宝石を求めるお互いの目的
ヨミはキツく目を閉じて刺される衝撃に備えた。すぐに魔法で傷を治せば、なんとかなる。そう判断して。
キィン――――――――
ヨミの黒耳に高い金属音が入る。次に大きな手に優しく掴まれ、体が宙に浮いた。
驚いて目を開けると、そこは逞しい腕の中。視線の先にいる中年男は剣を飛ばされ尻もちをついている。
ヨミは指輪を咥えたまま、背後を見上げた。
すると、そこには…………
精巧な銀細工のごとく壮麗な銀髪に、甘い飴のようにしっとりと輝く青水晶の瞳。筋が通った鼻に薄い唇。
精悍でありながら、眉目秀麗な顔立ち。スラリとした長身だが、しっかり筋肉が付いていると分かる体格。
社交界に出れば、あっという間に令嬢に囲まれるだろう、文句なしの美青年。
しかし、ヨミは居心地が悪そうに顔をしかめた。一方で青年が呆れたようにヨミへ視線を落とす。
「こういう時は喚んでください。私はあなたの使い魔なんでしょう?」
ヨミは咥えていた指輪を前足に引っ掛けながら答えた。
「……別に喚ばなくても、自力でどうにかできたわ」
「また、やせ我慢を言う」
「我慢なんてしてない。それに依頼人はどうしたの?」
本来の姿で現れたロイがヨミを抱えたまま、剣を鞘に収める。少し反った刀身に片刃という珍しい形をした剣。
「お疲れだったようで、ホットミルクを飲み終えると寝てしまいました」
「眠らした、じゃなくて?」
「さて?」
憎たらしいほどの綺麗な微笑み。この外見の良さで、どれだけの人を誑かしてきたのか。
ヨミは少しムッとした。しかし、その感情の理由が分からず俯く。
そこに、中年男が立ち上がりながら恐る恐る訊ねてきた。
「あ、あの……ロイロ様……ですか?」
猫が人の言葉を話す光景は目に入っていないらしい。すがるようにロイだけを見つめている。
ロイは青水晶の瞳をキツくした。
「ロイと呼べ、ギュロンス。その名で呼んでいいのは…………誰だ? 誰か……誰かだけ、と決めたはずなのに」
ロイの眉間にシワがより、秀麗な顔が歪む。その様子に、ヨミの胸にからっ風が吹いた。その記憶を憶えているのは自分だけだと再認識させられる。
(大丈夫。すべてを戻せば、この感情もなかったことになる。すべて、戻さないと)
考え込んでいたヨミは中年男の声で現実に引き戻された。
「や、やはりロイ様! 生きておられたのですね!」
「ギュロンス様! いかがなされましたか!?」
屋敷の使用人たちが激しく扉を叩く。ギュロンスと呼ばれた中年男はドアに怒鳴った。
「なんでもない! 私が声をかけるまで何人もこの部屋に入るな!」
「は、はい! 失礼いたしました!」
バタバタと足音が走り去り、庭で吠えていた番犬が静かになる。
ヨミはロイの肩に移動して訊ねた。
「知り合い?」
「はい。私の元家庭教師です」
元を強調したロイの言葉にヨミが反応する。
「訳あり?」
ロイはつまらなそうに説明した。
「私に自分の好みの思想や思考を刷り込み、私を使って政権を操ろうとしていました」
「それは誤解です! 私にそんな意思はなかったと何度も申し開きを!」
足に飛びつきそうな勢いのギュロンスを無視し、ロイは話を続けた。
「ですので評議会に判断を委ねた結果、私の家庭教師から外され、地方に飛ばされ…………あぁ。ここはギュロンスが治めている土地か」
「思わぬところでの再会、ね」
「そのようです。さて、ギュロンス」
全てを潰すかのような重く低い声。青水晶の瞳が冷たく突き刺す。
「この地で呪いの噂というものが流れ、死者が出ているそうだが、耳に入っているか?」
「そ、そのようなことは、初耳です」
ギュロンスが逃げるように視線を逸らす。明らかに何かを隠している態度。
ロイはこめかみを引きつらせた。
「分かった。遠回しな言い方はやめよう。今回の呪いの噂の出処はギュロンス、そなたか?」
「そ、それは、その……」
「答えよ」
王族特有の人を従わせる威圧感。ギュロンスが命乞いをするように膝をついた。
「わ、私は依頼されただけなんです! 呪いの噂には関わらないように、と!」
「関わらないように? ならば、出処はそなたではない、ということか?」
「そうです! 私はナニも知りません!」
普通なら嘘をつくな、と追求するところだが、ロイは室内を見回して軽く頷いた。
「呪いの噂で死者が出ても原因を究明ぜず、放って置くこと。それが依頼で、その対価がこの無数の装飾品、か。それで警備兵も動かなかったのだな」
「そうなんです!」
領土を預かる者として、あるまじき行為。
自分の弁明で必死なギュロンスは、ロイからの侮蔑の眼差しに気づかない。
「では、その依頼をしたのは誰だ?」
