第十六話
様子見に移った傭兵団と対照的に、メイゼナフ領兵は一挙に攻め寄ってくる。これまでの雑兵とは一線を画する存在であった。至近で見れば見るほど確信が深まる。使い込まれた装備、戦闘による熱に浮足立つことなく、淡々とダリマルクス兵を蹂躙していく。
地方の小競り合いでありながら、かつて北部諸国で国家の存亡を賭け、激戦を繰り広げて来た兵士の水準に達するであろう。
ウォルムやハイセルク兵といった同類、こみ上げてしまう懐かしさは場違いに違いない。感傷に浸る時間などある筈もなく槍先を交える。刃先での数度のやり取りを経て、ウォルムは槍筋を見逃さなかった。
引き戻した直槍に沿わせながら突き入れた斧槍は、喉元の防具の隙間へと吸い込まれる。凶刃は目論見通り役割を果たし、水気の交じった吐息に遅れて鮮血が防具から流れ出る。
ウォルムは戦闘能力が喪失した者を無視して、次の相手に注視する。ラウンドシールドを僅かに突き出し、肘を軽く畳みロングソードを構えていた。槍の突き出しや集団行動を突貫で身に付けさせられた雑兵ではない。日頃から戦闘訓練を重ね、個人の戦闘形態へとその技量を落とし込んでいた。
先ほどのウォルムとのやり取りを目にしていたのだろう。右手側に回り込みながら、間合いを詰めてくる。突きによる一撃をロングソードとラウンドシールドで捌き、懐に飛び込んでくる算段に違いない。
一度食いついたら決して離れない手合いだった。小さく突きを入れると、ラウンドシールドの縁で槍先が弾かれる。引き戻しに合わせて、間合いへと飛び込んできた。予見していたウォルムはバックステップしながら、斧槍を下段から掬い上げた。
一方の敵兵は、ラウンドシールドを保持する左手を剣を握ったままの右手で補助すると、一撃を逸らそうとする。前傾で低い体勢、斧槍の一撃をやり過ごしたらそのまま踏み込み、姿勢の崩れたウォルムにショルダーチャージを敢行するに違いない。
ウォルムは膂力を総動員しながら斧槍に魔力を流し込み《強撃》を叩きこむ。己の失策を悟った常備兵の目が見開く。
「ぐっ、ツゥ、あぁああああ!?」
盾に食い込んだ斧状の刃が鉄板と補強の木を食い破ると左前腕を切断、残る右腕で追撃をいなそうとするが、瞬間的に流れ出る血液と痛みにより、動きの精細さを欠いていた。
ねじ込まれた槍は顎部より侵入を果たすと、呼吸器官を即座に機能不全へと追い込んだ。技量差で後手に回る常備兵だが取り乱す事無く、空間と距離を取り、ウォルムとの一対一を避けようとする。
「手練れだ。一対一は避けろ。無駄な消耗はするな」
下士官に相当する敵の十人長から有難くも無い言葉を賜ったウォルムは、周囲に視線を走らせる。既に総崩れ、友兵は逃げ場の限られた城内で後退を続けようとしていた。全体があの混乱に巻き込まれれば、壊滅は免れない。
こめかみを掠めるロングソードを見送ったウォルムは、間髪入れずに足を引く。横合いからはショートスピアがつい先程までいた空間を貫いていた。
「深入りするな、削り取れ」
数を減らそうにも、止むこともなく凶刃が迫り続ける。刀身を手甲で滑らせ、大振りの槌矛をステップで躱す。呼吸を浅く保ち、全身を動かし続ける。
「ふぅ、はぁッ」
防具越しに剣先を感じる。幾ら第二の外皮、魔法の防具とされる魔力膜を展開させても、直撃を防げる程万能ではない。
「攻撃を続けろ!! 休ませるな」
「距離を保て、近付くなよ」
声を掛け合い連携を容易く崩さない。疲労が蓄積、生傷も増えて行く。それに伴い、ウォルムの心臓は高鳴り続ける。長期間休止を余儀なくされていた身体が少しずつ慣れ始めていた。
斧槍の斧頭で刺突を防いだウォルムは、ほぼ真横から直槍を腰で構えたメイゼナフ兵が駆け込んでくるのを見逃さなかった。
正面に2人、左と背後には3人の兵士がウォルムを持て成しており、隙を突いた格好に映ったに違いない。隙もなく小突かれ続けるのはウォルムにとっては最も望ましくない展開であった。安全圏内から致命傷を与えようと焦れた自信過剰の兵士をウォルムは待ち望んでおり、暗い笑みを浮かべる。
「やめろ、引け!!」
正面に向けていた斧槍を予備動作無しで、右に振るった。熟練兵の警告も虚しく柄の根本、石突きにすら握りが被った一撃は、防御、回避動作を許さずに兵士の喉仏を斬り落とした。
均衡がウォルムに傾く。接戦というのは、バランスが傾けば連鎖的に崩壊を遂げる。ウォルムの右手側には一人の兵士だけだ。包囲網崩しを警戒して、周囲の兵は孤立した兵の援護に回り、再度数の差で嬲る展開を構築しようとする。
