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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

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第十八話 冥府への誘い

 ウォルムは燃え盛る炎の中から下手人に目を向けた。傷み燻んだ赤髪の女であり、常備兵の全員が討ち取られるのと同時に、魔法を投射したに違いない。火属性魔法を選んだのは殺傷範囲と威力を優先した結果であろうが、ウォルムは火を纏うのに慣れている。


「なんで死なないのよ!!」


 理不尽さを訴える声がウォルムの耳にも届いた。右のコーナータワーを破砕した主犯の一人であるのは疑いようもなかったが、友兵ごと吹き飛ばした思い切りの良さは鳴りを潜めている。


「ああ、お叱りでも受けたのか」


 ウォルムは違和感の回答を得た。なんとも彩り豊かで飾り付けの強い男がコーナータワー跡に居座っている。そしてその付近には傭兵団、それも統率役と思しき男も佇んでいた。


 派手な衣装に身を包んだ人間は、幾度か戦場で見知ってきた。戦場でも強い影響力を保持する指揮官、それも貴族である場合が殆どだ。


 高貴なる血は時に呪いに転じる。一族の誇りと矜持が彼らを目立たせ、隠れも出来ず、その身を最前線に立たせる。指揮系統喪失のリスクを考慮すれば、意図的な驕りとも言えたが、貴族である彼らはそうしなければ人を統治出来ず、万人を従える事は難しい。


「英雄気取りが、この人数差で殿のつもりか」


「まさか、そんな立派な人間に見えるのか?」


 傭兵の頭役がウォルムに言葉を投げ掛けた。仲間を斬り殺された恨みか、他の要因があるか不明であったが、その言葉はどこか嘲りと苛立ちが混じっている。


 ウォルムは敵中で孤立しようとしていた。正確には周囲には兵は残っている。残されてしまっている。退路を閉じられ、無数の傷を負いながらも抵抗を止めない兵も少数だが存在していた。


 それらは明らかに生存を信じていない。意地となっている。頭に血が上った者もいるだろう。己の死を意味のあったものとするべく、一人でも多く道連れにと、死兵と化しているのだ。


 中には純粋に逃げ遅れた者、責任感から後退する友兵を援護するために残った者もいるかもしれない。それらも残り幾ばくもない命であった。逃げに徹すればウォルムは包囲から逃げ出す事は可能だ。火属性魔法で突破口を開くか、風属性魔法の加速による速度差で振り切ればいい。


 例えエドガー子爵側が敗北を喫したとしても、ウォルムであれば堕落を貪った都市まで逃げられる。魔法銀鉱脈一帯の占拠を目的とする軍勢だ。ダリマルクス領兵の話を信じるならば、中央政府の介入を招く都市部までの侵攻は行われない。


「逃げた方がいいんだろうがな」


 ウォルムの感傷に、傭兵が敏感に反応した。


「逃げられると思ってるのか、ここで死ぬんだよ。安心しろ、死体は念入りに解体させて、バラ売りにしてやる。お前みたいな魔導兵の眼も肝も高く売れるんだよ」


 なんとも熱烈で過激な告白であった。市場価値の高さを殺気と共に伝えられ、そう悪い気はしないが、それらを抉られればウォルムは死を迎えてしまう。


「戦場で、身体がモテてもな」


 まさか身体目当てに多数の男女に命を取られようとする日が来るとは、ウォルムは予想だにしていなかった。熱い視線が送られる中で、周囲では奮闘を続けていた兵士が討ち取られ、次々と地に伏せていく。一種の限界点が訪れようとしていた。


「馬鹿な性格だよな」


 何時も責務という言葉がウォルムを追い回す。前世も仕事人間だった。口ではもう限界だ、無理だと愚痴を零しながらも、身体を引き摺り目の前の仕事に取り組んでしまう。


 利己主義者や個人主義者が羨ましかった。嫌味ではない。彼らは己の利益に対して、確固たる意思、聡明な脳を持ち合わせている。


 不完全な全体主義者のウォルムは、自己の利益に対して所属する集団、共同体の利益を天秤に掛けた時、それらが重大な損害を負わなければ、個人の利益を取ってきた。だが、それらが集団や共同体に対して、重大かつ致命的な影響を与えると理解してしまうと、如何にも自身や少数を蔑ろにしてしまう。


 逃げ出せば少年二人は逃げ切れるか、本陣のハイセルク義勇兵は被害を免れるか、同胞である亡国の民は、魔法銀鉱無しで復興を成し遂げられるのか。それらはウォルムを縛る呪いとも言える。敗走の道は閉ざされ、ウォルムは観念した。


「本当に、嫌になるよ」


 眼の痛みは如何にも耐え難く、光が失われるのには恐怖を感じる。それでもそれらが、これから成す事に対して躊躇する全ての理由ではない。


 周知されていない状態で鬼火を使えばどうなるか、ウォルムは良く理解している。人は大勢殺して焼いた。老いも若きも男も女も。それでも戦列を共に並べ、敵中で孤立が進む同じ境遇の仲間ごと、敵兵を焼いた事は無かった。


