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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

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第七話

 お優しい通過儀礼を済ませ、集団はカロロライア鉱脈と呼ばれる魔法銀鉱へと移動を開始する。それは二日程度の道のりとなるが、行軍に慣れたウォルムにとっては遠足のようなものでしかなかった。懐かしのハイセルク兵は既にカロロライア鉱脈の守備隊に合流している。


 群島諸国の領主同士の争いに外部の軍を大々的に招けば非難は免れない。その点で言えば、皮肉にもハイセルクは適切な存在だ。表向きには帝国は滅んだとされている為、流浪の旧ハイセルク帝国兵を多数含む傭兵団を雇い入れたという形で、派兵が実現したからだ。ダリマルクス家からの入れ知恵が働いたかは不明であったが、国際情勢を力で捩じ伏せてきた帝国の所業を鑑みれば、まず間違いないだろう。


 思案に耽っていたウォルムだったが、部隊全体の足が鈍ってきた事により、意識が目の前の現実へと引き戻される。雑兵ら個々の体力はばらつきが大きく、行軍中の慣れぬ槍の扱いと重さによる疲労で、隊列が間延び気味になっていた。


 そもそも、槍を運ぶとなれば肩で支えて移動するのが基本だ。手慣れた兵士であれば、間隔を狭めても自然と槍の角度を調整するものだが、不慣れな雑兵達は槍をお互いにぶつけあってしまい、槍が仲良く衝突してしまう。


 事実、ウォルムの眼前には槍が迫りつつあった。ふらふらと彷徨う槍先を掴み、ウォルムは注意を入れる事にした。


「槍を寝かせすぎだ。人に当たる。もっと角度を立たせた方がいい」


「は、はい、すみません」


 少年兵は素直に槍の角度を改めたが、時間が経つと少しずつ倒れてくる。長時間槍を肩に乗せ続けると、擦れて肩が腫れる。


 普段から槍を背負う兵士であれば、繰り返される刺激に皮膚が硬くなるか、魔力の外皮である魔力膜を無意識に張れる様になるが、少年に求めるには酷な話だろう。


 槍を代わりに持ってやろうかという提案が一瞬脳裏に浮かぶが、戦場で他に頼れる物は少ない。こと戦闘に於いては、己が最も頼りとして愛用する槍を他人に預けるなど論外であった。戦場では恋人の手は離しても、武器は絶対に手放すなと、今は亡き三馬鹿がよく言っていた。


「また下がってきてるぞ。肩が痛ければ布切れでも接触面に当てろ。少しはマシになる」


 ウォルムは布切れを常備していた。鉄同士が擦れる音を防ぐ為にも使え、食料品も包んでおける。最大の利点は自身や仲間が負傷した際に包帯代わりとなる。


「生憎、持ち合わせていなくて」


 少年は恥ずかしそうに言った。自分が農村部から出たときには、従軍経験のある叔父からその事を教わりウォルムは持ち込んでいたが、指導する者が居なければそう言った知識も身に付かない。ウォルムは魔法袋から布を取り出す。


「やるから使え」


「あ、ありがとうございます。あれ、中身が」


 素直なのか、痛みに耐えかねてかは不明であったが、少年は遠慮せずに受け取った。渡した袋には豆類が詰め込んである。


「乾燥豆だ。中身を取り出すのも億劫だ。二人で食べろ」


「ありがとうございます!!」


「すみません、豆まで貰って」


 少年達は顔を見合わせると片手で豆を食べようとするが、上手く口に運ぶ事ができない。


 何せ歩きながら片手で槍を保持している関係上、豆を持った少年は口に豆を運ぶ事ができない。片手が空いている相方の少年も、槍の重さにバランスを崩しながら歩行速度を合わせて手を伸ばすと、如何してもぎこちなくなってしまう。まるで漫才の様だった。笑い掛けたウォルムだが、堪えて言う。


「豆が落ちるぞ。槍を寄越せ、預かっててやるから」


「いえ、そこまでは」


「豆を食べるのに必死になられて、槍で叩かれたくはない」


 進軍中は魔法袋に斧槍を押し込めており、腰に下がるロングソード以外は手ぶらであった。ウォルムが手を差し伸ばすと、恐る恐る二本の槍が差し出される。預かった槍を握り締めて視線を落とす。長さが均一に作られた大量生産品だ。枝刃も無くシンプルな直槍で先端は剣先で切り落とされない様に、鉄板で補強されている。


