表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

99/233

第二十六話

 群島諸国の子爵であるエドガー・ド・ダリマルクスと、旧ハイセルク南部方面軍との間で共同管理されている魔法銀鉱に於ける最大拠点は、ジョッシュ男爵が管理する支城であったが、鉱山麓に設けられた採掘施設の一角にもハイセルク兵の砦が存在している。


 共同管理の提案以前に建てられたその砦は、鉱脈の調査、探鉱、試掘の拠点であり、物資の集積地と魔物等に対処する前哨基地として機能を果たしていたが、今では周囲から魔物は一掃され、ハイセルク側の兵員の待機場、及び炭鉱夫達の緊急避難先となっている。


 そして今、その砦内にある対間者用の防諜が徹底された一室で、継ぎ接ぎと畏怖されるデュエイと、ハイセルク帝国南部方面軍大隊長であるハドロが密会をしていた。


「東部からよく来たな、デュエイ」


「お元気そうで何よりです。ハドロ大隊長」


 今のハイセルク残党は、現在デュエイが訪れている南部方面軍、そして戦力を抽出されたとは言え、対リベリトア商業連邦に備えて残された二個歩兵大隊とジェイフ騎兵大隊を有する旧東部方面軍の二つに分かれて存在していた。


 二つの地域を結ぶ主道は魔物により失陥した為、直接的に領土は面していなかったが、デュエイを始めとする最精鋭の兵士により、細心の注意を払いながら連絡は取り続けられていた。


「ゼーレフ旅団長よりお詫びの言葉を預っております。東部より大々的に増援を送れず、すまなかった。以上です」


「ゼーレフ旅団長らしい……仕方のない事だ。リベリトアに感づかれる訳にはいかない」


 デュエイにとっても歯痒い事態であった。兵力の増員も武具の調達も覚束ない東部方面軍にとって、残存兵力は容易に切ることが出来ない手札である。


 それに加え、大規模な戦力を輸送する為の輸送路は魔物によって封鎖された。そして何より、懐柔策や貿易路の締め付けによって、残党の緩慢な崩壊を望むリベリトア商業連邦がハイセルク残党同士の繋がりを知れば、速やかな殲滅論が連邦内で巻き起こるのは誰の眼にも明らかだ。


「とは言え、悪い事ばかりでは無い。《鬼火》も冥府から帰還した」


「懐かしい名です。当時の部下は皆、優秀でした。それを、奴らが、クズ共が吹き飛ばしやがった」


 忘れる筈がない。サラエボ要塞の戦闘を思い浮かべたデュエイは、歯を噛み鳴らし唸り声を上げた。分隊を、リグリア大隊を失い、祖国の崩壊を招いた忌わしき地だ。筋肉が膨張に耐えられず、継ぎ接ぎ合わせた皮膚からは血が滲む。そこでデュエイは口調が乱れていた事に気づいた。


「失礼しました。少々興奮して」


 取り出した布で出血を拭き取り、魔力膜で止血を図る。


「無理もない。恵まれた南部方面の私ですら、同じ気持ちだ」


 ハドロ連隊長は、静かに、それでいて決して消えることのない憎悪の炎を身に宿している。炎帝龍と数十万の魔物が犇めく大鍋にハイセルクが容赦無く放り込まれたのは、改めて語るまでも無い。昨日の事の様にデュエイは思い出せる。


 どれだけ必死に足掻いて戦っても、国が滅びるのを防ぐ事が出来なかった。それどころか、数十万の民衆が魔物によって嬲られ、犯され、踊り食われてしまった。

全身を削り取られる様な戦いを繰り返す中で、それまで生き残っていたウィラートさえも失う。今では彼らの願いと移植された皮膚はデュエイと共にある。


「それで聞き取りは」


「あの少年兵二人に昔話をしたようで、俺が昔馴染みと分かると、素直に話してくれました。どうやら支城での大立ち回りの所為で処刑されると、ウォルムが逃げ出したのが真実です」


 ハドロは頭を抱えて深い溜息を吐いた。


「あれだけの戦果を成し遂げた者を処刑など、有り得ない。実に、大変だった。一部の兵は、鬼火に焦がれ騒ぎ立てる。エドガー子爵やジョッシュ男爵は我らが潜入させていた兵だと勘違いを起こしていた。その為お互いが要らぬ腹の探り合いだ。苦労した」


「戦闘中は、淡々と敵を殲滅するのですが、どうにも小心者の一面があるようで、困った奴です」


「違いない。それでも、必要だ」


「はい、散らばった祖国を継ぎ接ぎし、ハイセルクの滅亡を望む者達を殺しきるには、奴が必要でしょう」


 連絡を取り合う南部・東部方面軍は祖国の復興を望んでいる。その為には一人でも多くの兵士を集めなくてはいけない。それがリベリトアとクレイストを焼き続けた《鬼火》ともなれば欠かせない戦力であった。


