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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

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第二十話

 ハイセルク帝国南部方面軍連隊長、その肩書きがかつてハドロに与えられた役職であった。


 対カノア・フェリウス・マイヤード戦の主軸を担った北部・西部方面軍、リベリトア商業連邦との衝突を日常とする東部方面軍。それらに対しハドロが所属していた南部方面軍は、輝かしき戦歴を持つ帝国の中では、控えめで地味な存在と言える。


 立地だけ考えるのであれば、三大国の一角であるガルムド群島諸国、大魔領に面する位置に存在する要所の一角ではあった。


 裏を返せば拡大期を終え、潤沢な資金と資源を持つ大国にとっては、ハイセルクは侵略したとしても取るに足らない場所であり、大魔領も三大国の削り取りにより一年を通して安定している。故に、南部方面軍は戦知らずの二級部隊の汚名が付き纏う。


 帝国内でも中央と並び安全地帯とされた南部は帝国の策源地であり、常日頃から不足する人員の転換や供給に応じ続けた。それらの将兵は帝国を陰ながら支える。故に陽が当たらない存在だとしても、ハドロは麾下の部隊の増強と練兵を命題に心血を注いだのだ。


 そしてあの日を迎えた。北部・西部の方面軍に加え、余剰戦力全てを注ぎ込んだ大暴走の封じ込めは意思を持つ天災、炎帝龍の侵攻を受けて壊滅する。首都防衛を試みた中央の部隊ごと帝都は焼け落ちた。


 南部より救援に駆け付けたハドロは、その光景を忘れる日は無い。住む家も家族も国家さえも失った民や兵士が、力無く立ち尽くしていた。逃げる方向も分からず彷徨う者達はまさに流浪の民であった。


 ハドロが動けたのは南部の一部地域が健在であると知っており、炎帝龍が帝都蹂躙後に、セルタ湖とリベリトアの間に進路を移したからだ。そうでなければハドロも帝都を見下ろす丘で、一生を終えている。


 呆然と崩れ落ちていた兵士の背中を叩き叱咤の声を上げ、国に殉じると泣き笑う将を殴り付けて南部へと戦力を集結させた。


 守るべきモノは存在すると、細い希望を与え、人々を誘導したハドロは、大暴走の余波と戦い続けた。ジェイフ騎兵大隊と東部に張り付いた数個大隊によるリベリトア商業連邦への鮮やかな魔物の誘引、人民の避難と比べれば、ハドロの連隊は酷く不恰好であった。


 元来、南部方面軍の防衛計画は、外から内側に向かう際の想定に従い、練られ構築されていた。大暴走に起因する魔物の侵攻に対しては指向性が全くの逆方向であり、内から外、中央から南部へと向かう防御網は手薄であった。家屋、施設は全て転用、それでも魔物の軍勢は止まらない。


 ハドロが命じたのは戦略も何も無い。ただ、民衆の為、家族の為に兵達を脅し、宥め、扇動したに過ぎなかった。


 人生の大半を共にした連隊は、名誉も、戦果も無く、ただただ魔物の本流に削り取られ、後退をつづけた。死体が置き場も無く積み上がり、遂に連隊は大隊規模まで損害を受ける。


 そしてチラついたのは、条件問わずの総動員。幾ら戦闘の経験も無く、適性もない者達であっても、圧倒的な数を揃えれば、時間稼ぎの戦力にはなる。


 同時にハドロは理解している。それは温存せねばならぬ国家の遺産であり基盤だ。それが農民であれ、職人であれ、それらを失えば、国家としての能力は完全に失われる。民が居なければ、国家は復興も遂げず滅亡するのみ。


 だからこそ手塩に掛けて育てた部下に、我が子の歳程の兵に、帰郷を待つ家族の居る兵に、等しく死ねと命じ、決死隊と化した殿を残し橋を全て落とした。


 対岸に残る兵は恨言も言わず、ただ震える声でハドロに言った。『故郷を頼みます。ご武運を』恨言でもあれば余程救われた。あの言葉は呪いとなってハドロの中で、薄暗く消える事のない感情を灯す。