「それ、は……」
言葉に出そうとしたギュロンスが突然喉を掻きむしった。口から黒い煙が吐き出される。
「おや、おや。名を出すのは契約違反ですよ」
軽い口調だが、落ち着いた声。崩れ落ちていくギュロンスの背後に青年の姿。
「……誰だ?」
ロイが剣に手をかける。青年は絶命したギュロンスを跨ぎ、ロイたちの前で足を止めた。
一つにまとめた太陽のように輝く金髪。一筋だけ流れる前髪の下には、新緑の葉のように光る翡翠の瞳。彫りが深く高い鼻に厚い唇。
彫像のように整った顔に、均整がとれた筋肉質な体。まるで芸術作品が動いているような美丈夫。
青年はロイを無視してヨミに微笑んだ。
「久しぶり、ヨミ。ずいぶんと可愛らしい姿だ、ね」
「……いろいろあったのよ」
超絶不機嫌なヨミの心情を察したのか、いないのか。青年が笑顔のまま話を続ける。
「おや、猫の姿も良いと思うよ。愛らしいことに変わりはないから」
ロイの顔が明らかに不機嫌になるが、そのことに気づいていないヨミはあっさりと青年の言葉を切った。
「そこは変わってほしいわ。私だって好きで猫になったわけじゃないんだから」
「そうなのかい? それにしても、早い目覚めだった、ね。困ったことに、まだ君を殺す準備の途中なんだ」
青年がすまなそうに眉尻を下げる。一方のロイは青年の不穏な言葉に対し即座に戦闘態勢になった。
「どういうことだ!?」
ロイが抜刀する。だが、青年はロイには目もくれず、ヨミを安心させるように優しい声で語りかけた。
「とても良い方法を思いついたんだ。前回は熱くて苦しい死に方をさせたけど、今回はちゃんと殺してあげられるよ。この方法なら、死んでも甦ることはな……」
雄弁な青年にロイの顔がどんどん険しくなる。話を断ち切るようにロイは叫んだ。
「質問に答えろ!」
一瞬で距離を縮めたロイが剣を振り上げる。普段の冷静なロイからは考えられない突然の動き。
肩にいたヨミはバランスを崩し、前足にかけていた指輪が宙を舞った。
「しまっ!」
ヨミは慌ててロイの肩を蹴り、指輪を追いかける。
指輪とヨミが前方に現れ、ロイの動きが一瞬止まった。その隙に青年がロイの手を蹴る。
「クッ!」
痛みと衝撃でロイの手から剣が落ちた。同時に青年がヨミに手を伸ばす。ヨミは指輪を諦め、素早く青年と距離を開けた。
ヨミを捕まえられなかった青年は残念そうに肩をすくめ、床に落ちた指輪を拾った。
「それを返せ!」
突進するロイに、青年が指輪を眺めながら左手をロイに向ける。
『叩打』
魔法の詠唱を極限にまで短くした超高位魔法。扱いが難しく、幻の魔法と呼ばれている。詠唱が短いため防御をする前に攻撃をされ、しかも威力が桁違いに強い。
ロイが気がついた時には足が地面から離れ、壁に叩きつけられた。
「ガッ……」
全身を鉛玉で殴られたような衝撃とともにロイが倒れる。髪は銀から黒へと変わり、十歳の姿になった。細い手足に赤い傷が走り、痛々しい。
「ゲホッ、ゴホッ」
それでも立ち上がろうと小さな体でロイがもがく。
「動かないで!」
ヨミは急いでロイの側へ走った。ロイが何か言おうとするが声にならず、変な呼吸音が漏れる。
「しゃべらないで」
ヨミは長い尻尾をロイの胸に当てた。
『癒治』
「へぇ。すぐに治してあげるなんて、ヨミは優しい、ね。それに、前より感情が豊かになった、かな?」
回復したロイが顔を上げ、子どものまま青年に飛びかかろうとする。
「このっ、んが!」
「静かに」
ヨミは尻尾をロイの口に突っ込んで物理的に黙らせると、青年に訊ねた。
「あなたは今回、死んだの?」
「いや。準備を終えて死のうと思っていたから、まだ死んでないよ」
「世界のバランスが崩れるわ、ね」
「大丈夫。世界に影響が出る前に君を殺すから。今度こそ完璧に。それとも……」
青年がロイへ意味深な笑みを向ける。
「テラ!」
ヨミは黄金の瞳を細め、鋭く睨んだ。赤の他人というより、親しい人を叱るような雰囲気。
テラと呼ばれた青年がヤレヤレと頭を軽く横に振る。
ヨミはロイの口に入れていた尻尾を外した。ヨミとロイが睨み合う。
すべてを――――ロイと出会わなかった過去に――――戻す。
すべてを――――ヨミとの記憶を失わなかった過去に――――戻す。
そのためには宝石が必要。
無言の意志はお互いに届かない。ヨミはぷいっと体を反転させた。
「戻るわよ」
「ですが、指輪が!」
「命令」
「……はい」
ロイは青年を睨んだまま、ヨミとともに姿を消した。
明日から一週間ほど1日1話投稿していきます
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