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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第一章

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第五十九話

 双子月が太陽を追い出してなお、仮設の城壁は未だ陥落していなかった。辛うじて混乱から立ち直ったハイセルク兵は、ウォルムと共に血で血を洗う闘争を続けている。死体ですらも此処では立派な資材扱いされていた。


 それでも大々的な予備兵力と規律ある部隊運用能力は失われ、頭数確保の為に軍務経験の無い数合わせの一般市民が城壁通路に投入される始末。間合いが遠い長槍で懸命に魔物と戦ってはいるが、3人で1体を相手取れば上出来であった。当然、市民兵も次々と消耗されていく。


「オウルベアだぁああ」


「突き入れろ、近付けるな!!」


 厚い外皮と羽毛で槍を滑らせたオウルベアが間合いに飛び込むと、脹脛を爪で切り裂き、喉笛を噛み破る。残された市民兵が悲鳴とも怒号とも取れる声で、胴部に槍を突き入れるが、浮き足立ち腰が入っていない槍では致命傷にならなかった。


「う、うぁああああ!?」


 首を90度傾けたオウルベアは下手人を見つけ出すと血に染まった豪腕を伸ばすが、死角から忍び寄ったハイセルク兵が戦斧で後ろ足を刈り取った。


「こっちだ。ハーフやろぅォオオオ」


 姿勢が崩れたオウルベアは首を真後ろに曲げ、ハイセルク兵に対応しようとするが、市民兵が次々とオウルベアの胴部に雑多な剣先を突き入れる。


「殺せ、殺せ゛ぇえ、殺せぇえええ゛!!」


「あ、っ、あああ゛ぁああッ」


「いいぞ、声を上げろ!! 滅多刺しだ!!」


 痙攣するオウルベアにハイセルク兵は、繰り返し戦斧を叩き入れる。血染めの洗礼を受けた市民はハイセルク兵の流儀を受けていく。


 OJT、現場教育ならばハイセルク兵はお手の物だ。無垢な市民を血に狂う兵にする。そんな軍民が共同で魔物と対峙するのが仮設城壁の実情であった。


 唯一生き残った大隊長が城内で指揮系統を継承、部隊の再編を済ませてはいるらしいが、人員の三分の一を失い、何処も慢性的な人員不足は避けられない。


 上段から斧槍を叩き付け、防具を身に付けていたオークを兜割にする。疲労により縦に両断とはいかなかったが、胸元まで断面を晒したオークが声も上げずに転がる。


 正面の空気が変わるのをウォルムは知覚した。レイスが魔力を練り上げ、《氷槍》を放ったのだ。ウォルムは瞬間的に炎を吐き出し、融解させる。


 《鬼火》は減退する事なくレイスに到達すると亡霊の全身を包む。金切り声を出すレイスであったが、長続きはしなかった。


 他の魔物であれば、更なる火力が無ければ殺傷に至らないが、アンデッド系統に関して《鬼火》は絶大な効果を発揮し、威力だけで言えば聖属性の《浄化》に匹敵する。


 出来れば魔力は消費したくなかった。今のウォルムは朝から続く戦闘により、魔力を消費し《強撃》ですら覚束ない。


 戦闘の合間に携帯食を丸呑み、飲料水を流し込む時間すら贅沢な時間。当然魔力の回復は遅く、要所を除き新兵時代の様に魔力無しで交戦を続ける羽目になる。


 コボルトの眼孔に槍先を突き入れ、その隣に居たリザードマンの剣を側面の鉤爪で引っ掛け奪い取る。


 虚空に浮かび上がった剣をウォルムが握ると、首を伸ばしリザードマンはその顎門で肉を貪ろうとする。ウォルムは手にした剣を歩きトカゲの口内に返却する。牙が擦れ、背骨を削りながら喉を突き破る。


「次はどいつが死にたい!?」


 威圧するウォルムに一つ目の巨人サイクロプスが答えた。樹木を引き抜いた粗末な武器がウォルムへと迫る。


 垂直に迫る木目を眼で捉えながら、ウォルムは寸前で滑る様に避け切る。巻き込まれた哀れなコボルトが全身から体液を吹き出した。


 巨大棍棒を持ち上げ、戦果を確認するサイクロプスだが、犬ヅラしか潰していない事を確認すると大振りに樹木を引き戻す。


 横薙ぎで払うに違いない。確信したウォルムは、切れかかった魔力で取り得る選択肢を浮かべる。


 《鬼火》は論外、燃費の良い風属性魔法しかなかった。構えるウォルムであったが、流星の様な矢が唸りを上げ、サイクロプスの単眼を貫いた。


 《強弓》を操る者は限られ、この場においては因縁のある冒険者の一人であるエイミーしか存在しない。とは言え有効な手助けには変わらず、ウォルムは手を上げて礼を伝える。


 眼無しの巨人と化したサイクロプスが絶叫で大気を震わせ、暴れる手足が地面を揺るがす。放って置いても魔物を処理してくれる益魔になったサイクロプスだが、潰れた眼から怪しげな蒸気が立ち込める。