「しかし、少し問題が。どうやら奴はダンデューグで魔物の眼の移植を受けたそうで、その後遺症が今になり発症したようです。失明までそう時間が無いらしく、その治療法を探すために迷宮都市やアレイナード森林同盟を巡るとの事でした」


「魔眼か…。並みの治療薬では役に立たないだろうな。迷宮都市の真紅草か耳長の治療薬、残るはマイヤードのセルタに居残る至高の治療魔術師くらいか」


「大暴走を起こしたリベリトアとクレイストに疑問を感じ残ったそうですね。忌まわしい異界のクソ共の一人にしては、素晴らしい心がけです。とは言え、旧敵に頼るのは、複雑な感情を抱かざるを得ません」


「そう言うな。代替わりした女大公は大暴走と戦争を経て、現実を見る様になった」


 マイヤードの女大公の政策で、ハイセルク兵やフェリウス兵の取り込みも激しい。現地で未亡人と関係を持ち、里心が付いてしまったハイセルク兵も少なくない。そう連絡員から聞かされていた。その手の連中はセルタで骨を埋めるだろう。男であるデュエイも否定はしない。


「セルタの兵力が増強されればされる程、クレイストの戦力がマイヤードに向く。奴らも大暴走で自国を犯した二国に反抗するつもりのようだ」


「では同盟の話は」


「南部と東部の主道、炎帝龍回廊の開通次第、速やかに行われる」


 デュエイは一層声を細めて尋ねた。


「それでは、建国宣言は?」


「陛下の遺児が行う」


 皮肉なものであった。皇帝陛下に類する血縁は皆、炎帝龍や大暴走により飲まれた。しかし、皇帝陛下の子ではあったが、帝位継承権外の十三歳の私生児だけが唯一生き残った。


 分断された帝国を繋ぐ小さな希望。陛下の遺児がいなければ帝国の残滓は霧散し、軍権を巡り本当に軍閥が生じていただろう。混じったとは言え、青い血というのはそれだけで人を束ねる力を持つ。


 故に、その身の安全は万全でなければならない。ハイセルクの残滓が陛下の遺児の名の下に集結を果たそうとしている。そうリベリトアに知られれば、連中はあらゆる物を捨て去ってでも葬り去ろうとしてくるに違いない。準備が整うまでは、南部と東部が軍閥として対立している様に見せかける必要があった。


 南部と東部を繋ぐ道を取り戻せば、次はセルタ領に逃げ延びた残存兵力と繋げる。皮肉にもその下地は出来上がっている。何せ、理の外の存在である炎帝龍が巨大な一本道を作り上げた。今でも秘密裏ではあるが、少数の兵や商人が護衛付きでその道を行き来していた。


「デュエイ、君は共和国の儀式が控えている。ウォルムの件は、南部方面軍から人を出して探し出す」


「分かりました。お任せします」


 必要な情報のやり取りを済ませたデュエイは部屋を後にすると、東部からの随伴員に声を掛けた。それはウォルムを除き、分隊内で唯一生き残った、日焼けしたような肌を持つ男だった。


「おう、待たせたな」


「で、どうします。一度、東部へ帰還するんですか?」


「そうだと言いてぇところだが、このままアレイナード森林同盟に入る。四年に一度の楽しい儀式の時期だ。ハイセルクの武威を示すには絶好の機会だろう」


「楽しそうで何より、俺には無縁の話ですが」


 男が連絡員の一人に選ばれたのは、デュエイのやり口を熟知している上に、暴走した際の対応に慣れているからに過ぎない。彼はデュエイやウォルムの様に人間を辞めてはいないのだから。


「しかし、考えるだけで楽しみだなァ。冥府に渡った奴らも待ち侘びてるにちげぇねぇ。早く俺達と、リベリトアとクレイストの連中を根絶やしにしようぜ。なぁウォルム」


 その眼は黒く染まりながらも、消えることのない憎悪で塗りつぶされていた。狂気に取り憑かれてしまった上官の横で、ホゼは深いため息を吐く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
もしかして死体見たのかな 手塩に掛けた部下たちをあんな無惨な姿にされて復讐も治療してる間に終わってしまって憎悪が残ったのかな
三バカもノールもバリトも逝ったか… 残念だなぁ…
[気になる点] ユウトの攻撃でデュエイ分隊はウィラート、ホゼ、デュエイ、ウォルム(例外)、は生きてますけどウィラート、ホゼは致命傷というか腕なくなったり、目が潰れたり大きな怪我を受けましたか? ウォル…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