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スクランブル・トライスターズ

作戦開始時刻が迫り、王立空軍の少佐としての私の活動が始まった。

乗員待機室には私の機に乗る面々の他に、護衛機のパイロット達も寄り集まっていた。皆それぞれにタバコを吹かし、カードに興じ、瞑想していたが、作戦自国を示すアラームを聞くと立ち上がり粛々と扉の外の滑走路甲板向かう、道すがらの整備兵や友好のあるパイロットと短い挨拶を交わしながら。

『現在、作戦開始時刻-5分。作戦機は甲板上にて発進待機』

曇り空をかき分けて甲板を歩く。

差し渡し1800mはある装甲甲板を持つこの艦は王国に3隻しかない貴重な航空空母だ。敵国領内の浮遊岩礁地帯に出来た索敵網の穴に艦隊ごと潜んだそれの上にズラリと並んだ戦闘機の数は20、爆撃機の数は8。圧巻だった。さらに他の駆逐艦などからも航空機は発進して30機編隊が組まれる予定だ。

戦闘機も爆撃機も同じエンジンを使っているので音は統一されている。ただし戦闘機は機体の尾部に1発のエンジンと2重反転プロペラなのに対し、爆撃機たちは翼の上に1発ずつを載せている。主翼の下に胴体を吊り下げる形状のため、大径のプロペラでも甲板を叩かないで済む造りだ。代わりに複雑な構造の2重反転機構を廃している。

「ヘンリー」

王国の頼もしい戦友たちにばかり目をやっているわけにもいかない。自分の乗機の服操縦士を担当するベッカムに急かされて機首のハッチに潜り込んだ。機の腹の中には皆揃っているようだ。ベッカムと併せ、機銃手が3人、駁撃手が1人。皆他の戦線から同じ機体で生き抜いてきた頼れる友だ。

「行こう。連中が首を長くしてプレゼントをお待ちかねだ」

甲板上の全機がタービンエンジンをアイドリング状態で回しているので機内で会話するにしても相当の声量が必要だが、皆の気合の入った返事は子気味よく私の耳に届いた。

発進時刻だ。

自信もコクピットのシートに座り、ダイヤルメーターを確認する。燃料計、2基のエンジンの回転数、駆動油圧装置の圧力、気温、高度、大気速度、方位――。

そして最後に拡張視野補助装置を調整する。これは10人に1人くらいの割合で持っている『見えない力の流れが見える』感覚を利用した計器の一種だ。王国標準のものは個人ごとの感覚の微妙な違いに合わせてアジャストするために4桁のシリンダーで調整できるようになっている。起動させると足元や計器などを透過されて甲板のマーキングが見えた。視点の先には姿勢、大気速度、対地高度、そして注視しようとすれば視界上の味方機たちにグリーンのマーカーが設置されていく。私は出来ないが十分に熟練すれば背後の敵を察知出来たりするらしい。

この装備こそ今日の航空機パイロットの最も強い味方であり、この爆撃機には人数分の装置が搭載されていた。

『作戦機各位へ、行動開始。離陸後は会敵まで無線封鎖を実行』

甲板作業員による合図で皆エンジンのスロットルを開く。

甲板上の機体の固定が順番に外れていき、艦首の機体から次々と甲板を走り抜け、そのまま真っすぐに落ちていく。

この航空空母は浮遊岩礁に艦首を下に向けて係留されていた。甲板上は先ほどまで重力偏向術式が作動していたために立って歩けただけで、私が甲板の上を艦尾方向に歩いているとき、地上を背にしていたのだ。

各々の機が岩礁を避けながら水平飛行へ移り、編隊を組んでいく。各機の移動は味方機それぞれに打たれたマーカーによって効率よく行えた。無線を封鎖していても僚機の位置確認と識別が容易なのだ。

ほどなく、爆撃機たちは戦闘機に周囲を囲まれる中央に集まった。これで攻撃目標が近づくまでは何もすることはない。ずっと機外を眺めて、哨戒や迎撃に来る敵機を探すだけ。

「見ろ」

副長のヘンリーが高空の一角を指した。彼の指先を追うと巨大な氷が落下しているのが見えた。

「甲柱が脱皮してるぜ」

「ああ、結構大きいな」

有史以前からある、我々の遥か頭上にある天蓋、神の地などと言われるそれを支えているらしい無数の塔。その表面は常に凍っており、時折に張り付いた氷や氷柱が風圧や衝撃などで剥離して落ちることがあった。高空で大規模に剥離すると地上に落ちてくるときに大惨事になることもあるが、稀だ。私にしてみれば空に天蓋があることと至る所に無数に柱が立っていることは多少の不満の種だった。これのおかげで空で直線的な進路を取れないことはままあることだった。最も何をしても全く壊れない性質を利用して空中に補給基地を作るための土台にしたりも出来るので一王国軍人としては感謝もしている。本国では主力未満の空中艦隊の港として活用が始まっているらしい。

