昔と今
俺が穂乃とファミレスに行こうと思って席を立ったところで、名前を呼んできたのは……紗耶香だった。別れた後、一度も話したことはなかったので、半年……いや、7か月ぶりくらいだろうか。
「あの、蒼汰。このあとちょっと時間ない?話があるんだけど」
「ごめん。予定あるから。じゃあ」
「ま、待ってよ!ちょっとだけ!ちょっとだから!」
「はあ……ごめん。ちょっとだけ待っててもらってもいい?」
「……うん」
引きそうもなかったから穂乃に一言言ってから紗耶香について廊下に出る。
「で、話って何かな」
「えっと、蒼汰。話すの、凄く久しぶりだね」
「……そうだね。で、何の用?この後予定あるから手短にお願いしたいんだけど」
「あ、そうだよね……。……その、蒼汰。あの時はいきなり別れようなんて言ってごめんなさい」
「いや、いいよ」
「……それで、私たち……もう一回やり直せないかな?」
「は?」
「いや、あの時別れたのはその、色々思い違いがあったというか、別れたのは間違いだったというか……とにかく、もう一度やり直せないかな」
何を言っているんだろう、この人は。なんでそんなことを言い出した?なんでそんなことが通ると思っている?……ああ、そうか。あの時の教室での会話を聞かれてたことを知らないのか。
でも、そんなことを言ってくるってことは……
「……誰かに自慢できるくらいにはなれたのかな」
「え?」
「……紗耶香。それは無理だよ。」
「な、なんで?……あの時は何も言わずに急に別れようなんて言って悪かったけど、それは色々と思い違いがあって、本当に後悔してて……。それに、あんなに仲良くしてたじゃん」
「あの時は、紗耶香と一緒にいて本当に楽しかったよ。ずっとあんな時間が続けばいいと思ってた」
「それなら……」
「でも、またあの時間に戻りたいとは思わないよ。一回中途半端な奴だって理由で振られて、また付き合っても、次も同じ理由で振られるんじゃないかって思うからね」
「え、なんで……」
「……また付き合おうって言ってきたってことは、俺はそれなりに自慢できるような人間になれたってことなのかな?……うれしいような気もするけど、そんなこと言ってほしくなかったな」
「そんな……」
「……君は中途半端な俺が好きじゃなくなったって理由で別れたんじゃなくて、中途半端な奴は自分に釣り合わないからって理由で別れたんだね。それでそれなりになったらまたよりを戻そうって……君がそんな理由で恋人を選ぶような人になってたなんて知りたくなかったよ。多分君は俺とまた付き合っても、もっと凄い人を見つけたらすぐそっちの方に行くよ。……そんな人と付き合おうとは思わないし、俺はもう君のことは好きじゃない。……それに、俺今気になる人いるしね。……じゃあ、さようなら、綾目さん」
「あっ……」
――……少し言い過ぎたかもしれない。後半は絶対言わなくてもうよかっただろうに。絶対言い過ぎた。……まあ、いいか。中途半端だったやつが言う妄言程度に思ってほしい。
教室のドアを開けると、ニヤニヤした亮真と少し顔を赤くした穂乃がいた。
「穂乃、どうしたの?顔赤いけど」
「いや、大丈夫!大丈夫!」
「それならいいけど……」
「で、何の話だったんだ?綾目のやつ」
「あぁ……なんか、よりを戻したいとか言われた。何言ってるんだって話だよ」
「そうだなあ」
「じゃあ、もう行くか。じゃあね、亮真」
「おう。伏見もな」
「あ、うん。じゃあね」
そうして俺たちは教室を出た。もう、紗耶香のことは整理がついていたと思っていたのだが、言いたいことを吐き出して少しすっきりした気がする。まあ、もう紗耶香のことは忘れよう。せっかくの打ち上げだしね。
ファミレスに着いて、二人でテストの結果を見直しをすることにした。注文したものが来るまでの短い時間だけだけど。
「あー、これは……ケアレスミスだね」
「そーなんだよ!これ一つで4点落としてると思うともったいない……!」
「そしたら85点いけたねえ」
「蒼汰君はどこで間違えたの?」
「俺は……ここ」
「ほー?……ここは計算間違い?」
「うん。やらかしたねこれは。もっと頑張らないと」
「……蒼汰君は凄い頑張ってるよ!」
「え?」
あれ?なんか変なこと言った?凄い勢いで……褒められたのか?これは。
「蒼汰君は凄い頑張ってる!それに、馬鹿な私に勉強教えてくれて、こんなに点数も上がって……蒼汰君は凄い人だよ!もっと自信もっていいんだよ!」
「えっと……穂乃?いきなりどうしたの……?」
「あっ……いや、ごめん急に」
「ううん」
少し沈黙が流れた後、注文していたものが運ばれてきた。
「それで、どうしたの?いきなり。何かあった?」
「……さっきの人」
「あー、もしかして教室の?」
「元カノだって聞いたから……」
「あー、亮真に聞いたんだ」
「あっ、ごめんなさい」
