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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第一章

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第四十五話 大暴走

「足を、手を止めるな。明日を迎えたければ作業を急げ!!」


 リベリトア商業連邦の歩兵中隊の指揮官であるエムリドは声を張り上げた。部下が懸命に作業に従事しているのは理解しているつもりだ。


 それでもエムリドは1秒でも一瞬でも作業を進ませる為に発破を掛ける。


「設置班が魔物と会敵、オーク40匹以上と戦闘中です!!」


「フィルの小隊で対応させろ、設置班は引き続き作業を継続」


 各国が大隊規模でマイヤード外縁部の魔領の森に踏み入っているが、事態は悪化する一方だった。


 ハイセルク兵が守る陣地を攻め入るよりは楽だ。そう甘く見ていたとエムリドは出発前の自分を殴り付けたかった。


 本国に存在する魔領で討伐隊を率いたエムリドでさえ、苦戦という言葉すら生温い苦境に陥っている。全体で考えればハズレくじを引き、壊滅した中隊も存在するだろう。


 まずもって魔物の数が尋常では無い。1km進む間に接敵した魔物の数は優に100体を超える。それもゴブリンやコボルトと言った小物だけではなく、最低でもオーク、それ以上ともなればオーガ、リザードマン、ラミアなどBクラスに分類される魔物ばかりであった。


「最短は直進だが、先は大怪鳥(アビスバード)の生息域だ」


 先導役の冒険者が地図を開くエムリドに呼び掛けた。ああ、アビスバードね。知らないものは居ない。時に飛竜種と縄張り争いをする大空の化物。


「Aクラスの魔物か、なんでそんな奴らがうじゃうじゃいやがる。迂回路は?」


 Aクラスともなれば、小隊総出で相手取る必要がある。それでも勝てはしない。それが複数生息するともなれば、中隊単位の軍勢ですら戦闘になれば危うい。


「あるが、昆虫系の魔物が蔓延るエリアを抜ける必要がある」


「種類は?」


「Bクラス相当のスパイダーやアント系が主体だ。数は少ないがワーム系もいる。それと運が悪ければジャイアントセンチピートと遭遇する。火を使えれば追い払えるが――」


 冒険者は言葉を止め、手押し車に乗せられた樽に目を向ける。


「荷物が荷物だ。火は厳禁と達しが出ている」


 中身は発火性と揮発性の極めて高いリベリトアの黒き水。下手に火を使い引火すれば魔領の森で退路を断たれかねない。エムリドにとって実に腹立たしい命令であった。


「迂回路を進む。アビスバードよりは相手取り易い」


 上空を飛び、攻撃時にしか地上に降りてこない相手よりは、数は多いが危険度の低い昆虫系の魔物の方が対抗の手段が複数ある。エムリドが進路を決めた矢先、隊列の後方から怒声が上がった。


「ギガントグールだ!!」


 生者に執着心を持つグールの中でも、リッチ等の上位種に成り損ねた存在であり、再生能力とサイクロプス並みに膨れ上がった腐の巨人が、エムリドの目にも映った。


「フォルク分隊来い。奴を潰すぞ」


 予備部隊を使い果たしたエムリドの判断は早かった。足だけで逃げ切れる相手ではあるが、人を捕食する為ならば延々と獲物を追跡する厄介な相手であり放置は出来ない。それに設置班の合流も果たしておらず、見捨てるわけにはいかない。


「援護します。動きを止めてくれたら風属性魔法で仕留められます」


 先導役の冒険者の一人がエムリドに言った。本当に仕留め切れるか疑念があったが、先導役に選ばれた冒険者は腕利き揃いと聞いた。それが赤毛の少女だとしてもだ。


「俺の魔法で足を止める。頼むぞ」


 既に最後尾の分隊が戦闘を開始し、エムリドの眼前でその肥大した腕に一人は握り潰され、もう一人は鎧ごと上半身を噛み砕かれた。


「俺の部下をやりやがったな」


 上半身には数本の槍と多数の矢が突き刺さるが、アンデッドには効果が薄く、有効打となっていなかった。エムリドの部下が斬り裂いた傷もグシュグシュと気味が悪い音と共に再生して行く。


「これでも食らえ、ウスノロ」


 エムリドは魔力を練り上げ、地面に手を付ける。


「《アースクラック》」


 数秒のタイムラグの後に地面が割れ、地面が隆起していく。場数を踏んだ兵ならば回避は容易いが、巨軀で動きが緩慢なギガントグールが避け切れる道理はない。腐った皮膚が何層にもたるみ、液を撒き散らす両足が地面に飲み込まれた。膨れ上がったグールは、上半身をのたうち回らせながら這い上がろうとする。阻止行動の一環で斬り込もうとする部下をエムリドは制止した。


