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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第一章

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第六十八話 火は燃え尽きた

 ハイセルク兵12000名、元マイヤード兵3000名、志願兵7000、避難民81000名がダンデューグ城に篭城した人間の全てであった。それが今や、兵民合わせても1万人以下にまで擦り減る。老若男女、動けるものは全て何らかの形で戦闘に関わった。関わってしまった結果だ。


 城の内外と周囲には10万に達するであろう魔物が至る所で倒れ、今も取りこぼしの魔物が彷徨う。崩壊を免れた天守の一角では、代表者に繰り上がってしまった者達が意見を交えていた。


「籠城すべきだ。魔物は全て討ち滅ぼしたじゃないか」


 片腕を吊るしたハイセルク兵が言う。


「確かに討ち滅ぼしたさ。だけど鬼火あってのもんだろう」


 臨時の小隊長にさせられてしまったデボラが話を現実へと引き戻す。


 大暴走の防衛成功、言葉だけで見れば確かに甘美な響きであろう。それまで静かに意見を聞く側に回っていたモーリッツが口を開いた。


「そう我々は……支柱であるウォルム殿を失ったのです」


 認め難い現実に向き合う時間が来たのだとモーリッツは覚悟を固める。


 司令部の機能が根こそぎ失われ、混乱を極める城内を纏め上げ、常に前線で戦い続けたまさしく英雄たる存在、それがモーリッツのウォルムに対する軍人としての評価だ。


 司令部付きの小間使いとして軍歴の大半を過ごしたモーリッツにとって、私的な部分でも支えがいのある人物、それを補佐する身分に就き、自身の幸運に感謝した程だ。


 仕えるべき主が見つかった筈だった。それが失われ、モーリッツは失意のどん底に叩き落とされた。それでも1万の兵と民が生き残っている。停滞する訳にはいかなかった。


「ウォルム大隊長が居なければ、防衛など話になりません」


「俺達は背後で共に戦ったが、単独で討ち滅ぼした魔物は数えきれない。大隊を投入したところで、同じ戦果が得られるか……」


「しかもクローラー、タイラントワーム、オーガロードを討ち滅ぼしている。誰が同じ事をできますか」


 ウォルムが率いた部下の生き残りであるネーポルク、フリウグが声を震わせ言った。モーリッツには二人の感情が良く理解出来た。


 城内を最後まで捜索したのは、両名が率いる部隊であった。


 後世まで語り継がれるであろう英雄の下で戦い、破滅を免れない筈の篭城戦に勝利した。その主役が最後の最後で居ないのだ。誰が声高に勝利と叫べるものか――


 モーリッツは軍議に参加しているアヤネに目を向けた。治療による疲労と凄惨な戦場による精神的な損耗の影響は甚大であり、それ以上に死地に飛び込みながらも最後は帰還してきたウォルムの未帰還が与えた負荷はどれ程の物か――。


 何処か上の空なその姿は実に痛々しい。少女を悲しませ、置いていくとは酷い主であろう。今は亡き主人に、モーリッツは初めて悪態を吐く。


 愚かな行為である事をモーリッツは自覚している。何せ壊滅を免れる為とは言え、満身創痍でも足りぬほどの負傷を受けていたウォルムの身体を癒し、再び戦場へと送り出してしまったのだ。


 ダンデューグ城ではウォルムの戦列復帰が渇望されていた。軍人としての後ろ姿を見てきた者達であれば当然であった。モーリッツでさえウォルムという英雄を望んでしまった。


 英雄が失われた喪失よりも、ウォルム個人を知る者達は、私人としてのウォルムが失われた事を悲しんだ。その中には付き合いが短いながらもモーリッツも含まれていたが、最も悲しみを負ったのは、最後に言葉を交わし見送ったアヤネに違いない。


 捕虜と監視という間柄ながら、二人の間にはモーリッツには理解出来ない共感と繋がりがあった。冥府の狭間を行き来するウォルムを呼び戻したのは、アヤネの献身と繋がりなのだとモーリッツは信じている。だからこそ少女が受ける喪失感はモーリッツには計り知れない。


 ウォルムはどんな重傷を負いながらも治療所に帰ってきた。それが今回は帰ってこなかったのだ。アヤネのショックは癒えるものではない。


 感傷に満ちた会議であろうと進めなければならない。旅団長の言葉にモーリッツは耳を傾けた。


「本国は炎帝龍と共に20万の魔物が流れ込み、通信魔道具で他の2軍とも連絡が取れず、帝都にすら連絡が付かない」


 唯一炎帝龍のブレスから難を逃れ、最高位の旅団長となったユストゥスは、現状を確認する様に言った。


 薄い頭髪は磨きが掛かり、目のクマは深く刻まれている。ダンデューグ城防衛の影の大黒柱である事をモーリッツはよく知っている。


 自身が一方面を指揮しながらの破綻を先延ばしにする戦力転換、物資の分配、市民の誘導、ユストゥスが居なければ、生き残りの人数は今の半分以下でもおかしくはなかった。


 本国を滅ぼした炎帝龍は住処である魔領へと戻る可能性が高いとモーリッツは睨んでいる。そうなれば帰りは来た道を辿る恐れがあった。その時こそダンデューグ城に人間は居なくなる。


