表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/233

第四話

「帰ってきたか、その様子だと治まったみたいだな」


 大見得を切り、変革を決意したウォルムであったが、現実的な行き場所は少ない。一先ずは朝から自室に篭る選択肢は捨て去る必要があった。


「お陰様で、水が欲しい」


 酒で脳内が麻痺している時は気にもならなかったが、今は酷く喉の渇きを感じた。


「どの水割りだ?」


 ガングートは迷わず飲酒の選択を広げてくる。人をなんだと思っているのか、喉まで言葉が出掛けたが自棄になったウォルムの一年間の所業を考えれば、当然の提案かもしれない。


「ただの水だ」


 今度はウォルムの言葉に、レイス等のアンデッドを目撃したかの様に、亭主は目を丸くする。


「水だと……? まだ調子が悪いのか」


 酒を飲まない、それだけで心配されるウォルムはもはや笑うしか無い。


「酒を断とうと思って」


 すっかり硬くなった表情筋でどうにか笑みを浮かべる。まるで笑みというより能面が痙攣しているというのが適切だろう。


「そりゃ、重症だ」


 ガングートは大袈裟に手を広げると、一度厨房に消えた。並々と陶器の器に入った水を運んでくる。木製のカップに移し替え、ウォルムは喉を潤す。


「適当な食い物も頼む」


「ツマミって様子じゃないな」


 ガングートは再び厨房に吸い込まれた。十分程でトレイに載せられた料理が並べられていく。厚切りのパン、カブと豆が煮込まれたスープ、細切りにされた酢漬けのキャベツ、そして羊を潰してその肉を腸詰にした腸詰肉だ。味付けはシンプルに塩のみ。


 ウォルムは一心不乱に口に運び、咀嚼し胃に送り込む。まともな食事は久しぶりだった。胃が慣れてしまった酒精ではない来客に痛みで抗議を開始する。それでも完食したウォルムは水を一口、二口と飲む。ガングートは給仕の様に側に控えていた。


「朝は暇なんだな」


「そりゃそうだ。朝から飲んだくれていた客はあんたぐらいだ」


「なぁ、ガングートさん」


「改まってどうした。気味が悪い」


 亭主は目を細め、怪訝な眼差しをウォルムに向ける。


「金になる仕事はないか」


 異国であるこの街ではウォルムの知り合いは限りなく少ない。その中でも相談できるのはこの亭主ぐらいであった。


「俺に聞くのか……そうだなぁ。大暴走時は国境の強化で兵士の増強はあったが、今は緩衝地帯の連中が押さえ込んでいるからな。少し前に話題となった魔法銀鉱に関する追加の作業員募集も無い。後は冒険者くらいか」


「冒険者は嫌いだ」


 ぶっきらぼうに言い放つ。ウォルムにとって冒険者に良い思い出など無い。殺し合いの果て、唯一の顔見知りとなった冒険者達もダンデューグ城で朽ち果てている。


「口は慎め、店の大半は冒険者だ。俺も元冒険者だぞ?」


 ウォルムは亭主が元冒険者だとは知らなかった。


「それは失礼した。他にないのか」


「そのなりじゃなぁ。まともな働き口はない」


 ガングードはゆっくりと時間を掛けて足先から頭まで視線を走らせる。表情だけは取り繕うとしたものの、髭は伸び放題、頭髪もウォルム自身が雑破に切り落としているだけだ。自覚はあるのだが、面と向かって怪しい様相だと言われるのは心外であった。


「客になんて口を利くんだ」


 ウォルムは冗談混じりに、抗議の声を上げる。途端に亭主は黙り込んだ。抗議の結果が受け入れられた訳ではなく、何かを思案している様であった。


「……あんた、変わったな。まあ、働き口があったら紹介してやる。料理を持ってきてやるから、気長に考えろ」



 ◆



 群島諸国の中でも魔領に加え、崩壊したハイセルク帝国との国境を預かるダリマルクス家当主であるエドガー・ド・ダリマルクス子爵の怒声が室内に響く。


「巫山戯るな。手紙一つで最後通告、はなから交渉する気など無いではないか」


 開け放った封書を机に投げ出したエドガーの怒りが鎮まることはない。内容はダリマルクス家と旧ハイセルク帝国の残党たる軍閥の一つと、共同で開拓した魔領を不当だと責め立て支配権の譲渡を迫る内容であった。


「魔領の削り取りは人類種の責務だ。それが不当だと? メイゼナフ家の手勢が過去魔領に挑み敗走しただけの土地ではないか、既に入植が進み、ミスリルの採掘も始まっている」


