噂の原因は
少女からの指摘にロイの表情が崩れ、顔が真っ赤になる。しかし、すぐに目を閉じて表情を消した。
「そんなことは、ありません」
青水晶の瞳が現れると同時に、いつもの余裕がある笑み。澄まし顔だが顔の良さから可愛らしさが勝つ。
外見は十歳だが、中身は二十歳。伊達に腹の探り合いの世界で生きてきたわけではない。表情と感情の切り替えは得意。
ただし、耳はまだ赤い。
そのことに気づいていないロイは、何事もなかったように話を進めた。
「では、あなたの依頼は、噂を盗む、でいいですか?」
「え? あ、はい。でも、対価が……さっきも言いましたが、お金はそんなに持っていなくて……」
ヨミは目を細め、少女の頭から足先までじっくりと眺めた。水面のようにキラキラと輝く栗色の髪。枝毛も切れ毛もなく、毎日手入れをしていると分かる。
「そう、ね。対価はあなたのその綺麗な髪。その髪、一房でいいわ」
「えっ!? それだけで、いいんですか?」
「ええ」
「こんな髪で妹が助かるなら! いくらでもどうぞ!」
迫ってくる少女にヨミは頷いた。
「契約成立、ね。先に髪をもらってもいいかしら?」
「はい、どうぞ」
少女が躊躇うことなく背中を向けて髪を差し出す。
ヨミはさり気なく少女の髪を撫でた。それだけで、手の中に一束の髪がある。
少女は驚きながら自分の頭に触れた。
「え? いつの間に? 切られた感じがしなかった……そういえば、その髪はどうするんですか? その量だとカツラも作れないですよね?」
「髪はいろんなことに使えるのよ。昔から髪には魔力が宿る、とも言うし、ね」
「ですが、本当にこれだけでいいんですか? 対価が少なすぎません?」
ヨミはどこからか取り出した布袋に髪を収めた。
「大丈夫よ。あなたからは情報という対価ももらっているから。それと」
言葉を切ったヨミは少女に顔を近づけ、内緒話をするように囁いた。
「一人でカフェから出ないように、ね。ここはどこにもあって、どこにもない特殊な場所。魔力が見えない人が外に出たら、魔力の狭間に落ちてしまうかも」
「え?」
顔が青くなった少女をロイがさり気なくフォローする。
「カフェから出なければ大丈夫です。ほら。脅していないで、さっさと噂を盗んできてください」
「本当のことを言っただけなのに。じゃあ、あとはお願い、ね」
「どうぞ。のんびり待っています」
「のんびり……できるかしら」
ロイの片眉が上がり、子どもらしからぬ顔になる。ヨミは意味深に微笑むと、黒猫に姿を変え、軽い足取りでカフェを後にした。
※※
いつもより星が輝く新月の夜。家々の明かりは消え、不気味な静寂に包まれる。
裏路地を歩いていたヨミは暗闇に鼻を掲げ、魔力を嗅いだ。普通なら気がつかない、微量の魔力。猫の姿となり、五感が鋭くなっているからこそ分かる。
か細くも、蜘蛛の糸のように街中にはり巡った魔力。
「噂はだいぶん広がっているみたい、ね。まずは、あの少女の家から行きましょうか」
道に残る少女の微かな魔力を辿り、ヨミが到着した先は、どこにでもある普通の家だった。
一つだけ違うのは、二階の一室だけ黒い霞に包まれている。不気味な気配が漂い、近づきたくない。実はここに来る途中にも、同じような靄が何箇所もあった。
「あんな不穏なモノが街のアチコチにあるのに。見えないっていうのは、ある意味幸せなのかもしれない」
ヨミは屋根に移動すると、袋から栗色の髪を一本だけ咥えた。
部屋を包んでいた霞がフワリと動く。巨大な黒い手に形を変え、ヨミに襲いかかってきた。
「より強い魔力を求めているみたいだけど、私は相手をしている時間はないの」
巨大な黒い手がヨミを掴もうと襲いかかる。だが、ヨミは髪を咥えたまま平然とその場に座った。
風も音もなくヨミを包み込むように指が広がる……が、ヨミに触れる寸前で、黒い手が髪の毛に吸い込まれた。
