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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第一章

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第四十六話

 サラエボ要塞に設けられたフェリウス方面軍司令部は、天地をひっくり返した騒ぎに陥っていた。


「都市ヤイネンの治安維持部隊が後退、魔物の数は4万以上、市民の犠牲多数」


「都市ガントリヤ、メリバーグが陥落、最後の伝令では両都市合わせ9万を超える魔物が押し寄せているそうです」


「リリヤンカにも魔物の群れが襲来したそうです。数は不明ながら、森を平らげ進撃が止まらないと」


 飛び込んでくるのは凶報ばかり、治安維持に割いていた各地の部隊から通信魔道具・伝令を通して悲鳴混じりの報告が飛び込んでくる。


「閣下、これは……」


 参謀の1人が重々しくジェラルドに呼び掛ける。何が言いたいか理解できる。それを口にしたくないのだろう。


「大暴走であろうな」


 魔領が一定以上急速に破壊されると生じ、魔物が玉突き的に暴走を始め、周囲一帯を灰塵と化す忌むべき現象。ジェラルドも拡大期に差し掛かった本国で経験している。


 その時は小規模と言われた魔領ですら隣国を滅ぼし、死者11万人を出した。国境を封鎖したハイセルク兵にも多大な犠牲が生じ、ジェラルドの脳裏に今も深く刻まれている。


 問題は今回は大陸最大最強と呼ばれる魔領で生じた事だ。ジェラルドが確認しただけでも13万の魔物が報告されている。


 未確認と報告すら回せず壊滅した都市や村を考えると、規模は読みきれない。


「四ヵ国同盟がハイセルクの勝利を避ける為に刺激したか、愚かな奴らだ。確かに勝者は居ないが、全て等しく敗者となるぞ」


 黙り込んだジェラルドは地図を睨み、思考にふける。中途半端に切り落とせば、全体が壊死する。切り捨てるべき地を選ぶ。


 平地での決戦は大前提として有り得ない。数倍の相手までなら葬り去る事も可能であろうが、群体とも言うべき大暴走の規模は優に数十万に届く。中核となる幾つかの存在がかつての事象から推定されているが、判別は困難を極め積極的に頭を潰す手法は徒労に終わる。


「サラエボ要塞を放棄する。マイヤードとの国境を防衛線とし、カノアと本国の部隊を以って迎え撃つ」


「マイヤードを捨てるのですか!?」


 ジェラルドの指示に参謀は狼狽を隠せずにいた。ジェラルドは問題児を諭す様に言う。


「マイヤードか、認識が甘いぞ。カノアさえも怪しい。本国が守り切れれば、上出来であろうな」


 本国防衛、それさえ覚束ないであろう。だがそれを吐露する程ジェラルドは諦めが良く無い。


「そんな……マイヤードの民はどうしますか」


「カノアまでついて来れる者のみ救い上げる。その他はフェリウスとマイヤードのセルタ領に流し込め、それ以外は助かる道はないと発破を掛けろ」


 大暴走の大原則は魔物の押し付け合いだ。殲滅など三大国の主力を動員すれば可能であろうが、ジェラルドの麾下もハイセルク帝国の総軍を合わせても足りない。


 司令部は時が止まったかの様に静まり返っていた。現実感が湧いてきたジェラルドの部下達は硬直している。なんとも情けない。栄えあるハイセルク帝国軍の頭脳たる参謀ですらこれだ。如何なる時でも身体を、頭を働かせるべきだ。仮令帝国が死に瀕しようとも――


 ジェラルドは司令部の端から端まで視線を走らせ、一喝する。


「さあ、働け、我らの一挙一動がハイセルク帝国の存亡を決めるぞ!!」


 将官問わず弾かれた様に動き始める。大隊から中隊、中隊から小隊、分隊、班へと指示が周り、一斉に胎動を始める。全ては魔物の群体に対抗する為に、四ヵ国同盟戦は終わりを告げ、人類種と魔物との人魔戦争が始まろうとしていた。



 ◆



 作戦は成功した。ハイセルク帝国軍は魔物の暴走を支え切れずサラエボ要塞を放棄、なりふり構わず後退を続けている。そう作戦は成功した。成功し過ぎてしまった。魔領を次々と焼き払い、本陣まで後退に成功したエムリド中隊は幸運だった。


 投入された6000名のうち、本陣まで辿り着けたのは僅かに2800名、再編成にならなかった部隊の方が少数であった。作戦の成果は直ぐに現れた。マイヤードに溢れんばかりの魔物が溢れ、ハイセルク兵どころかマイヤードの民を押し流し蹂躙していく。反吐が出る光景であった。だがエムリドも傍観者たりえなかった。


 サラエボ要塞からは行き場を失ったマイヤードの民、そしてそれを追って魔物が襲来したのだ。サラエボ要塞で封じ込めが狙われたが、魔領沿いを警戒していた部隊からの一報で四カ国同盟軍に激震が走った。炎上する森を抜けてフェリウス王国に魔物が溢れ出したのだ。