地図上と、調整された視界に映るチェックポイントを通過。発見を避けるために慎重に練られた飛行コース。

「そろそろだぞ」

幾つもの甲柱のそばを通り抜けて、攻撃目標の街に近づいてきた。結局ここまで何の迎撃もなしとは教団の連中も詰めが甘い。

「標的、セント・ヒルデガルド市を視認」

「爆撃コースに乗った」

「爆弾倉扉展開・・・完了」

「対空砲火を視認」

「出迎えご苦労。ではレッドカーペットを敷いて差し上げろ!」

視界に表示される爆撃コースに取り付けられた赤い×マーク、駁撃開始地点の印が今直下に来た。

「投下開始!」

「投下、投下!」

高効率魔晶爆弾をロックしていたアームが外れ、機体が浮き上がる感覚が切り離しを認識できた。

一機につき爆弾は3発。機数を掛けて、24発も使えばどうなるか。知識としては知っているがさて、本物のショーを見るのは初めてだ。

爆弾は空中で爆発させるために先端を地面に向けて落ちるように重心を調整されている。その上で爆弾の先についた長尺の棒が起爆装置となっており、先端が接触したり棒が折れたりすると即座に起爆するという仕組みだった。

爆弾たちは仕様の性能を忠実に発揮した。青い閃光ののちに急激に反応した魔晶が紅蓮の熱と衝撃を拡散させる。更に周囲の空間に無秩序な結晶構造を発生させて、地形生物問わず巻き込んで広がった。男も女も、子供も老人も問わずに全部燃やして、破裂させて、そして串刺しにしてやった。殺してやった。狂信者どもめ、見たか。私はやったぞ。

「戦果を確認・・・。やりました、セント・ヒルデガルド市は壊滅です!」

「やったな」

ベッカムが付き出して来る拳に自分のものを合わせ、皮手袋を鳴らす。

「ああ、だがまだまだこれからだ。ここから順番に都市を燃やして、奴等の首都までカーペットを広げなきゃな」

そのためにもまずは母艦に帰り、補給しつつ次の標的に進むのだ。

周りの機体たちが凱旋のために旋回を始める。母艦は移動して別の岩礁地帯に隠れている手筈になっていた。

通信がにわかに騒がしくなる。

「どうした」

ベッカムがヘッドセットに集中し管制機から情報を得た。

「奴等だ!狂信者たちの戦闘機に艦隊が襲われている!」

「奴等の空軍か。迎撃部隊は出てるんだよな?」

「ああ、だが相手は空軍じゃなく三文字だ」

なんてことだ。連中は狂信者の中でも特別だ。通常の手順、戦力では艦が食われかねない。

「管制のロックヘッドはどうするって?」

「母艦は既にこっちの全機を呼び戻すつもりでいる。俺達爆撃機は空中待機、いざとなれば第二合流地点まで退くように、と」

「ロックヘッドはどうするんです?」

左側機銃手のチャンミーが後ろから聞いてくる。彼の兄はロックヘッドのレーダー操作員をやっている。

「戦闘機隊を誘導する」

そうだろうな、そうするしかない。せっかくここまで再侵攻出来たのにまた引くことになるのか。

「滞空可能時間は残り3時間。合流地点までは辿り着けるだろうが、接敵して回避機動を取らされれば機体を捨てることになるかもしれない」

「それは、面倒なことになるな」

既に編隊を分け我々とは違う方向に飛び始めた護衛戦闘機たちの向こう側で、曇り空が淡く瞬いた。

「おい、あれはなんだ」

「ふ、不明。方位と高度は艦隊とのランデブーポイントに見えます」

「ロックヘッドより入電、巡洋艦ローラン爆沈」

「馬鹿な、対空特化の最新鋭艦だぞ!?」

このとき、私は幸運だったのだろう。調整視野が普段の私が発揮できる性能を超えて機能して遥か遠方に現れた不明機を捉え、マーキングを打ち込んだ。直後にレーダーが反応する。距離から考えて、甲柱等の遮蔽を使ってここまで接近してきたのだろう。既に艦隊に向かった護衛戦闘機たちとの交戦距離に入る。

「ヘンリー、ロックヘッドが艦隊を襲ったのは3機だと言っている。そのうち1機が分かれて此方に接近していると」

「じゃあ、アレがそうか」

その機影が遠くに閃いた次に、味方の護衛機が何機か纏めて火の玉になった。まるで巨大なハエたたきで上から叩き落とされたかのような、ひどい落ち方だった。

「あれが三文字の戦闘機か」

「確認しました。エンジンナセルに3つの星が描かれてる、情報にないタイプです」

奴は1機だけで20機もの此方の戦闘機を斃す気でいる。斃せる気でいる。

まさかとは思うが、もしかしたら私たちの誰も第二合流地点にさえ辿り着けないかもしれない。

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