第四十一話
意識を取り戻したウォルムは城塞に設けられた一室へと案内された。
ジェラルド・ベルガー司令官、会うのはこれで三度目であった。以前は分隊総出であったが、今やウォルムだけが老将に再会した。
「待っていたよ。かけたまえ」
「失礼します」
ウォルムは臆する事なく対面へと腰掛けた。
「先ずは御礼を言わなければならないね。たった一人で四カ国同盟を相手取り野営地を焼き、指揮系統を破壊、その上三英傑の一人を捕虜に取った功績は、伝説や神話に匹敵する活躍だった。今やフェリウス方面軍でウォルムくんを知らぬ者などいない」
はっきり言って過剰な評価であった。ウォルムは罠に嵌められ、死体と共に一週間寝ていただけだ。その上場当たり的に生き残ったに過ぎない。
「軍神にお褒め頂き、感無量であります。ただ身に余る評価で、過剰評価されているかと――生き延びたのは偶然の産物に過ぎません。私は、大隊が壊滅に瀕している間、何も出来なかったのです」
「リグリア大隊の壊滅は公私共に耐え難い喪失だ。僅かに残る基幹要員も足りず、再建の目処も立っていない。だがね。ウォルムくん、君が成した事を過小評価するのは良くない。アレが過剰評価と言うのなら私が軍神と呼ばれるのも同じ事だ。人間は死地でこそ本質が透けて見える。君は成し遂げたのだ。それに見合う評価と報酬を与えられなければいけない」
有無は言わせないとジェラルド・ベルガーはウォルムに言い切った。
「通信魔道具で本国にもウォルムくんの獅子奮迅の活躍は届いている。君には帝国評議会より名誉称号ではあるが騎士の称号が与えられる予定だ」
騎士?ジェラルドの言葉を理解するのにウォルムは言葉を繰り返し咀嚼させる。
「私は農家の三男です。騎士というのは……そもそも我が軍に騎士が存在するのですか」
小鬼の額ほどの農地しか持たない農家の三男などに騎士の格式は無い。騎士に選ばれてもウォルムは困惑してしまう。
それに軍事が発展途上のこの世界では、軍の単位や階級が曖昧で国ごとに入り混じっているが、ハイセルク帝国軍内で騎士の階級などウォルムは聞いた事も無かった。
「知らないのも無理はない。旧式の軍単位と階級がまかり通っていた時代の産物だ。今や我が国では名誉称号に過ぎない。それでも国内外で騎士の称号というのは役に立つ」
名誉称号なら実益も実害もない勲章の様な物かとウォルムの脳裏に浮かぶ。
「それと残念ながら辞退という手は無いのだ。何せここ数年間騎士の称号を得たものは死者ばかりだ。帝国議会は生きた英雄を欲している。おめでとう、君も軍神への第一歩を踏み出したぞ」
「お、恐れ多いです」
心底愉快そうにジェラルドは笑みを浮かべるのを見て、ウォルムは引き攣りながら笑みを返す。
「恐れるも何も既に遅い。さて、話ばかりでは詰まらないだろう。先にこれを渡しておこう」
ジェラルドが目線を送ると従者が布に包まれた重厚な箱を取り出した。布を外し、箱から取り出された剣は無骨で飾り気も無い。ひたすらに実用性を求めた物であった。
「ハイセルク帝国の武威たる者に贈られる剣だ。こいつは凄いぞ。龍火鉄に魔法銀の合金から鍛え上げられた名刀。騎士の称号を持つ者にしか与えられない逸品だよ」
ジェラルドが剣を抜き、ウォルムは息を飲んだ。薄らと朱色を帯びた刀身は室内だというのに光を帯びている。
「気に入った様だね。既にその剣はウォルムくんのものだ。試しに魔力を流してみるといい」
言われるがまま《強撃》を流す要領で魔力を流すと、刀身が赤く染まっていく。ウォルムはその色に魅入られた様に、剣先から鍔まで視線を走らせる。
これが《鬼火》の状態で使用したらどうなる。ウォルムは好奇心で刀身に《鬼火》を使用した。
刀身は薄い紅色から蒼色を帯びていき、部屋の空気が瞬く間に熱せられ空気が震えるのが分かる。
「……凄まじいな」
ジェラルドが漏らした言葉、鬼の面が震えたことでウォルムは我へと返った。
「申し訳ありません。つい夢中になってしまい」
「けしかけたのは私だ。謝る事はない」
ウォルムが振り返ると、扉に控えていたのか衛兵が飛び込んでいた。
「ちょっとした披露宴だ。すまないね」
ジェラルドの物言いに、衛兵は苦言を呈した。
「お戯れもほどほどに願います」
ジェラルドが手を翳すと、衛兵は部屋の外に戻っていく。その目は刀身に視線を奪われていた。
「良いものを見させて貰った。剣は帝国から、私からも個人的に贈り物をさせて貰おう」
続いて手渡されたのは、年季の入った腰袋だった。
「これは……まさか」
「そう魔法袋だ。魔法袋と言っても、個人用の域を出ない物だがね。それでも周辺の商家が大金を叩いて買い取るものだ」
「こんな高価な物を」
「私が若い頃に得たものだ。懐かしさに手元に置いていたが代わりはある。遠慮は要らない」
「……ありがとうございます」
「さて、このまま雑談でも良いのだが、他に何かあったかな」
老将の言葉に違和感を感じたウォルムは眉を顰める。嫌な予感がする。
「ああ、そうだ。ウォルムくんの所属についてなんだがね。私直轄となったよ」
「閣下の直轄でありますか」
「丁度良い事に、頭を悩ませていた仕事があってね。重要人物の護衛と監視任務なのだが、中々手の空いている適任者が居なくてね」
ウォルムの理性と本能が危険を訴えている。
「既に秘密裏で一度の奪還、そして一度の暗殺が試みられている。全て未然に防いではいるが、腕利きの護衛が必要だ」
人が良い笑みを浮かべる老将だが、中身は得体が知れない。毒餌に食いついてしまったとウォルムは後悔するが遅かった。
「クレイスト王国の三英傑の一角、アヤネ・スギモトだ」
「はは、ご冗談を」
「私は本気だよ」
「……せ、僭越ながら私の能力は攻勢時に活きるものであり、輸送護衛任務こそ従事した事はありますが、個人の護衛は不向きではないでしょうか」
「確かに攻勢時には魅力的な能力なのは間違いないが《鬼火》以外も一流であろう。己を卑下するのは止めたまえ。それに経験不足を恥じなくとも良い。他にも人は付ける。それにウォルムくんが居る方がアヤネも“安心”だろう」
治療をさせた上に騙し討ちした相手を今度は護衛しろなどとは、なんて慈愛に満ちた素敵な御老人だとウォルムは内心頭を抱える。
「受けてくれるね?」
「……承知しました」
悲しいかな騎士になったとて拒否権は無い。頷くウォルムの肩をジェラルドが小さく叩いた。