シュルルルル――――――――きゅっぽん。
軽い音を残し、黒い手が消える。そして、ヨミが咥えていた髪の毛も塵のように消えた。
「カフェでロイが相手をするわ」
ヨミは意地悪く微笑むと、次の黒い靄がある家へと移動した。
こうしてヨミは、事務作業のように街中の黒い靄をカフェ送りにしていき、最後は街の中心にある屋敷の屋根にいた。
どうやら、この街を治めている領主の家らしい。黒い手の魔力はすべてここに繋がっていた。
「街に散らばった死の原因は全部回収。あとは大元を盗めば終了、ね」
ヨミは軽い身のこなしで屋敷の窓枠に飛び乗り、黒い手をちょいちょいと動かした。それだけで自然と窓が開く。
窓の隙間からスルリと室内に入ったヨミは呆れながら呟いた。
「ずいぶんと悪趣味な部屋」
それは見事なまでに無駄に飾られた部屋だった。
深夜なのに煌々と輝く明かり。埃一つなく磨かれた宝石や壺の数々。一つ一つが派手で主張し合い、品も纏まりもない。
「節操がない、というか。もう少しセンスが欲しいわ」
ここは応接室のようで、奥に寝室に繋がるドアが見えた。部屋の主はそちらにいるらしく、イビキが聞こえる。
「今のうちに」
ヨミは目的のモノに向かって一直線に歩いた。
豪華な輝きの中に埋もれた一つの小さな箱。細かい彫刻が施された一級品だが、シンプル過ぎて存在感がない。
しかし、ヨミは目を細めて口角を上げた。
「見つけた」
ヨミは小箱を開けようと黒い手をかざしたが、小さな火花に弾かれた。
「あら、あら。守護魔法がかけられているの、ね。でも」
今度は小さな鼻を箱に近づけ、軽く上に振った。小箱の蓋がヨミの動きをマネしたように開く。
「あった」
ヨミの視線の先。そこには指輪があった。
緑の宝石が付いているだけのシンプルな指輪。宝石の中心は吸い込まれそうなほど深く暗い緑。
「やっぱり、指輪が原因だったの、ね。これを盗めば依頼は完了」
ヨミは指輪を咥え、顔を上げた。プツン、と何かが切れる感触。
(しまった。何か仕掛けが……)
今まで聞こえていたイビキが止まる。寝室のドアが激しく開き、中年男が飛び込んできた。
「誰だ!?」
無駄に着飾った寝具を身にまとったセンスが悪い姿。この部屋の主だと一目で分かる。
中年男がヨミを見つけ、拍子抜けした顔になった。
「猫? どこから入って……って、なにを咥えている!? それを返せ!」
飛びかかってきた中年男をヨミはひらりと躱して床に着地する。中年男が壁にかけていた剣を手に取った。
「どこから入ってきた!?」
主の大声に反応して屋敷全体が騒がしくなる。窓の外では番犬が鳴き声をあげ、使用人たちの慌ただしい足音が響く。
「返せ! この、泥棒猫め!」
怒鳴り声とともに剣が振り下ろされた。ヨミは素早く避けたが、すぐに剣が追ってくる。
ヨミは大きくジャンプをして美術品か並ぶ棚に移動した。さすがに美術品は傷つけたくないのか、中年男の動きが鈍くなる。
ヨミは器用に美術品と攻撃を避けて歩きながら悩んだ。
このまま魔法で逃げることも出来るが、確認したいこともある。しかし、このまま話しかけても猫がしゃべった、と驚いて会話にならない可能性が高い。
(さて、どうしようかしら)
考えるヨミに中年男は近くに飾ってあった花瓶の水を花ごとまいた。
「にゃっ!?」
思わぬ攻撃にヨミは飛び上がり、棚から落ちる。
「ここまでだ!」
中年男がヨミを串刺しにするように剣を突き出した。ヨミは咄嗟に防御の魔法を詠唱しようとしたが、咥えている指輪が邪魔で声が出せない。しかも落下中のため、体をひねって避けるにも限界がある。
というか、もう間に合わない。
迫る剣先にヨミは目を閉じた。
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