「我々はセルタ領のマイヤードに許しを、慈悲を乞うしかない」


「有り得ない!! マイヤードに頼るなど……自滅したとは言え元凶の一角だぞ」


「ユストゥス旅団長、本気なのですか!?」


「私とて末端とは言えハイセルク帝国軍の軍人だ!! 国を憂い、必要ならば身を捧げる覚悟がある。帝都に家族が居て友人も居る。だがそれらはもう存在しないのだ」


 ユストゥスは手にしていた書類を机にばら撒いた。


「通信魔道具による通信履歴を書き留めたものだ。明日も分からぬ状況であったが為、公開は控えていた」


 散らばった書類を食い入る様に目を通したハイセルク軍人達の反応は様々だった。


「第一軍、第二軍壊滅、ジェラルド閣下も城を枕に、う、討ち死に。皇帝陛下も退避が……」


「炎帝龍はダンデューグを抜いてたった一日で本国まで侵攻したのか」


「主要都市との連絡は全て途絶。帝国領から通信魔道具による返答無し、通信範囲で連絡が取れる唯一の場所は、マイヤードのセルタ領だけだ」


 ユストゥスは全員が書類に目を通すまで口を縛り待ち、絞り出す様に言った。通信途絶が意味する物は、周囲一帯から人間が失われた事を意味する。モーリッツは現実を改めて突きつけられた。同時に周囲の状況を知りながらも、個人でそれを隠し通して指揮を取り続けたユストゥスの豪胆さに驚嘆する。


「認めたくは、認めたくはない。……ハイセルク帝国は、滅びつつあるのではなく、既に滅んだ」


「そ、そんな、ハイセルクが、あぁ゛」


「負けたのか、俺達は、何のためにこんなところで……」


「あり得ない。ありえない、本国には家族がいたんだ。遠征が終わったら、報奨金で帝都に土産を。渡す、渡すつもりだった」




 地獄を生き抜いた将官や部隊長でさえ、狼狽を隠せず、咽び泣く。


「本当に、通じないのか? 通信魔道具の故障じゃ」


「予備も含め、通信は完全に途絶している」


「は、ははぁ、はあああ、あっぅ、うふぁはは」


 感情を抑え込んでいた将官が、頭を抱えて意味を成さない呻き声を上げた。参加者で素面を保っている者など、片手もいない。モーリッツも涙を堪えずにはいられない。声を上げずにいるだけで精一杯であった。


「我々には祖国も、軍神も、英雄もいないというのか」


 亡国、はっきりとその二文字を突きつけられ、モーリッツは静かに椅子に身を預ける。なんと心細く寒い事か。


「捕虜に取り、共に戦場で肩を並べたマイヤードの高位の軍人が生き残っていた。通信魔道具で話は通してある。我々はセルタへと向かいマイヤードへ亡命する。もはやそれしかない。国に殉じて玉砕、故郷へ向かう者も止めはしない。それでもハイセルク帝国の軍人、軍人だった者として諸君を生かしたい。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、それが七難八苦の道だとしても、ハイセルクの残滓を紡ぐ者は諸君しかいないのだ」


 瞳から血が流れ出るとしたら、今を除きあり得ないだろう。ユストゥスは砕かんばかりに歯を食い縛り、充血した目を見開いている。


 ユストゥスを批判する者は居なかった。机に目を預け啜り泣く者、惚けた様に天井を見上げる者、ただただ押し黙り思案に興じる者。


 この日、ダンデューグ城から一斉に人が消え、大暴走を受けながらも陥落を免れていた古城が魔物の支配下に墜ちた。

遅巻きながら、レビューを書いて頂きありがとうございます。


また感想は全て返信できておりませんが、読ませて頂いております。


ブログやツイッターで小説の宣伝や紹介して頂き、重ねてお礼を申し上げます。


一章も残すところ僅かですが

全力で執筆させて頂きます

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― 新着の感想 ―
奴は蒼い鬼火と共にやって来る 戦場の御伽噺として語られてしまうのか
[良い点] 生存者多数。 地獄の中で生き抜いたんだな。 [一言] 通算二度目の瀕死置いてけぼりに、涙が禁じ得ない(。。
[良い点] 作者様の手のひらで転がされます あげてはさげの繰り返しでハラハラしながら見てます。めっちゃ面白い!!
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