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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第一章

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第三十六話

 クレイスト王国軍の騎士であるヨハナは不毛なやりとりに辟易していた。


「我が軍が先鋒を――」


「いや、領地奪還は我がフェリウスの使命。馬出しの制圧は任せて頂きたい」


「火力を考えれば三英傑を抱えるクレイストこそ相応しいでしょう」


 月は頂点を降って久しい。部屋の中には魔石のランプが吊り下げられており、室内の中心に設けられた地図を照らすには十分であった。


 明日の大攻勢前に、馬出しの攻略を務める軍が決められようとしていたが、一筋縄ではいかなかった。各国が栄えある一番槍に拘るのはヨハナにも理解ができる。それは個人としてだけでは無く、国家の未来を見据えてのものだ。ハイセルク帝国に敗北を与えた中でどの国が最も貢献したか、後の四カ国同盟内による影響力に小さくない影響を与える。それ故にどの国も譲る事を知らない。例外と言えば、目ぼしい陸上戦力を失ったマイヤード公国ぐらいのものであった。


 将軍や司令官、その代理が出席する軍議の中で、マイヤードだけが国の指導者であるリタ・マイヤードが出席しており、各国の力関係が嫌でも理解できる構図となっていた。会議の流れとしてはリベリトア商業連邦かフェリウス王国のどちらかに決まりそうであるとヨハナは踏んでいる。


 クレイスト王国は、ハイセルク帝国の最精鋭大隊であるリグリア大隊を第三曲輪攻略にて撃破、同曲輪を占拠した功績がある。更に曲輪群の中核である第六曲輪を陥落させた際も三英傑の魔法で支援を果たし、他の国と比べ戦果は頭二つ飛び出ていた。


 軍師が粘り強く交渉しているのもクレイスト王国が先鋒を譲渡したという恩を売る為だとヨハナは事前に伝えられている。どう決着がついたとしても与えられるはずのない先鋒を決める軍議は、はっきり言って無駄であり、参加を見送った騎士団長にヨハナは恨み言の一つでもぶつけたいところであった。


「いっそのことクジで決めたらどうだ」


「何をふざけているのですかヨハナ殿」


「そうだ。そんな無責任な発言は控えて頂きたい」


 進展のなさにヨハナがつい漏らしてしまった言葉を聞き逃さなかった各国の代表者から次々と失言の追及が及ぶ。


「すまない。軽率な発言であった」


 詫びたヨハナを見て、議論は再び元の議題へと戻った。唯一ヨハナに同情を示したのは無益な軍議に参加しているリタ・マイヤードぐらいのものであった。こんな無駄な時間を過ごすのならば、ユウトやマコトに教練を施すか、明日に備えて英気を養いたいところであった。堂々巡りの議論を打ち破ったのは、外部の喧騒と大気が畝る轟音であった。


「何事だ!?」


「魔法か、これは?」


 戦闘経験が乏しい文官は事態が飲み込めていなかったが、戦闘音、それも魔法によるものだとヨハナは判断した。部屋の中でも武官や護衛の者はヨハナ同様外で戦闘が行われているのを感じ取っていた。


「恐らくは間者による破壊工作かと」


 リベリトア商業連邦の旅団長がそう漏らすと何人かは頷いた。


「アレが陽動で要人を狙った暗殺もあり得ますな」


「警備の堅いここで情報を待った方が良さそうだ」


 ヨハナも闇雲に退避するのには不賛同であったが、如何にも背筋に寒いものを感じた。漂う魔力はかつて経験した事がある様な気がしてならないのだ。騒動は収まるどころか、広がりを見せていた。それもだんだんと距離が狭まっているのをヨハナは掴んだ。