 南部方面軍、死に損ない落ち延びた北部・西部・中央の各将兵、それらは一年経った今も尚も現実という地獄で足掻き続ける。そしてこの日を迎えた。


「あ、あぁ、美しい、な。以前のままだ」


 死の覚悟を秘め、戦い続けた将兵を救ったのは、鬼火と呼ばれる蒼炎であった。決壊寸前の戦線に突如として湧いた蒼炎は、魔物を炙り、焦がし、焼き払う。


 敵から見れば阿鼻叫喚で、吐き気すら誘うものであろうが。己の死すら許容し、受け入れて尚、守り切れないと悟った将兵にとっては、掛け替えの無い暖かな救済の火であった。


 西部方面から奇跡的に逃げ延びた兵士から、冥府の誘い火、鬼火を操る騎士の存在を伝えられたハドロは、歓喜に身を震わせ、蒼炎が燻り焼けた大地でその騎士の影を追った。そして無情にも見つけ出せずに終わる。


 兵の間では冥府に落ちて尚、国を憂い、冥府から送り火を放ったと言う者まで居た。それが事実かどうかはハドロはどうでもいい。重要な事はそれが今、ハイセルクの行方を決める一戦で、再び鬼火が現れたのだ。


 溢れ出る感情はどう言語化すればいいのか分からない。それは麾下の兵も同じだった。


「連隊長殿!! あの蒼炎はッ」


 大暴走を共に生き抜いた兵が、かつての部隊長の階級で叫びながら取り乱す。無理も無い。老練と呼ばれるハドロでさえ乙女の様に胸の鼓動が高まっている。


「ジェラルド閣下の遺産はジェイフと継ぎ接ぎ……だけではなかった。ああ、そうだ。四カ国同盟の多数の将兵を誘い、マイヤードで唯一、大暴走に屈しなかったダンデューグの蒼炎!! 再びハイセルクを灯す為に、かの英雄が冥府から帰還したのだ」


 寡黙の筈のハドロの口が止まる事を知らず決壊する。それに同調する兵は居ても疎ましく思う兵など居なかった。あの日あの時、心象も、風景も共にした者達なのだから――。


「エドガー子爵に伝令、我がハドロ大隊は支城の敵に突撃後、これを殲滅、敵本陣へと残党を誘導する。以上」


 伝令を受け取った兵は、脇目も振らず、エドガー子爵の陣へと走り去る。


「兵共聞けぇぇ!! 装備だけは整った半端者に見せつけてやれ、常勝無敗を誇ったハイセルク帝国の威信を今こそ示すのだ。帝国は潰えてなどいない。冥府に渡った軍神は、その残滓で我らに挽回の機会を与えた。今戦わずして何時戦う!!」


 今だ、今だ、応答する兵の声は地鳴りの如く響き、ハドロの下へ集まる。


「突撃だ、脇目も振るな、突き刺し、踏み砕き、蹂躙せよ。太鼓を打ち鳴らせ、声を張り上げろ。奴らに戦争を思い出させてやれ、総員突撃ぃイぃい!!」


 かつては二級部隊とされた彼らは、最早何処にも存在しない。恥辱と血肉で汚れた修羅場を生き抜き、狂った修練と一年の実戦を戦い続けた強者共が、鎖を千切り戦場へと解き放たれた。程度の差はあれど、その眼は誰しも燃え狂う狂炎の様に薄く輝き、敵対する者を灰塵に帰す為に、一つの殺戮機械として蠢いていた。

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― 新着の感想 ―
継ぎ接ぎ…?軍神の残したモノの中でもジェイフさんと同等って相当な人材では 誰だろうか…
熱い
鬼火は消えず
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