「いやいや、謝ることじゃないよ。大分前の話だしね」
「それと……別れた理由も……」
「え゛、亮真そんなことも言ったの」
「……蒼汰君は凄い人だよ!優しくてかっこよくて……私の自慢の友達だもん!」
――そう言われた瞬間、涙が出そうだった。今まで、がむしゃらに頑張ってきたことが報われたような、そんな気持ちになった。何というか、救われたような気がする。
「……ありがとう、穂乃。穂乃にそう言ってもらえて、本当に……本当にうれしいよ」
そう言うと、穂乃がカチーンという文字が浮かび上がるんじゃないかという勢いで固まってしまった。
「穂乃?」
「あっ……そ、そういうことだから!蒼汰君は自信もっていいんだからね!」
「うん。ありがとう」
「……何今の笑顔……やばいやばい何あれやばい……」
なんだか顔を赤くしてぶつぶつとつぶやいているけどどうしたんだろうか。
「じゃ、じゃあ……打ち上げしよう!」
「あ、そうだね。そういえばお疲れさまも言ってなかった」
「じゃあ……」
「うん」
穂乃がドリンクバーで取ってきた飲み物をとる。俺も自分の飲み物をとった。
「「テストお疲れ様~!」」
その後は、テストの結果の話をして、ファミレスを出た後は二人でショッピングモールを歩いて回ってから帰った。
そしてテスト返却2日目。
「むぅ……」
「ご褒美考えておこうかな~」
「次!次が本命だから!日本史は一番できたから!」
日本史は最後の教科だ。ここまでは全教科俺のほうが点が高かった。まあ、ご褒美については考えておこうかなとか言ったけどもう決めている。
「俺も日本史はそこそこ自信あるよ?」
「100点だもん!」
そして、チャイムが鳴り、採点で少し疲れた様子の先生が入ってきた。
「はーい、席に着け―」
その声にまだ座っていなかった人が自分の席へと戻っていく。ふと隣の席の穂乃を見ると手を合わせて祈るようなポーズをしている。
やたらご褒美のことを気にしてるけど、そんなにかなえたいことがあるのだろうか。
「中尾~」
「はい」
穂乃の方を見ていたら自分の番が来ていることに気が付かなかった。急いで先生の方に行き、テストをもらう。
「中尾は……お、頑張ったな。最高得点だ」
「ほんとですか!ありがとうございます」
席に戻って、穂乃の結果を待つ。出席番号が割と近いのですぐに穂乃が返却された答案をもって帰ってきた。かなり嬉しそうにしながら。これは……結構点良かったのかな?
「ふっふーん」
「だいぶ良かったみたいね……」
「じゃあ、見せ合いっこといきますか!せーのっ!」
その合図に合わせて伏せていた答案を表に返す。
出てきた点数は……あれ?
「……一緒だ」
「ほんとだね」
「あーもぉー!最高得点だったって言われたから絶対勝ったと思ったのにぃー!」
「俺も同じこと言われて同じこと思ったよ……ふふっ」
全く同じことを思っていたことが、嬉しいようなおかしいような感じがして笑ってしまった。穂乃を見ると穂乃もつられたように笑っていた。
「あーでもこれ勝負はどうしようか?」
「うーん……お互いにお願い聞こうよ」
「うん、そうだね」
先生がテストの解説をするようだったので、そこで会話は切れてしまった。
解説が終わり、先生が帰った後、穂乃の方を見るとかなりテンションが高いように見えた。
「じゃあ!お互いの要求を言っていこう!」
「要求って……お願いを聞くのと要求ってなんかちょっと違くない?」
「という事で蒼汰君の要求は⁈」
「ええ……。まあいいか。ええっと、俺のお願いは……、今度さ、夏祭り……一緒に行かない?」
誘ったのはその日の花火を見ながら告白したら絶対成功するという噂のある夏祭り。
「えっ……あ、うん!行く!行こう行こう!」
「?どうしたの?」
「えっとぉー……私のお願い、どうしようかなあって」
「え、考えてなかったの?」
「いや、考えてたんだけどね?……被っちゃったから」
「ああ……え?」
「あはは、テストの点だけじゃなくてお願い事まで被っちゃうなんて、びっくりだねえ」
「ほんとに?ははは、凄いな、それ」
そうか……。穂乃もあの夏祭りに……。あれ?もしかして穂乃もあの夏祭りの噂を知ってるのだろうか?
そう思って穂乃の顔を見ると、その頬が少し赤みがかっていた。
その後、俺が夏祭りで穂乃に告白し、俺たちは付き合い始めた。
それから、本当に楽しい高校生活を過ごして、二人で頑張って同じ大学に行って、大学を卒業した後、結婚した。穂乃と付き合ってからも、何にでも全力で取り組むということは当たり前になっていたけれど、元々は彼女と別れたショックで頑張っていたんだったなあ。
あの時は辛かったけれど、それを乗り越えたからこそ今があるんだと思うと、心は晴れやかになる。
「どうしたの?蒼汰」
「いや、幸せだなと思ってさ」
「ふふっ、私も幸せ!」