「退避しろ。魔法の射線に入るな」


 エムリドよりも一回りも若い赤毛の冒険者は練り上げた魔力を解放させた。風が乏しい森の中を突風が吹き荒れる。


 赤毛の少女から放たれた風の刃がギガントグールの頭部に命中すると、無数の斬撃を浴びた様に首ごと消し飛んだ。


 エムリドも知る風属性に系統されるスキルである《風牙》であった。


「離れろ、まだ動くぞ」


 頭部を失い巨大な両腕を振り回すギガントグールであったが、徐々にその動きは緩慢と成り、完全に静止した。


 中身が漏れ、下水道を煮詰めた様な反吐の出る悪臭がエムリドの鼻腔を刺激する。一体どれだけ生き餌を食べればこれだけ肥大化するのか見当も付かない。


「二度死んだ後も迷惑な奴だ」


 負傷者の応急処置を済ませながらエムリドは被害を確認する。死者2名、負傷者1名であり、Bクラスの上位に匹敵する魔物を滅ぼしたとなれば被害が少ない方であった。


「リーティアと言ったな。助かった」


「お役に立てたなら良かったです。これもマイヤードの為ですから」


 赤毛の少女の目には憎悪の光が見て取れた。故郷を侵略したハイセルク帝国に向けたものであろうとエムリドは判断する。


 法外な金額で冒険者を雇い入れたとエムリドは聞いたが、祖国を支配下に置くハイセルク帝国への反骨心から参加する者もいる。


 斥候に慣れた先導役のレフティと共にパーティーを抜け出してまで、ハイセルクに打撃を与える仕事に就いた二人の心境などエムリドには計り知る事もできない。


 それでも今は優秀な手駒が増えた事を素直に喜ぶ事にした。


「冒険者、道案内は頼んだぞ」


 同時にエムリドには不安が過ぎる。外縁部でさえBクラスの魔物が跋扈する魔領を焼き払うと何が起きるか、エムリドは背筋に寒気を覚える。


 中止すべきだと理性が訴えていたが、軍人それも中隊を預かる身としては、任務を遂行するしかなかった。



 ◆



 ハイセルク帝国の実効支配地となった農村では、閉塞感が漂っていた。そんな村の農夫の一人であるヨーギムは村の行く末を案じていた。エイデンバーグの戦いで若い衆が動員され、帰ってきたのは敗走してきた一人だけであった。ヨーギムの聞くところによると残りの者は戦死するか捕虜に取られたらしい。


 生きていれば数年で解放されるとの噂も出回っているが、ヨーギムは楽観的になれなかった。畑仕事に人が足りない上に、干からびない程度にはマイヤード軍とハイセルク軍に絞られ、人も物も余力はゼロに等しかった。


 隠居する老人や幼児まで土いじりに汗を流している。今もフェリウス王国の国境線では五カ国による戦闘が続いているのを、物資の輸送を手伝わされた村人が語っていた。


 森に落ちた枝を拾い籠に入れる。魔法の一つでも使えれば、生活が便利になるのに、ヨーギムはロクに魔法も使えず、体力もそれなり程度。自身でも凡夫であることは重々承知であった。


「なんだぁ? 森が明るいぞ」


 魔領に接続される忌み嫌われた森の奥が薄っすらと明るくなっていた。風に乗り、焼け焦げた臭いが届く。山火事か、厄介な事になったとヨーギムは頭を掻いた。


 マイヤードの国軍は既に壊滅、消火活動は村人のみで行わなければいけない。ヨーギムもその一人に選ばれるに違いなかった。村への帰路についたヨーギムであったが、自然とその足取りは早くなっていく。


 平凡なヨーギムであったが、一つだけ不思議な特技があった。平時では役に立たない特技ではあるが、生死の岐路に立たされた時に、ヨーギムの勘は良く当たる。森でホーングリズリーに追い回された時も、旧カノアの兵としてハイセルクと戦った時も、この勘でヨーギムは生を繋いだ。息子であるモーイズにもその能力は引き継がれ、マイヤードの敗残兵として唯一人、村に逃げ延びてきた。