ウォルムは正しくそれを認識しており、崩し方も心得ていた。孤立した兵士を襲うのも容易いが、守りを固めた兵士は粘る恐れがある上に、周囲からはカバーの兵士の攻撃は免れない。
標的は左寄りの兵二人、風属性魔法で加速して一気に詰まったウォルムとの距離は、死合うには絶好の間合いであった。敵兵二人は驚きに顔を染めながらも足を止め、徹底抗戦の構えを固めた。
丁寧に斬り合っている場合ではない。上段で構えた斧槍を遥か頭上より叩き下ろす。ロングソードを保持する腕は《強撃》に耐え切れず、脆弱な抵抗を僅かに見せて後ろに逸れた。斧頭が鎖骨を叩き割り、腕を半ばまで切断する。
ウォルムは慣性に従い前進を続け、致命傷を負った兵士に衝突した。喉元を掴みながら身体の位置を入れ替え、舞い踊る様に相手とターンで位置を入れ替える。
左側で一人となった兵士が戦鎚を水平に振り回す。鈍い金属音が、瀕死の仲間の背中を叩くだけに終わった事をウォルムに告げた。
「てめぇえ!!」
僅かに手を伸ばせば、お互い掴み合える距離。当然、戦鎚に有利な間合いであり斧槍は十全に機能を果たせない筈だった。兵士が小さく戦鎚を振り下ろす中で、ウォルムは足でロングソードを掬い上げ、片手で掴み取る。
それは致命傷を負った兵士が落とした物であり、迫る戦鎚の軌跡に合わせウォルムはロングソードを振るう。甲高い音を立てて合流した刀身が槌頭を滑り、柄に沿って進んだ刃は、得物を握る四指を切り飛ばした。
「そんな、あっ、がァ――」
在らぬ方向に飛来して行く戦鎚には目も向けず、滑り込んだウォルムは首元にロングソードを差し込む。声帯を切断された喉は、声を強制的に遮断させる。水気の混じった空気が漏れる音を背後に置き去りにしたウォルムは、残る三人と対峙する。
「踏み込み、殺せぇええ!!」
人数差を失いつつある十人長の号令に従い、兵士が駆け込んでくる。ウォルムは真紅に染まった斧槍を虚空で斬り付ける。間合いの外であったが、狙いは刀身にたっぷりとへばり付いた血液であった。
「避けろ!!」
顔を覆う暇も無く飛来した仲間の血は、眼球へと吸い込まれ、眼球の痛みによる生理的反射、瞬きを強要した。視野を阻害され、身を固めた兵士を待っていたのは、水平に大振りされた斧槍であった。
前腕部を食い千切り、胴部に入り込んだ斧槍は、鉄製の鎧をも破壊した。横一文字に刻まれた斬痕からは、夥しい血が飛び出す。臓腑に深く達した傷により、膝から座り込んだ兵士は微動だにもせず、静止する。
「が、あ? あ、ぅっう――」
仲間の犠牲を無駄にせず、残る二人の兵士は、ウォルムへとロングソードとバトルアックスを振り下ろした。受け流すには距離も、空間も、四肢も足りない。
覚悟を固めたウォルムは、枝刃である鉤爪を戦斧に絡めながら直撃を避ける。腰を据えた十人長は粘り強く、絡み合った戦斧と斧槍は綱引きを始める。
「やれぇええ!!」
最後の部下はウォルムへとロングソードを叩き下ろしていた。十分な助走と迷いの無い一撃であり、防具で受けたとしても、防ぎ切れる物ではなかった。巧みな連携であり、犠牲の末に斧槍は封じられた。
ウォルムは内心で、忌々しさ、そして手放しで賞賛の言葉を吐きかける。そうしてウォルムは本当に斧槍を手放した。武器を封じる為に踏ん張っていた十人長の目が見開く。斧槍がお気に召したのであれば、一時は差し上げよう。
ロングソードの柄を握り、足を半歩下げながら腰を半回転させる。刀身が最短距離で抜けると、首筋に迫った剣先を受け止めた。衝突は一瞬だった。手首を切り返し、刃を弾きながら、兵士の右側頭部から左の顎部まで切断する。
力比べから解放され、前傾姿勢になった十人長がウォルムに斬り掛かり戦斧を頭蓋へと振おうとする。このままいけば頭蓋は叩き割れ、脳漿を披露するハメになるのは避けられない。
しかし、それは実現しなかった。密着され、手首を返す時間も空間もないウォルムは、ロングソードの柄をそのまま引き戻したからだ。
「お、あ——ぁ」
魔力で底上げされた膂力による一撃は、顎を砕き、脳を揺らす。千鳥足で地面に座り込んだ十人長にするりとロングソードを刺し入れた。男が震える手を伸ばすが何も掴めぬまま、地面に倒れ込む。
「狙い澄ませやがって」
余韻に浸る暇も無く、魔法がウォルムに迫りつつあった。足元に直弾した火球は爆炎を撒き散らし、先程まで死闘を繰り広げた兵士達を炎上させる。
「直撃ね!!」
軽薄で、場違いな女の声が耳に届く。炎に全身を包まれながら、ウォルムは不快感に目を細めて下手人共を見据えた。




