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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第一章

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第五十二話

 待機を命じられたウォルムであったが、回復魔法を有するアヤネとマイアは到着早々に、城内の一角で治療を開始していた。


 運び込まれる人々の負傷は人との戦闘とは異なり、打撲に裂傷、噛み傷、毒など多岐に渡り、医療リソースを圧迫していた。


 医術に触れたことがある者などが根こそぎ動員され、並列して治療が進められていく。石畳の部屋は直ぐに臭気で溢れ返り、汚物と血糊で床が汚れていく。


 それらは城内の下水道に流されるが、直ぐに肉片や頭髪が詰まり、溢れてしまう。ウォルムは風属性魔法で詰まりを直す羽目となる。


 魔力切れになれば、魔力が戻るまで休息を与えられるが、負傷者が多過ぎる。特に避難民には十分な治療を受けられない者が多い。


「もっと魔力が有れば……」


 アヤネが悔しそうに地面に俯いた。嘆く少女にウォルムは声を掛けた。


「100人を超える者に回復魔法を掛けたんだ。それ以上は望みすぎだろう」


 並の回復魔法術士で有れば10人も癒せれば優秀な分類であり、救った命を考えれば十分だ。


「薬も薬草も足りません。煮沸した水でさえも……」


 何時も気丈な姿でウォルムに接しているマイアですら、弱音を吐いた。


「井戸からだと間に合わないか」


 井戸の水は需要過多だ。定員を遥かに超える人間が城にいれば、起こり得る当然の事態であった。


「俺が水属性魔法と火属性魔法で熱湯を作る」


「三属性持ちだったんですか」


 アヤネが驚きの表情で言った。戦闘で使用したのは火属性と風属性魔法だけだ。そう思うのも無理はない。それにウォルムの水属性魔法はそう立派なものではない。


「水属性は適性ギリギリだから戦闘じゃ使えない。懐かしいな。前の分隊の仲間には良く動く水瓶扱いされたよ」


「……」


「どうした? 魔力切れの疲労か?」


 個人差はあるが、魔力切れの疲労は吐き気や目眩が付き纏う。押し黙ったアヤネも体調悪化によるものかとウォルムは問いかけた。


「いえ、大丈夫です」


 無理をして倒れれば本末転倒だ。ウォルムは無理にでも休憩させるか逡巡する中、マイアが水瓶をウォルムに差し出した。


「ウォルムさん、お願いします」


 彼女達の目は使命感に燃えていた。引き摺りでもしなければ治療所を後にしないだろう。ウォルムは諦めて妥協を決めた。


「無理はするな。目眩や吐き気がしたら必ず休め。魔力が戻るのに時間が掛かる。いいな」


 2人が頷いたのを確認したウォルムは、作業に集中した。この状況下で暗殺は無いと信じたいが、万が一はあり得る。


 モーリッツと4人の護衛も作業を手伝いながらも、警戒を怠っていない。


「ウォルム殿が水属性魔法持ちとは思いもしませんでしたな」


「部屋に戻ったら、果実茶でも煎れてやる」


「それは光栄です。ところで果実はどこから?」


「サラエボ要塞を出る時に、恐らくは運び出されない物の中から頂戴した」


 混乱を極めるサラエボ要塞の物資は、全て運び出すには時間が足りず、放棄される物も少なくなかった。


 ウォルムは魔法袋に詰め込めるだけ詰め込み、その中には運び出されないかもしれない高級将校向けの物資も含まれていた。


 取りこぼされる恐れもあり、ウォルムが有効活用の為に調達したのだ。


 後退時の混乱に乗じた物資集め、かつての分隊にいた色黒の悪友に教わった手法が役立つとはウォルムも思いもしなかった。


「それはそれは、ウォルム殿も真面目に見えて」


 小さく笑ったモーリッツはその後を続ける事なく、作業に戻った。


