突然の呼び出しと決意
3話で終わります。
俺――中尾蒼汰はとても充実した高校生活を送っている。特にこれと言った大きなイベントがあったりするわけではないが、多くはなくても友達がいて、なんといっても彼女がいることが大きいと思う。一緒にいるととても楽しくて、安心する。友達と一緒に遊んでいる時も楽しいが、彼女と一緒にいる時間が今の俺の一番の宝物だ。
そんな俺の彼女、綾目紗耶香に話があると言われて、呼び出された。
……なんだろう、話って。今日は一緒に帰る予定だし、その時にでも話せばいいと思うのだけど。
そんなことを考えながら待ち合わせの場所に着く。
「お待たせ、紗耶香」
「あ……蒼汰」
「珍しいね。こんなとこに呼ぶの。何かあった?」
クラスは違うが、休み時間はよく互いの教室に行って話をしているので呼び出して話なんて本当に珍しい。もしかしたら何か困ったことでもあったのだろうかと心配になってしまう。
「……」
「え、ほんとに大丈夫?」
「……蒼汰」
「……」
少しの沈黙があったので、言いにくいことがあるのだろうと思い、真剣に紗耶香の言葉に耳を傾ける。
「私たち……別れましょう」
「え……」
別れる?どういうことだ?
突然のことで頭が回らない。
「な、なんで?……俺、紗耶香になんか悪いことした……?」
「とにかく……そういうことだから」
そう言って紗耶香は足早に去っていった。
別れる?なんで?なんでそんな、突然……
――キーンコーン
……チャイム?
気づいたらかなり時間がたっていたらしい。
とりあえず教室に戻らないと。紗耶香とは……学校が終わったらもう一度話をしてみよう。俺が悪いところがあったのならしっかり謝らないといけないし……もしかしたら、何かの間違いだったり、勘違いがあったりしたのかもしれない。
その後の授業は全く集中できなかった。なぜ紗耶香が別れようと言い出したのか、何が悪かったのか、そのことばかり考えてしまって何も頭に入ってこなかった。
取り敢えず、紗耶香の所属するクラスの教室に行こうと思ったのだが、紗耶香に別れようと言われたときの光景がフラッシュバックしてきて、異常なほど足が重い。結局、紗耶香のいる教室の前に来るのにかなり時間がかかってしまった。そして来てから気づいた。
ああ……教室で待っているわけはないのか……。
そう思ったのだが、もしかしたらと思い耳を澄ませる。中からは女子の集団の声がする。その声の中の一つの声に耳が止まった。中学の頃から聞きなれた声。中学生の時に告白して、それから今まで付き合ってきた人の声。
「だって、良いやつだけど、中途半端なんだもん」
その声が放った言葉は今まで言われたことのない彼女の俺に対する辛辣な評価だった。
「なんていうか……器用貧乏って言うの?何やっても微妙なんだよね蒼汰って」
「まあ、釣り合ってなかったよねえ」
「紗耶香ならもっといい彼氏できそうだしね」
「次はみんなに自慢できる彼氏捕まえるもんね」
そこまで聞いて、ショックでその場から駆け出していた。
辛い。悲しい。ずっと仲のいい恋人同士だと思っていたのに。これからもずっと一緒に居たいと思っていたのに。そう思っていたのは自分だけだったなんて……。
心の中で負の感情が渦巻いたのまま帰宅した。誰もいない家の中に入り、取り敢えず頭を冷やすためにシャワーを浴びた。その後自分の部屋に行き、ベッドに潜る。携帯を開くと二人で遊びに行った時の写真が浮かび上がる。
……もう、あんな楽しい時間が来ることはないのか。もう、紗耶香は俺の彼女ではないのか。紗耶香は俺のことをあんな風に思っていたのか。
ぐるぐると思考をループさせていると部屋の外から妹の声が聞こえてきた。俺が帰ってきた時には家にいなかったのにいつの間にか帰ってきていたらしい。
「兄貴!いる?」
「……いるよ。どうした?」
「お母さんが買い物して帰ってくるからなんかほしいものないかって」
「無い」
ありがたいけれど、今はそんなことを考えている余裕がなかった。そのためか、ついそっけない返事をしてしまった。それを敏感に感じ取ったらしい妹が言葉を続ける。
「どうしたの?なんかあった?あ、彼女と別れたとか!」
「……」
「え、マジ?」
「ああ……。そんなわけだから今日はちょっとそっとしておいてくれ」
「……わかった」
そんな会話をした後、またさっきまでと同じようにぐるぐると思考を巡らせる。
俺と別れた理由。紗耶香が俺が中途半端で何をやっても微妙な奴だからだと言っていた。確かに俺は昔から器用貧乏といわれることが多かった。何やっても、まあまあ、そこそこ止まり。特別できないこともないけど、凄いと言われるほどできることもない。紗耶香はそんな俺が嫌だったのか。釣り合ってない、か。確かに紗耶香は高校に上がるときにすごくおしゃれになって可愛くなった。それも俺のためにやっていると言ってくれていたのにな……。……一緒にいる時間は本当に楽しくて、それは紗耶香も同じだろうと思ってたんだけどな……。いつからあんな風に思われていたんだろう。告白を受けたわけだし、最初からではないはずだ。それなのに、それなのに……。
また、別れようと言われたときの光景がフラッシュバックしてくる。
……怖い。紗耶香のように、今いる友達も家族ですら俺の前から去っていってしまう気がした。それは嫌だ。みんなに見捨てられて独りになることが途轍もなく怖い。心にぽっかりと穴が開いたような喪失感が体を支配して、息がしづらく感じる。あんなに仲が良いと思っていた紗耶香ですら、いなくなったんだ。もう、誰がいなくなってもおかしくない。
それは嫌だ。嫌なら変わらなければ……。このままの中途半端な俺のままだったら、また誰かが俺の周りからいなくなってしまう。……俺に得意なことなんてない。それなら、全てのことを全力でやろう。そうしないとだめだ。そうしないと俺は変われない。変わらないと、周囲の人は減っていく。もう失わないために、一秒も無駄にしないように、全てのことを全力で……