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依頼終了

 少女はカフェで出されたホットミルクを飲み終えたところで、眠気に襲われていた。

 ゆったりとした落ち着く雰囲気にのまれたのか、噂がどうにかなるかもしれない、という安心感からか。


「ちょっと、だけ……」


 カウンターに肘を付くと、そのまま吸い込まれるように目を閉じていた――――――――



「お姉ちゃん、こんなところで寝てたら風邪引くよ」


 軽く体を揺すられた少女が目を擦りながら頭を上げる。そこは勝手知ったる自分の家で、キッチンのテーブルにうつ伏せで寝ていた。


「え? 私、カフェにいたのに……?」

「カフェ? 夢でも見たの?」

「夢……? でも、夢にしては……って、それより大丈夫なの!?」


 少女に迫られた妹がキョトンとする。


「大丈夫って、なにが?」

「変な噂を聞いて部屋に閉じこもっていたじゃない!」

「あ、あれ?」


 妹が恥ずかしそうに頬をかきながら視線を逸らす。


「なんか、すっごく怖かったんだけど、寝たら吹っ飛んじゃった。今考えると、なんであんなに怖いと思ったのか分かんない。どんな噂かほとんど覚えていないのに」


 えへへ、と照れ笑いする妹を少女は抱きしめた。


「あー、もう! とにかく良かった!」

「ど、どうしたの?」

「あのままだったら、どうしようかと……」

「お姉ちゃん、心配しすぎだよ」

「もう! 人の気も知らないで!」



 仲の良い姉妹の喧嘩風景が水盆に映る。



 黒猫のヨミはカウンターの端で寝転んだまま、その様子を眺めていた。

 子どもの姿のロイがミルクを入れた皿をヨミに差し出す。ヨミはフン、と顔を背けた。


「猫扱いはやめなさいって言ってるでしょ?」

「コップだと飲みにくいと思いまして」

「うっ」


 図星のため反論できない。無言になったヨミにロイが話題をふる。


「噂はなんとかなったみたいですね」

「あの街から指輪が消えれば、噂の現象も消えるわ。最初はただの噂だったモノが、語り継がれていく中で感情を巻き込み力をつけ、真になり、形になる。そもそも言葉は、大なり小なり力を持っているものだし」

「言霊……ですか?」

「あら。よく知ってるわ、ね」

「昔、読んだ本に書いてありました。その本を読んだ理由は覚えていませんが」


 ロイが首を傾げて悩む。


(昔、私が読むように薦めた本に書いてあったけど。私が関わっている部分の記憶が無いから、曖昧にしか覚えていないの、ね)