 治療は日が落ちても続けられ、疲労困憊で待機室へとウォルムは戻った。焼灼用の焼鏝、器具の煮沸など想定以上にウォルムも魔力を消費した。


 モーリッツが城内から手配した長机には、纏め焼きされ鋼の如き強度を誇る黒パン、潰した馬とジャガイモのスープ、そして討伐したであろうオークの頭部付きの丸焼きだ。


「お、お……う」


 ウォルムはオークを前に固まる。食べられる魔物が存在しているのは存じていたが、目の前に並べられる日が来るとは思わなかったのだ。


 戦場では食糧難の時に魔物を食べる時があるそうだが、ウォルムは何時も最前線で先駆者の1人であり続けた。


 死は隣り合わせ、友軍の潤沢な支援を望めない辛さはあるが、残された物資を総取り出来る上に、鹵獲品を物々交換もできる。


 軍や大隊ではどうであれ、デュエイ分隊、ウォルム個人が物資難に陥る事はなかった。


 全員に煎じた果実茶を配り、自身も一飲みしてウォルムは思考を整える。


「オークの丸焼きですか、懐かしいですなぁ」


 躊躇なくモーリッツが口内に人豚(オーク)の肉を放り込んだ。


 ああ、神よ。存在するとしたらくそったれに違いない名をウォルムは心の中で叫んだ。


 そうだった。毒に耐性を持つモーリッツは《スキル》取得と強化の為に昆虫系それも毒を持つ魔物を食べた話を嬉々としてウォルムに語っていた。生粋のゲテモノ食いだ。


 他の護衛四名も臆する様子もなく、笑みを浮かべてオークを食している。不条理な現実をウォルムは呪う。


 そこでウォルムは期待の眼差しをアヤネに向けた。同じ世界から来た彼女で有れば魔物食(ゲテモノ)に拒絶反応を示すだろうと――


「っう」


 淡い期待は裏切られた。アヤネはマイアと仲良くオークの耳をハミハミと噛み砕いている。


「懐かしいな。森の訓練で幼馴染みと初めて解体して食べた魔物なんです」


「ユウト様、マコト様、リハーゼンのヨハナ様もいらっしゃいましたね」


 魔物食でさえなければ、遠い思い出に馳せる少女達に寂しさや悲しさを覚えるであろうが、ウォルムは気遣う余裕がない。しかもウォルムが殺し殺されかけた者達の名前ばかりだ。二重でウォルムを苦しめる。


「そ、そうか」


 呼吸を落ち着けるウォルムの前に皿が置かれた。ことりという音には似合わない部位が載せられている。よりにもよって豚の鼻と舌を皿に載せられた。


「ささ、特に美味な部位です」


 ウォルムは鬼火が溢れ出るのを寸前で抑える。優秀な部下に裏切られたのだ。それも厚意によってだからタチが悪い。


 なんだ。なんだと言うのだ。これ以上時間を稼げない。ウォルムは覚悟を固め、フォークで豚の鼻を持ち上げた。


 八角形の造形が憎い。ゴム質にも近いがもっと柔らかい。香料の匂いは、食欲を誘い嫌悪感は感じない。一思いにウォルムは噛み砕いた。


「……」


 硬すぎない程よい弾力に、塩気が肉の旨味を引き立てる。ゼラチン質の肉だ。ウォルムは認めたくないが美味かった。


「美味いな」


 ぽつりと漏らしたウォルムが視線を上げると全員の視線が集まっていた。


「何を見てる。さっさと食べて寝ろ。明日からが本番だぞ」


 ウォルムの怒気に、全員の視線が逸らされ食事は再開される。マイアですら含み笑いをしているのが丸わかりだ。


 ウォルムは果実茶を飲み、息を吐く。戦争中で大暴走が迫りつつある中、それも敵味方が交える中で、笑い合うとは思わなかった。今だけは気を抜きたい。明日からは地獄が続くのだから――。

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― 新着の感想 ―
[一言] ノール、、、、
[一言] 水瓶扱いで泣いちゃう
[一言] サザエの壺焼きを、一番奥の緑色した部分が一番美味いと 半笑いで勧めてくる奴が嫌いでした。 モーリッツ君は良い奴ですね。
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