第五十四話
それは前触れも無く訪れた。狂気を孕んだ早鐘が鳴り響き続ける。意味する物は一つ、本流の到着であった。
「退避しろ!! 城内に戻れ!!」
「押すんじゃない。まだ猶予はある。列を乱すな」
城門周辺に控えていた兵士が工夫代わりに普請をしていた市民を誘導させ、羊を纏める牧羊犬を連想させる。
外縁部で狩りに当たっていた部隊も全力で撤収を始め、気の早い魔物を魔導兵の阻止火力を以って粉砕した。
幸い、哨戒と遊撃に徹していた各小隊は門まで辿り着いた。作業員の取りこぼしも無い。
鎖が巻き上げられ、吊り橋がゆっくり閉じ、二重の城門が閉じられていく。城門の完全封鎖は序章に過ぎない。
「所定の位置に付け!!」
「城壁通路に石と土弾用の土を上げろ」
嵐と呼ぶにはあまりに禍々しい。津波というには不条理。指向性を持つ魔物の大波、大暴走がダンデューグ城へと押し寄せていた。
既にダンデューグ城へ駆け込む住民は周囲一帯には存在しない。道中で追い付かれ食い荒らされたのは容易に想像が付いた。
ウォルムが配属された先は城門脇に設置された門塔であり、城外の魔物の動きも城内の兵士の動きもよく分かる。
魔導兵、弓兵、投石兵がところ狭しと城壁通路に張り付き、矢狭間から顔を覗かせる。歴戦のハイセルク兵ですら浮ついていた。
「指示を待て、引きつけてから攻撃を開始する」
城壁通路を取り仕切る大隊長が押し寄せる地鳴りに負けないように叫ぶ。
埋め尽くす魔物により距離感が狂わないように、有効射程を記した目印が周辺に幾つか建てられている。誰もが息を飲み、その時を待った。
「投擲手、攻撃開始」
石弾が保持されたスリングが風切音を伴い回転を始め、最大回転数に到達した瞬間、スリングから解き放たれる。質量兵器は放物線を描き魔物へと殺到する。倒れる魔物こそ少ないが、確実に流血を呼んでいた。
「射手、攻撃を開始しろ!!」
掛け声と共に極限まで引かれた弦が一斉に解放される。軽快な音と共に矢の雨が魔物に降り注いだ。先頭集団が転ぶように停止するが、後続は関係無しに狂奔を止めず踏み潰した。
矢の一斉射撃の度に先頭集団が脱落するが、直ぐに次の魔物が先頭を直走る。
「魔導兵、攻撃開始ッ!!」
戦場で最大の火力を有する魔導兵の一斉射撃が開始された。その破壊力は圧巻であった。集中放火を浴びた一角が大きく抉られ、多数の魔物が地に伏せる。
それでも空いた穴が元に戻るまでそう時間は掛からない。兵達の表情が曇るのが分かる。
「各兵種、自由に攻撃しろ、城壁に近寄らせるな!!」
魔物は目と鼻の先まで押し寄せている。投石に頭部が砕かれ、魔法で屍肉が空に舞い上がる。矢で胸を射抜かれようが止まる事を知らない。
事前に土属性魔法で作られていたゴーレムの集団が、城外で魔物を出迎えるが、焼け石に水であった。
「張り付いたぞ!!」
城壁に魔物達が張り付くと手当たり次第に城壁を叩き、穿とうとする。絶対数の多いのはゴブリンやオークだが無視できない存在も現れ始めた。
「トロールだ!!」
大木を担いだトロールが涎を撒き散らし、城壁へと迫る。既に半身を抉られ、無数の矢が刺さるが、歩みが止まる事を知らない。大量に持ち込まれ、四属性魔法の中でも燃費が良く戦場で最も使い勝手が良い土弾がトロールの頭部に命中すると、頭蓋を砕いた。
巨体が地面に倒れ歓声が上がるが、直ぐに声が途切れた。トロールの身体を担ぎ上げたオークの群れが城壁へと辿り着くと、周囲の死体と合わせて踏み台にしたからだ。仲間意識があるかはウォルムには分からない。それでも息絶えた魔物は高さを稼ぐ資材にしか思っていないのは間違いなかった。
「上空、デスコンドルだ!!」
数十羽に及ぶ飛翔可能な魔物が逆落としで兵士に襲い掛かる。鉤爪で喉を抉られ、別の兵士は絶叫を伴い城壁通路から地面へと叩き落とされる。中には上空へ連れ去られる者もいる。迎撃の手が緩み、眼下の魔物が勢い立つのが分かった。無秩序の中に薄らと知性が宿っているのをウォルムは悟る。
大暴走にも頭となる個体が存在するのをウォルムは知らされていた。魔物の癖に実に嫌な攻撃を仕掛けてくる。デスコンドルの新たな群れが城壁通路へと降り掛かろうとしていた。ウォルムは襲撃地点を予見して駆け寄る。
「焼け死にたくなければ伏せろ!!」
装着した面は相も変わらず楽しげに震えている。魔力を練り上げ、体現した鬼火が上空へと放たれる。蒼炎が群れを飲み込む。後尾は逃れようとするが、高熱が風を乱し、渦巻く熱風がデスコンドルを引き込む。
直撃を受けた個体は焼死、即死を免れた個体も羽が焼け落ち、気流を乱され、耳障りな金切り声を上げて地面に墜落していく。
ウォルムは満足する事なく城壁通路から眼下を覗く。手のある魔物が掴み、牙のある魔物が噛み付き死体を積み上げていた。いい頃合いだろう。
ウォルムは身を乗り出し、飛び降りた。
「え、騎士殿ォオオオ!?」
「守護長が転落したぞ!!」
城壁通路の兵士から制止と悲鳴の声が響く。ウォルムには見慣れた光景だ。
鹵獲した武器、爪、牙、角がウォルムを待ちきれないとばかりに向けられる。この歓迎ぶりは久しぶりであり、ウォルムは自然と笑みを浮かべながら鬼火を解放した。
熱風に僅かに遅れ、蒼炎が止まる事を知らずに広がる。
絶叫の大合唱が始まった。人であれば躊躇し、気乗りのしないウォルムであったが、相手は配慮の要らない魔物であり、燃やし易い様に何処までも密集していた。
取得直後は持続時間が著しく短かった鬼火も戦い殺し続ける内に成長を遂げ、持続時間・威力・操作性共に著しく向上していた。
蒼炎は渦を巻き、周囲を飲み込んでいく。既に10m内の魔物は軒並み息絶え、20m以内の魔物が火に炙られ、暴れ続けている。圧死する魔物や酸欠で息絶える魔物まで出てくる。蒼炎から逃れる為に錯乱したオーガが付近の魔物を殴り殺し始める。
止まる事を知らなかった大暴走が一部、それも僅かにではあるが後退した。
その後も魔物を焼き続けたウォルムは、魔力が切れる前に風属性魔法で城壁を蹴り上げ通路へと戻る。
広範囲の魔物が死傷、中心部の魔物は炭化していた。我を忘れて迫っていた魔物が探り探りに進撃を再開した。まるで夢から醒めたようであった。
「少し休ませてくれ」
城壁通路から待機室に戻るウォルムを止める者も責める者もおらず、歓喜を持って迎えられた。




