ヨミの過去
先程まで室内だった場所が一瞬で屋外に変わった。
天井が消えた頭上には憎らしいほど清々しい青空。大きな石を組んで造られた階段状の物見席。そこに集まり賑わう民衆。
ヨミたちは幻影とは思えぬ光景を前にしていた。
眼下には円形に囲われた頑丈な石造りの塀。その先には赤土が敷き詰められた、騎士や兵たちが訓練する闘技場。
普通なら風が吹くと、埃が巻き上がり土の臭いがする。だが、それらは一切なく、現実ではないと感じる。
そんな闘技場の中央に設置された火刑台。そこに人の姿をしたヨミが魔力封じの鎖で縛られていた。
恐れも怯えもなく、諦念を帯びた笑みを浮かべている。
これから処刑されるとは思えぬヨミの様子に囁く群衆。そこに少年の怒号が響いた。
『離せ! 私は誑かされてなどいない!』
物見台の中でも一番壮厳な席。そこで十五歳ほどの少年が、魔力封じの魔法陣の中で、数人の騎士に抑えつけられていた。
鮮麗な宝飾品より艶やかに輝く銀髪。知的で普段は冷徹な青水晶の瞳。通った鼻筋に、薄い唇。中性的で端正な顔立ち。
しかし、今はその面影がまったくなかった。
銀髪を無惨に振り乱し、青水晶の瞳を怒りで燃やす。顔は悪鬼のごとく歪み、その変わりように誰もが目を逸らす。
『ヨミはなにもしていない! 私はなにもされていない!』
暴れる少年に男が近づく。一部の乱れもなく撫でつけた白金の髪。目元のシワの先にある深い紺碧の瞳。通った鼻筋と薄い唇は少年と似ている。
身につけている品はシンプルながらも一級品揃い。だが、服装など関係なく、佇むだけで威厳と存在感に溢れている。
男が少年に哀れみの声をかけた。
『ロイ。おまえは魔女の魔力に惑わされているだけだ。処刑が終われば、正気に戻る』
『私は正気です! 王! いや、父上! どうか! どうか、慈悲を!』
王が軽く頭を振る。
『聡明で賢く、我が後継ぎとして多大な期待をしていたが……全てはあの魔女が原因。刑を執行せよ!』
号令と同時に、火刑台が炎に包まれた。
熱風とともにヨミの長い黒髪が天へと昇る。白い肌は煤で汚れ、罪人が着る黒い服が灰となり崩れ落ちていく。
その光景に青年のロイの足が動いた。
「無駄よ」
黒猫のヨミはロイの肩に飛び乗り止めた。
「これは過去の幻影。触れることも、変えることもできない」
ロイがゆっくりと肩に視線を向ける。揺れる青水晶の瞳にヨミの胸が痛む。
「本当にあったこと、ですか?」
「……えぇ」
これ以上、ロイを直視できないヨミは視線を伏せた。ヨミとの記憶を失くしているロイには身に覚えがない光景。だからこそ、信じられず衝撃も大きい。
ロイが剣を持つ手に力をこめる。指の間から血が滴り落ち、床に赤い花が咲く。
ロイは黙って幻影に視線を戻した。
迫りくる死を前にしても火刑台のヨミは慌てることなく、少年のロイを見つめる。炎の隙間から黄金の瞳が柔らかく微笑んだ。
「『ヨミ!』」
過去と現在のロイの声が重なる。
刹那。
晴天を黒雲が喰らい、稲妻が駆け、雷鳴が割いた。突然の荒天に人々が慌てふためく。
喧騒の中、旋風に煽られた炎が火柱となり、ヨミの体は朽ちた。