 硬い材質だが全力で振ればしなり、兜の上から敵兵を叩いても頭部へ衝撃を与えて効果を発揮する。ウォルムも斧槍を使う前は、似たような槍をよく使っていた。戦闘で傷んで廃棄したが、叩いても突いても裂いても使い勝手の良い槍であった。二つ重ねるが、鉄槍であるウォルムの斧槍よりは軽い。


 ウォルムが手に入れた槍で遊びながら、遠い記憶を呼び覚ましている間に、少年達は豆を食べ終えたようだ。今は木製の水筒を傾けているがなかなかに出が悪い。続く行軍で中身が切れたらしい。


 戦前に脱水症状で倒れられても厄介だった。ウォルムは内心でため息を吐く。こうなっては仕方ない。関わってしまったのだ。


「中身を入れてやるから水筒を渡せ」


 小声で成されたウォルムの要求に少年は首を傾けるが、素直に従った。


「まだ身体が小さい分、血が大人よりも少ない。仕方ないとは思うが、配分には気をつけろ。何時でも飲み水が手に入る訳じゃないぞ」


 ウォルムのかつての分隊は、水属性魔法持ちが二人おり生活用水には困らなかったが、他の隊は水の確保に頭を悩ませていた。


 常に前線で略奪品にあり付けたのも大きいが、水を精製する関係上、他の隊よりも物資類は優遇されていた。とは言え、陣地形成の際は土属性持ちの分隊と立場が逆転するから面白い。


 槍を渡し、水筒を受け取ったウォルムは魔力を消費し、水属性魔法で水筒を満たしていく。完全に適性のある火、風と異なり水は作るだけで精一杯であり、満たす量を考えれば割に合わない魔力を消費する。限界まで満たしたウォルムは水筒を突き返す。


「騒ぐなよ」


 ウォルムの意図は正しく伝わった。少年は繰り返し首だけで何度も頷く。就寝前や食事中であればウォルムも給水器としての役割を渋々と受け入れるが、行軍中はただでさえ体力を消費する。そこに隊列に居並ぶ周囲の兵全員から水を求められれば、不得意な水属性魔法もありウォルムも疲弊は免れない。


 眼前で揺れていた槍先は手ほどきの甲斐もあり、再びウォルムに迫る事はなくなり、安心して行軍を続けられた。



 ◆



 地平線から双子月が顔を覗かせ夜を迎えようとしている。行軍により体力を削がれ、大々的にはしゃぐ者は居なかった。


 ウォルムは野営地とされた場所でも奥まったところを寝床に選んだ。魔法袋から片手用の戦斧を取り出し、手頃な低木を切り倒す。湿気どころか水分を多く含む生木であったが、火属性魔法を得意とするウォルムにとっては、些細な問題であった。


 戦斧の刃を裏返し、爪状の突起で地面を抉り穴を掘り進める。窪みは平地よりも熱が滞留し易く風除けにもなる。地面も僅かに水分を含んでいたが、ウォルムは縦割りにした薪を食い違いに重ね合わせて四角形の櫓を形成させると、火属性魔法を発現させる。


 人力トーチバーナーを数十秒も当てれば水分は消し飛び、薪に着火すると蒼炎が窪んだ地面から伸びる。焚き火の傍にウォルムは残りの薪を置く。こうすれば火属性魔法を使用しなくとも自然と湿気が飛ぶ。


 ウォルムは防具を脱ぎ置くと薪に目を向ける。夜中に火が途切れそうであった。もう少し量が必要か、手頃な木はないものかと視線を走らせていると、二人組の兵士が近付きつつあった。