 ヨミは複雑な気持ちのまま話を続けた。


「……力をつけた言葉は、長い年月をかけて感情を集め、具現化する。その形は様々だけど、共通しているのは強い力を秘めた宝石が付いていること」

「そして、過去を変えることができる」


 噛みしめるように呟いたロイにヨミが小さく頷く。


「宝石の力の源は人々の感情。時間は人々の感情の流れの集まり。だからこそ、時間を変えられる」

「でも、宝石は一つではないんですよね?」

「全部で八個。それぞれ違う感情が力になっているわ」

「今、手元にあるのは信頼の感情の宝石が付いた髪飾りと、悲しみの感情の宝石が付いたネックレスの二個。残り六個……」


 ヨミは体を丸くして目を閉じた。


「そのうち集まるわ。そのためのカフェなんだから」

「宝石の情報が集まるカフェなんて便利すぎですね」

「……あまり人と関わりたくないから、必要最低限の接触にするために、情報から集まるように設定したの。って、それより!」


 ヨミは思い出したように顔を上げてロイを睨んだ。


「何度も言うけど、使い魔なら主の命令なしで勝手に出て来ない。あと、魔力を消費するから姿も勝手に戻さない。あなたが早く起こしたから魔力が少ないのよ」


 最後に指差すように尻尾をビシッとロイに向ける。ロイは呆れたように肩をすくめた。


「なら、カフェに変なモノを送りつけないでください。依頼人もいるのに、正体不明の黒い手をよこされても迷惑なんです」

「あら、苦戦でもしたの?」

「まさか。ただ、不気味でしたので」

「あら。意外と臆病なの、ね」


 挑発的な言葉に青年が怒りを込めた笑顔で訂正する。


「慎重なだけです。で、カフェに送りつけてきた、あの黒い手はなんだったのですか?」

「あれは例の噂の一部。噂を聞いた者から恐怖心を吸い取り、最後は命を取る」

「では、あの黒い手の数だけ噂を聞いた人がいた、と?」

「そう。そして、吸い取った恐怖心や命を力に変換して、恐怖の宝石に集めていた」

「あの奪われた指輪に付いていた宝石ですか」


 ロイは悔しそうに呟いたが、すぐに頭を振り平静な顔になった。


「あと、どうやってカフェに黒い手を送りつけたのですか?」

「報酬でもらった髪の毛。あれを利用させてもらったわ」


 その説明だけで意味を悟ったロイが怪訝な顔になる。


「髪の毛を黒い手に取り込ませて、髪の毛の本体である依頼人がいるカフェに飛ばした、ということですか?」

「簡単に言うと、そういうこと」

「依頼人を餌にするなんて、疫病神って呼ばれたことありません?」

「ないわ」

「そもそも、その宝石たちはこの洋館を守っていたんですよね? それが世界中に散らばって、騒ぎを起こしている。この時点で世界規模の疫病神なのでは?」

「グッ」


 ヨミは反論できず、言葉に詰まった。こうなったら寝たフリしかない。

 耳を横に倒したヨミは黒い毛皮の中に顔を埋めた。


「ここで依頼人が来るのを待つのも時間が勿体ないですし、私も探しましょうか? 貸しの一つや二つある貴族がいますから、国を捨てた今の私でもお願いしたら宝石探しに協力するでしょう」

「それは協力と言うより脅しじゃない?」

「さて?」


 ロイが子どもの外見を活かして可愛らしく笑う。

 ヨミは少しだけ目を開けて気になっていたことを訊ねた。


「どうして国を捨てたの?」

「それもあまり覚えていないのですが……なにか国に失望することがあり、成人したら国を捨てて旅に出ると決め……いや、なにか目的があって旅に出た、ような? やはり、この辺りは記憶が曖昧ですね」


 腕を組んだロイがうーんと唸る。ヨミは目を閉じて顔を逸らした。


(たぶん国を捨てる原因になったのは私。すべてを戻さないと。本来のあるべき姿。居るべき場所に)


 思いに耽るヨミにロイがずずいと迫る。


「それより」


 思わぬ気迫にヨミは思わず目を開けた。眼前にロイの顔。美形は間近で見ても美形。

 なんてことを考えていると質問の嵐が。


「あの金髪男から緑の宝石を取り返さないといけません。あの男はどこの誰で、何者ですか? 貴女との関係は?」

「それは……」


 何かを言いかけたヨミは視線を伏せて口を閉じた。そのままロイの腕の間をすり抜け、軽い足取りでカウンターから飛び降りる。


「逃げるんですか?」


 眉間にシワを寄せるロイの前に絶世の美女が現れた。どこか悲しげに揺れる黄金の瞳に、ロイの動きが止まる。


 人の姿になったヨミは、子どものロイと視線を合わすように腰を下ろした。ロイの頬に白い手を添え、軽く首を傾げる。


「明日の朝はバターたっぷりの焼き立てパンが食べたいわ」


 ヨミは強制的に話をすり替えた。しかし、こんなことで誤魔化されるロイではない。


「私には魔力が勿体ないから元の姿に戻るな、と言っておいて、自分は簡単に戻るんですか?」

「あら、猫の姿でお願いしたほうが良かった?」

「そういう問題ではありません」


 どんどん冷めていく青水晶の瞳にヨミが苦笑する。


「はい、はい。そうね……彼の名前はテラ。今はこれぐらいしか言えないわ」

「まだ知る時ではない、と?」

「そういうこと」

「……わかりました」


 ロイが拗ねたように渋々頷く。その顔に、ヨミはふと出会った頃のロイの姿が重なった。

 銀髪で、十歳ながらも大人びた振る舞いをして。背伸びをしていた少年も、いつの間にか青年に。でも、自分の姿はあの時のまま、変わらない……


 ヨミは表情を緩め、ロイの黒髪を撫でた。


「えらい、えらい」

「だから! 子ども扱いしないでください!」

「はい、はい」


 怒るロイをかわして、ヨミは猫になった。


「おやすみ、ね」

「まったく……おやすみなさい、よい夢を」


 文句を言いたげなロイを残し、ヨミは奥の部屋へ歩く。その背後では……


「いろいろ卑怯なんですよ」


 ロイが顔を赤くしてズルズルと座り込んでいた。


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