転がったまま起きない痩せ男を見ながら、ヨミはふと呟いた。


「まるで中毒者みたい。……中毒?」


 何か思い当たったヨミは屋根に登った。煙突に近づき臭いを嗅ぐ。普通の人なら気づかない。猫になり感覚が鋭くなっているからこそ分かる。


「微かに香る、この匂いは……」


 ヨミは近くにあった屋根裏部屋の窓から館の中へ入った。埃を被り雑然と置かれた荷物の間をすり抜け、天井裏へと移動する。

 足音なく歩いていると、高らかな声が聞こえた。


「…………成果は上々ね。こんな田舎町でも、これだけの人を虜にできるなんて。大きな街に行ったら、どれだけ人を集められるか」


 姿は見えないが、この声は先程の婦人だ。ヨミは足を止めて聞き耳をたてた。


「これだけの人々から注目される私を社交界は無視できなくなるわ。そうすれば、社交界に呼び戻されるのも時間の問題。私を追放した奴らの悔しがる顔が浮かぶわね」


 満足そうに笑う声を聞きながらヨミは考えた。


「金品が目的ではなく、自分の思い通り人が集まるか試した。つまり、ここは実験会場ってこと、ね。さっさと盗まないと大きな街に移動してしまう可能性が……」


 そこでヨミは嫌な視線を感じ、本能的に硬直した。


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