 下された命令は迎撃ではなく後退、それも辛うじて統制が取れた程度のものであった。魔物に追い立てられる形でフェリウス民とマイヤード民が四ヵ国同盟軍が展開する陣地に殺到したからだ。


 初期対応は上手くやったとエムリドは自負している。三英傑のスキルと魔法もあり二波、三波と撃退するうちに誰かが気付いた。押し寄せる魔物の波の頻度と規模が跳ね上がっている事を――。


 五度目で四ヵ国同盟軍は瓦解、それぞれが本国へと撤退を開始、フェリウス兵すらも祖国を捨て国外へと亡命を始める。セルタ湖経由の船便は兵を一度に運べない上に、民まで殺到すれば何が起きるか、エムリドは想像が容易かった。


 定員オーバーで出航した船は、湖に飛び込んだ兵、民によって転覆させられ、沈没を避ける為にしがみ付く者を手当たり次第に殺傷する船まで現れる。港から人々は湖に転落し、民衆に踏み殺され、圧死していく。エムリドはそんな死に方は御免であり、部下も無駄死にさせる訳にはいかない。独断とも言えるエムリドの判断は早く、リハーゼン騎士団の後を辿り陸路を選択。クレイスト王国経由で帰国を目指していた。


「後ろは無視しろ、正面の維持と側面だけに注意を払え、塞がれたら全員が死ぬぞ」


 エムリドの部隊はフェリウスの敗残兵、各国の逸れた兵により大隊規模まで膨れ上がっていく。大隊や連隊クラスの指揮官が曲輪攻めで失われ、大暴走による襲撃で底を突いていた。


「後ろの人達は……」


 エムリドの言葉に先導役だった冒険者のリーティアが反応した。自分達が何をしでかしたか判るにつれ、少女の心は壊れつつあることがエムリドには見て取れた。いや、もしかしたらもう壊れているかもしれない。


「速度について来れない者は死ぬだろう。ショックか? だが現実だ。当事者の一人である俺が言うのもおこがましいが、人の戦争に魔物を介入させるべきじゃなかった」


 上の人間に聞かれれば処罰は免れないだろう。だが聞き耳を立てる高級将校は死ぬか船で逃れ、後は死を免れる為に団結した多国籍軍しかいない。


「私は、私はッ」


 思春期の少女のメンタルケアなどエムリドは御免であったが、その火力は今のエムリドにとってやすやすと手放せるものではなかった。


「悩む暇があるなら人1人でも救え。悩むのは生き残った後にしろ。懺悔で一生を終える修道女にでも成ればいい。今は戦え冒険者、魔物から人を救ってみせろ。死んで楽になるなんて発想は無い。1秒でも一瞬でも多く抗え」


 少女はエムリドに応えることなく、先頭集団へと走り出した。エムリドはそこでもう1人の冒険者に向ける。


「レフティ、あんたは堪えてないな」


「ああ、民に犠牲が出るのは分かっていたからな。ここまで広がるとは予想外だが」


「なら何故参加した。戦闘が好きなのか」


「好きか、ああ、話は好きじゃないんだが、こんな状況だ。好きなのは……リーティアだ。惚れた女を支えたくてね」


 エムリドは開いた口が閉じれなかった。死地に飛び込む理由が惚れた相手の為だと言う。


「馬鹿か、それこそ止めるだろう」


「1人でも飛び出すと聞かなかったからな。それに口下手なんだ。こんなことでしか支えられない」


「は、何を考えているか分からない奴だと思っていたが、見た目の割に、気持ち悪い奴だな」


「自覚はしている」


 短い付き合いながら初めてエムリドは根暗な男と笑い合った。


「行って支えてこい」


 男は少女の後を追っていく。この死地の中でとんだ茶番を演じるハメになった。破綻寸前な少女に、根暗な冒険者、笑わせてくれる。それでもパンク寸前だった頭に少しは空きが生じる。


「フォルク分隊、後方の魔物の足を鈍らせろ。無理はするな」


「前衛集団の支援はよろしいので」


「腕利きの冒険者が2人力尽きるまで戦うそうだ。物好きな事にな」


「はぁ、そういう事なら」


 エムリドは民全てを救う気も救えもしないが、危険を冒して助かるかもしれない人間を増やす事を選んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] もうどうしようもないから、ざまぁとかばーかばーかとか自業自得乙!とか思っておくわ 悲しいねえ
[一言] 各国の戦力やその反応とか自分の独断と偏見で散々見誤っておいて、 いざ無謀な作戦で兵や民草に予想を超えた多大な犠牲が生じたら『悲劇』とドラマのように美化してお終いにして、自分らのマッチポンプに…
[一言] ヒューゴくん大歓喜
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