 眼に関しては破格の再生能力を持つサイクロプスは矢を引き抜き眼球の再生を試みていた。ウォルムは助走を付けて風属性魔法を使用する。


 滑空する様に浮かび上がったウォルムは、振り回される腕を蹴り上げ、最上段で斧槍を叩き付ける。


 頭部から入り込んだ刃は強固であった頭蓋を切り破り、脳漿を撒き散らす。下顎、喉まで達し、ようやく止まる。一つ目の巨人は、膝から滑るように倒れ込んだ。


「あの巨人を斧槍で斬り殺した!!」


「我々は負けていない。負けていないぞッ」


 巨軀と樹木は新たな城壁の一部と化した。士気向上と押し潰した魔物も含めれば、ウォルムにとって一つ目の巨人は実に好ましい魔物と言えた。


 斧槍にへばり付いた粘り気のある液体を振り払い正面を見据えるウォルムに、友兵が呼び掛けてくる。振り返れば4人のハイセルク帝国軍の小隊長がそこに控えていた。


「ウォルム“戦時“大隊長」


「は? 何を言っている?」


 何とも聞き慣れない間抜けな階級で呼ばれたウォルムは、戦場にも関わらず、気の抜けた声を出した。


「ユストゥス戦時旅団長より、ウォルム守護長に戦時大隊長の階級を与えると」


 ウォルムは疲労で思考が鈍っていた。戦時と付くからには平時に戻れば階級も戻る。それは問題は無い。だが何故大隊なのだ。


「大隊長だと――」


 守護長と言えば分隊から多くても増強分隊、拡大解釈をしたとしても小隊が限度だ。それが小隊・中隊を飛び越し、大隊長、理解が出来るはずがない。


「何を馬鹿な!? 兵卒上がりに、2000人規模の指揮など出来ると思うか」


 ウォルムは立場も場所も弁えず、心を吐露する。だが小隊長は不思議そうに首を傾けるだけだ。


「何を仰いますか、ご立派に指揮を取られているではありませんか」


 放心し、宙に浮いたハイセルク兵士を怒号と勢いで集め、足りぬ分をマイヤード兵や市民から集めただけ。武具も死体から追い剥ぎ、崩壊しそうになる場所は引目のある冒険者をこき使いながら、己の身で塞ぎ持たせているに過ぎない。


 指揮を取るべき将官と大隊をウォルムは待ち望んでいた。なのにこの小隊長共は、この粗末な集団を大隊と呼びその長をウォルムだと宣うのだ。


 狂っている。狂っているに違いない。


「く、ふふふ、これがハイセルク帝国軍の大隊!? 基幹員の半数ですら正規兵ではないのだぞ」


「ユストゥス戦時旅団長より、各部隊の寄り合いではありますが、中隊規模の正規兵を預かっております」


 喉から手が出るほど欲しかった兵力、それも歴戦のハイセルク兵だ。だがそれに手を伸ばせば、この雑多集団は大隊として取り扱われ、目出度くウォルムはその指揮官だ。


 ウォルムは己の分を弁えている。小隊までなら操れるだろう。己の本質は小集団を率いて、最前線に立つ事で発揮される。


 それが最前線に立ちながら2000名の指揮と運用、冗談ではなかった。討ち死前に過労死する。


「大隊を運用するノウハウなど持ち合わせていない」


「常時の大隊を運用ならば、困難を極めるでしょうが、陣地を死守するだけの防衛戦です。従来の大隊の運用よりも格段にハードルが下がります。我々も微力ながら全力で補助させて頂きます」


「呑むしかないのだろう」


「はい、呑むしかありません」


 哀れな旅団長は同類を欲しがり、その白羽の矢はウォルムに立てられた。


「ああ、分かった。戦時大隊長の地位を謹んで受けよう。だが覚悟しろ、お前ら、血反吐を吐こうが、臓腑が露出しようが、命尽きるまでお前らを酷使してやる。それでも良ければ付いてこい」


 ウォルムは呪詛の言葉で4人の小隊長と兵員を迎え入れた。

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― 新着の感想 ―
素晴らしいOJTだな。 うまく生き残った新人は間違いなく戦士の才能がある。
こうゆうアツイ連中連中は大好きだぜ ハイセルク万歳!!
[良い点] やったね昇進おめでとう!
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