 村の中心を抜け、外れにある自宅にまで辿り着く。そこには妻のデボラと息子のモーイズが芋をぶつ切りにして、食事の準備を進めていた。


「逃げるぞ!!」


 ヨーギムは自分でも驚くほどの声量が出た。


「ハイセルク兵の追手かい?」


 ヨーギムの妻が息子に追手が迫っているのではないかと、目付きが鋭くなる。


「違う、森がやばい。今にも捻り潰されそうな感覚だ」


 狂言にも取られかねないヨーギムであったが、デボラは問答する事なく言った。


「モーイズ、荷台を馬につないで食料と武器だけ積みな」


「ママ!?」


「馬鹿かいあんたは、二度言わせんじゃないわよ」


 息子のモーイズは一瞬身体を硬直させると直ぐに家の裏手に駆け込んでいく。


「あんたもモーイズも《直感》のスキルを持ってる。それが今すぐ逃げ出そうって言うんだ。村はダメなのかい」


「母ちゃん、覚えてっか、昔オーガの群れが襲ってきたじゃねぇか」


「ああ、マイヤード兵が酷く死んだね」


「アレが幼児の悪戯に感じる」


「……そいつはヤバイねぇ」


 ヨーギムの耳が悲鳴を捉えた。


「来やがったァ」


 村の至る所から悲鳴と怒号が響き、人々が逃げ出して来る。


 森の中から波が現れた。それらはヨーギムの比喩でも何でもなく、魔物が濁流になって押し寄せてくる。一種では無く多種多様な魔物が奔流となり迫る。


「大暴走ッ、どっかの国がやりやがったねぇ!!」


 移動速度に優れた10匹を超えるシルバーウルフがヨーギムの下へと駆け寄ってくる。ヨーギムは犬が嫌いな訳ではないが、シルバーウルフは大嫌いであった。


 筋張った骨ばかりのヨーギムの身体が魅力的に映った様で、涎を撒き散らしその顎門を開いた。


 ヨーギムに届く直前、シルバーウルフの頭部が横合から伸びた手で握り潰される。


「おい、人の旦那に、何する気だい」


 弛緩するシルバーウルフの遺体を別のシルバーウルフに叩きつけると、ヨーギムの妻は、シルバーウルフに飛びかかった。


 横腹が拳状に抉れ、頭蓋が踏み砕かれ、シルバーウルフは拳で殴殺されていく。ヨーギムは妻との夫婦喧嘩は素手でも命懸けであった。何せ、かするだけでも打撲は免れない。直撃すれば貧相な身体など消し飛んでしまう。


 ヨーギムは棒状の柵を引き抜き、迫るシルバーウルフに視線を向ける。《剛力》と《金剛》を操る元冒険者であった妻デボラよりも相手取りやすいと判断された。ヨーギムを相手にするのはデボラとの二択であれば的確な判断だと思う反面、逃げると言う選択肢もある三択では誤りだった。


 フェイントを交えながら飛びかかって来たシルバーウルフを《直感》で読み切ったヨーギムは、その口腔内に柵を差し込む。力は要らなかった。棒状の柵を右の掌と腰で固定し、左腕で棒を握り締めるだけ――。


 後は勝手にシルバーウルフが串刺しになってくれる。お利口な犬だとヨーギムは褒めたくなった。もう一匹も人懐っこくヨーギムの喉元目掛けて飛び込んでくる。


 ヨーギムは抱擁で迎え入れた。シルバーウルフの喉元に腕を巻き付け、身体を反転させて、捻じ切る。スキルである《直感》が無ければ、かつては冒険者だったにせよ、ヨーギムは筋と骨ばかりの凡夫に過ぎない。


「あんた、何時まで遊んでるんだい。さっさといくよ。……もう手遅れだ」


 デボラの悲しげな視線の先には村に突入する魔物の巨軀が映る。


「タイラントワームまでいるか」


 農具や護身用の武具で反撃を試みた農民も、タイラントワームが身を振るだけで壁に叩きつけられ圧死する。ヨーギムとデボラが死力を尽くそうが、もはや村は手遅れであった。


「さっさとケツまくるよ。か弱い農民には荷が重い相手だね。ハイセルク兵になすり付けてちょうどいいくらいさ」


 阿鼻叫喚の地獄と化した村をヨーギムは家族を連れ、後にする。村人478人のうち助かったのは僅かに3人と馬一頭だけであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ん?ジャイアントセンチピート?ってどんなだろう。検索するか。 一瞬息が詰まりました……デカ過ぎんだろ…
[一言] いや、すげぇ…
[一言] 元マイヤードの土地を三国がケーキみたいに取り分ける風刺画が頭の浮かんだ(ωー
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