 これから何が起こるか知る由もない者達は、今際の際に何を思うか。臓腑を剥き出しに最後の言葉を紡ぐ者も、救いを求める様に手を伸ばす見知らぬ少年兵も、全ては集団の為、必要な犠牲だったと汚れた良心に言い聞かせようとして、相も変わらぬ偽善ぶりに反吐が出た。


 見知ってしまい救いを求める少年を助けるが為に、見知っていないだけの友兵を殺す事となる。実に不公平性極まりない。


「ふっ、はは、つくづく救いがない」


 そこで疑問が浮かぶ。仮に、本陣のハイセルク兵を助けるが為に、少年を巻き込む場合は何方を切り捨てたであろうか、ウォルムが取ったであろう選択肢を浮かべると自然と声が漏れ、何処までも暗い笑みが溢れた。そうして無駄な思考を巡らせる中で、投射されていた炎が薄れ、いよいよウォルムの解体が始まろうとしている。


 腰にぶら下げていた袋からかつての戦友を掴み取り、顔に装着する。久方ぶりの娑婆の空気に、鬼の面は喜びと怒りに震える。面が痛い程、顔に張り付く。


 ウォルムは面が好きだった。強盗犯の目出し帽と同じだ。顔が見られていなければ人間は、平然と残虐な行為を取り得る。ウォルムもその例に漏れない臆病な一人であった。


「悪かった。だが、好きだろ」


 ウォルムが面とじゃれ付く。魔力の異変を感じ取った面はかたかたと歓喜の声を上げた。鬼の面は、蒼炎が現世を焼くのをこよなく愛し、特等席でそれを鑑賞する事に喜びを見出している。悪趣味な奴だった。視界内の捉えられるだけの友兵の姿を目に焼き付け、ウォルムは小さく呟いた。


「……恨んでくれ、すまない」


「何をしている、そいつを――」


 何処ぞの貴族の言葉は続けられる事はなかった。焼け付く眼の痛みを、生存本能と理性的な殺意で塗り潰す。彼らを冥府へと送り届けるべく、誘い火が一年の眠りから呼び起こされた。


 眼から血が滲み、眼球の痛みは脳にまで影響を及ぼす。痛みに耐える為に、歯を食い縛り、ウォルムは笑い続けた。そうでなければ痛みでどうにかなってしまう。


「あ、はっ、ははは、はぁああッ!!」


 吹き荒れた熱風は渦を巻きながら空へと広がり、蒼炎が溢れ出した。景気の良い怒声は直ぐに阿鼻叫喚へと変わった。そこにはまだ友兵であり、微かに息のある負傷兵も含まれる。


「久しいな」


 地獄を呼び込んだ人間が抱く感情としては相応しくないに違いない。それでもウォルムの脳裏には、かつての分隊やダンデューグでの暗く濁った濁流の日々が思い浮かぶ。


「あ、アぁあ!? 火が、火がぁああ!!」


「消して、消してくれぇえッ」


 叫び声が一つ、一つ消えていく。業火に飲まれ、食道も肺も焼かれた人間は等しく酸素を奪われ、蹲り地上で溺れる。


 例外は居る。最精鋭の馬廻りに加え、傭兵団は実に優秀だった。蒼炎に飲まれても尚、ウォルムを葬ろうと間合いを詰めてくる兵士が数えるほども居た。


「怯むなぁあ、首を落とせ!!」


 ウォルムはそれらの歓迎を始める。鬼火により魔力の消費、断続的な眼の激痛が襲うが、熱波に苦しむ敵よりもまだましであった。


 瞬間的に魔力膜を張った兵も、魔力が乏しい者から戦列を離脱していく。焦げ臭さが、肉や頭髪を焼く鼻腔に残る臭いに変わるのにそう時間は要らない。


 蒼炎を耐え切り、ウォルムへと槍を突いた常備兵は息も絶え絶えで、なんと弱々しいことか。斧槍で槍先を絡め取り、引き抜くと槍はあっさり敵兵から零れ落ちた。熱により皮膚や神経が爛れ、まともに保持することも叶わない。


 闘志は劣らず、ショートソードを引き抜こうとするが、枝刃から伸びた鉤爪状の返しが、側面から喉を掻き斬る方が早かった。一人、二人と斬り殺す間に、ウォルムへと迫ろうとする兵士は減っている。蒼炎に飲まれたか、冷静に残存魔力との協議の末に、敵前逃亡を図ったかは不明であった。


 確かな事は、戦場に居た全ての者が目線、思考、そして命、何らかの物を鬼火に奪われつつある。鬼火が蒼炎の海を作り出す中で、絶頂するように振動する面と共にウォルムは声を漏らして笑い続けた。

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― 新着の感想 ―
鬼と言うよりは魔王かな!?
[良い点] 『なんで死なないのよ!!』 その通りすぎるけど運が悪かったなぁ… いやぁどう見ても魔王、さてどう評価されるか。
[良い点] やっぱ最高だな!
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