「ご一緒してもいいですか」


 ウォルムは露骨に嫌な顔をするが、少年達は気にする素振りも見せない。陽が落ち暗くなり、視界が悪くなってきたからかもしれない。


「お礼には不十分ですけど、薪を集めてきたんです」


 部隊単位で行軍する関係上、薪集めは競争となる。少年二人はせっせと集めていたようだ。薪集めの労力を考えれば素直に、薪という献上品を貰うべきかもしれない。


「薪は歓迎だ。まあ、適当に座ってくれ」


 少年兵達は火を囲んで座った。


「行軍中はご迷惑お掛けしました」


「乾燥豆、美味しかったです」


「気にするな。俺も昔は助けられた」


 ウォルムも、右も左も分からない新兵時代は分隊長や三馬鹿を始めとする分隊員に助けられていた。


「あ、そうだ。名前、名乗ってなかったですね。クーウェンって言います」


 短髪の少年が名乗りを上げた。如何にも元気が余っているタイプの若者であった。


「カリムです」


 癖のある栗毛の少年がカリム、こちらは間延びした言葉使いで、なんともマイペースさをウォルムに感じさせる。


「俺はウォルムだ」


 御礼と自己紹介が済んだところで、ウォルムは食事の準備を進める。


「俺は鍋にするが一緒にどうだ。手持ちは何か持ってるか?」


 少年達が取り出したのは、豆や乾燥芋、そして禍々しい色をしたキノコだった。


「それ、食えるのか……?」


 食当たりなど冗談ではない。行軍中に腹をくだせば置き去りにされかねない。不審の目を向けるウォルムに少年達は弁明する。


「肉厚で美味しいですよ」


「見た目は毒々しいですけど、村でも食べてました」


 この世界には程度の差はあれ、意外と毒の耐性持ちが多い。中には無自覚の者もいる。少年達の言動を疑うつもりはなかったが、ウォルムは気乗りはしなかった。問題は既に鍋に入れるつもりになっている事だ。


 年下にキノコが当たるのが怖いから入れないでほしいと頼むのか——ウォルムは己の胃袋に信頼を置き、覚悟を固める事にした。


 魔法袋から、塩、キャベツ、腸詰肉を取り出し、食材に並べた。ウォルムが水を溜め始めると、自然と少年二人が調理を始める。


 短刀で細かく食材を切り、Y字の枝を二本地面に突き立てその上に比較的真っ直ぐの枝を通す。一人で準備するよりも格段に早く調理が完了する。


「演習中、火球を撃ち込んでいた魔導兵ってウォルムさんですよね」


「ああ、そうだ」


 ウォルムはそこで察した。演習時に転倒した少年と視線が合ったが、よくよく思い返せば目の前に鎮座する少年そのものだった。


「クーウェン、転けてたよね」


 栗毛の少年が茶化す様に言った。


「仕方ないだろう。魔法なんて近くで爆発するの初めて見たんだからな」


「まあ、正直、僕も転けそうになったけどね」


 二人は和気藹々と会話を続ける。時折ウォルムも加わるが、話の主体は二人にあった。喋った事の大半は戦場に対する質疑ばかりだ。


 初めての実戦で気持ちの高まりに加え、言い表せぬ不安が二人の口を饒舌にしているのを薄々とウォルムは感じていた。


「煮えたな」


「煮えましたね」


「よそいますね」


 焚き火により加熱された鍋はぐつぐつと茹だり、拡散された匂いが鼻腔を刺激する。レードルにより掬い上げられたスープから湯気が立ち込める。


 全員分が盛り付けられるのを待ち、ウォルムはスープを口にした。毒キノコの疑いもあったが、旨味がしっかりとスープに溶け出ており、キノコそのものが肉厚で、食べ応えがある。


 他の具材を引き立たせ、キャベツや豆類にも味が染み込んでいた。腸詰肉も歯を噛み立てると、僅かな弾力の後に肉汁が溢れ出る。


 支給された固焼きパンを浸して食べても味わい深い。食欲旺盛な少年達だが猫舌なのか、クーウェンは大口で放り込んだ食材の余熱に悪戦苦闘しており、カリムは一定の速度で食べ続ける。


 誰かとこうして身を寄せ合い食事を共にしたのは、何時以来であろうか――感傷に浸りながらウォルムも黙々とスープを味わう。


 食後も会話が続いたが、体力の消費が激しい二人は眠気に襲われる。ウォルムは焚き火に当てていた温石(おんじゃく)を木の棒で取り出すと、行軍中に与えた布に包み渡す。


 カイロが無いこの世界では夜の見回りや夜通しの睨み合いの際に、温めた石を懐に入れ、体温を保っていた。それは就寝前にも効果を発揮する。腹部に布で覆い隠した温石を入れた二人は気絶する様に意識を手放した。


 ウォルムも温石の熱に身を預けながら、マントで身を包む。野営地のそこら彼処でいびきや寝息が上がる。マントの中で手足を縮める。こうしていると戦地に赴こうとしているのが嘘のようであった。


 火を眺めながら白い息を吐き出す。そうして夜は更けていき、兵役に就いてからすっかり悪くなった寝付きが影を潜め、ゆっくりと意識が掠れていった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] あ~、何故だろう、ウォルムさんと関わったばかりに彼らの未来が特定されたように思えるのは。
[一言] 久しぶりの平和な話に悉くがフラグに思える勢が沸いてて草
[一言] アカン。全てが死亡フラグに見える
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