 メイゼナフ領には魔領から伸びる河川が存在し、その河川からは砂状に細粒化された魔法銀が採取できる。その大元は上流にある魔法銀鉱とされており、メイゼナフ家は魔領の攻略に躍起になっていたのは事実だ。それでも全て強力な魔物に阻まれ敗走している。


 事態が動いたのは人類に仇なす大暴走であった。滅んだフェリウスが首謀者とされる一年前の大暴走によって魔物の生息域が移り、長大に伸びる魔法銀鉱をハイセルク兵が押さえ、エドガーが統治するダリマルクス領と共同で採掘したいと申し出てきた。


 一部の家中の者は魔法銀に目が眩み、ハイセルク兵を排除して単独での鉱山運用を望む声も少なくなかったが、エドガーはそれらの意見を封殺した。


 本国の大半を失いながらも、旧ハイセルク南部国境地帯を瀬戸際で保つハイセルク兵の気迫は尋常ではない。千五百人規模とは言え、死兵と化したハイセルク兵相手には甚大な損害を被る恐れがあった。


 紆余曲折を経て、エドガーは兵と資金を出し、後の無い隣人とミスリルの採掘を成し遂げたのだ。それが軌道に乗り始めた矢先に横から掠め取られるなど許せるものでは無い。


 何もダリマルクスもハイセルクも過去の遠征ルートを乗っ取り、魔法銀鉱に辿り着いた訳ではない。完全に言い掛かりも甚だしい。


 昔から嫌がらせは多々あったが、直接的な戦闘は控えられていた。それが大々的に兵を集めながらの最後通告である。古今東西、莫大な利益を生み出す魔法銀は人を狂わせてしまう。


 鉱山を維持し続けるには、金掘衆の整備は勿論、強大な軍事力を維持し続けなければならない。手に余る財宝が身を滅ぼすのも事実ではあるが、明らかな侵略行為に対し、こうべを垂れて慈悲を請うなど、爵位の差はあれど、領主たるエドガーにとってあり得ぬ選択だ。


「奴らは既に兵を集めています。その規模は六千人を優に超えるかと」


「それに傭兵団や二つ名持ちの冒険者まで雇い入れているそうです」


 家臣の報告にエドガーは現状を確認する。領地も爵位もメイゼナフ家が格上だ。ダリマルクス家が用意出来る兵は、召集をかけたとしても二千五百人がいいところだ。


 朗報と言えば、ハイセルク側は鉱山防衛の為に義勇兵として五百人を回すと返答があったことぐらいであろう。ハイセルクも魔領と化した本国側の防御線維持のためにそれ以上の兵は割けない。


「既に戦端を開くのは避けられんな」


 従属か戦争か、都市部で略奪や乱取りまでに発展しなければ中央の動きは鈍い。ただの領地に組み込まれた土地の領有権を巡る戦いであり、献金や寄付に勤しむメイゼナフ家の事だ。金を掴まされた中央の仲裁などエドガーには望めなかった。


「断固、拒否するべきです!!」


「メイゼナフ伯爵は我らが魔法銀鉱を手に入れ、経済的に追い越されるのを恐れている。だからこんな強硬策を取ったのです」


 仮にメイゼナフ家の提案とも呼べない脅迫を飲み従順な態度を示せば、忌々しくも一割程度は利益を得られる。しかしその場合、投入した多額の初期投資の回収は目処が立たなくなり、共同管理者であるハイセルク兵の抵抗を受ける。


 かつては二流国家とされた北部諸国だが、戦争に関しては別であった。エドガーはハイセルク兵の精強さは一年を通して経験している。敵に回れば同程度以上の兵が損失する上に、魔領の封じ込め役が居なくなってしまう。


 弱腰を見せれば寄子や一族からも見放されるだろう。それにみすみす魔法銀鉱を手放すほど平和主義者ではない。腹を括ったエドガーは静かに立ち上がりながらも、怒気を隠さず宣言した。


「戦争だ!! 兵の召集を始めろ。金は惜しむな。強欲なメイゼナフ家に目にものを言わせてやる」


「やってやりましょう!!」


「メイゼナフの強欲面に剣を叩きつけてやる」


 家臣から頼もしい返答を得てエドガーは改めて覚悟を固める。静まりを見せる大暴走だが、大暴走を起因とする動乱は未だに収まる事を知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 安定と信頼の、そして予定調和の「責任の押し付け」。 情報操作は戦争の華だね! こんちくしょう(。。
[一言] 国家が滅んでも人は変わらない。利益が生まれる場所があればそれを奪おうとするのは出てくるもんだ。
[良い点] 傭兵として身を立てるか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