「ただの破壊工作では無さそうですね」


「何を――」


 フェリウス王国の文官の一人が、ヨハナの言葉に説明を求めた。返答をしようとしたヨハナであったが、一人の兵士が部屋に飛び込んで来た為、それは叶わなかった。


「敵襲ッ!! 第三曲輪から亡霊が!!」


 第6曲輪の警備を預かるリベリトア兵であった。


「落ち着かんか、アンデッドか? 数は?」


 リベリトア商業連邦の外相ヒューゴの代理として軍議に参加していたリベリトアの旅団長が尋ねた。


「た、単騎駆けです。殺したはずの鬼火使いがクレイスト王国の野営地を横断しながら、この指揮場へと一直線に」


「馬鹿な!!」


 ヨハナは叫んだ。濃密という言葉でさえ足りぬ程の密度でアレに魔法が降り注いだのをヨハナは最も至近で確認していた。大地は抉られ、土埃は竜種の背丈ほど舞い上がった。アンデッド化したとしても、破壊の奔流で身体が残っているとは考えられない。


「単騎如き擦り潰せ。今何処にいるのだ!!」


「直ぐそこま――」


 風が吹くはずのない室内に、風が吹き、地図が吹き飛ぶ。全身から汗が噴き出る。ヨハナは机を蹴り飛ばし、軍師を陰に押し込み、マントで覆った。室内に火炎が踊る様に入り込むと、瞬時にして、室内を覆う。対応が遅れた者、位置が悪かった者が短い悲鳴を吐き、地面へと転がる。


 ヨハナは《強撃》で虚空を叩き、迫る蒼炎を吹き飛ばす。蒼炎が弱まった時、室内に立っていたのは僅かに7人だけであった。マイヤード代表とその護衛、リベリトア商業連邦の旅団長を含む3人、ヨハナが庇った軍師だけだ。フェリウスは場所が悪く全員が焼死していた。残る者は爆風に呑まれ、火に巻かれながら地面を転がり回っている。消火に手を貸そうとしたヨハナだが、入り口から伸びた斧槍がリベリトア兵を串刺しにした事により、中断された。


「ぁ、ああああ゛アッ!!」


 内部から火が噴き出ると、喉から黒煙と蒼炎が噴き出る。鬼火使いが刺突した内部から炎を吹き出させたのだ。


「おのれぇええ!!」


 腰に下げていたロングソードを一閃させた旅団長であったが、斧槍が魔力を帯びると剣ごと身体を半ばまで切断される。残る1人はロングソードを抜く前に斧槍で腹わたを焼かれ、激しい痙攣の後に動かなくなった。鬼火使いが遠距離主体と聞いていたヨハナは己の認識が著しく間違っていた事に気付かされた。


 はっきり言って今のヨハナは最低限の装備しか身にしていない。何処まで持つか自問自答したヨハナに対し、鬼火使いは方向が定まらずに捻じ曲がった左指で確かにヨハナを指差す。仮面越しに死を、濃厚な殺気を感じた。折れた指を軋ませ、全身から蒼炎を吹き出し、火の化身と化した敵がヨハナに襲いかかる。《強撃》同士がぶつかり合い、ヨハナの手が酷く痺れる。


 立っているだけで魔力膜が根こそぎ削られていく。斧槍を握る鬼火使いの左指は全て潰れていた。それにもかかわらず、ヨハナは剣圧で押されている。鍔迫り合いからお互いの刀身を弾くが、離れ際に蒼炎が纏わりついてくる。瞬間的にヨハナが展開した氷壁は高温の蒸気を撒き散らせ、霧散した。


 仮面越しにだが目線を交差させたヨハナは、狂気の色に飲まれながらも鬼火使いが知性を失っていない事に気付いた。大隊で運用されていたときよりも遥かに危険な相手であった。射程内に友軍が居ないから、制限が解き放たれている。ヨハナが頭を回転させる中ではたと気付く。第三曲輪でリグリア大隊は撃破されている。庇うべき仲間などもう居ない。狂気とも言える単騎による中枢部への殴り込みは仇討ちを果たさんとする復讐心から来るものか。


「無駄な抵抗を!リグリア大隊は壊滅した!!」


「……」


 返事は鬼火によって成された。鬼火が再び膨らみ掛けた瞬間、ヨハナは身構えたが、横合いから滑り込んで来た刀身によって阻止された。


「ぐっ、ウぅ゛」


 それはマイヤード公国の老騎士による研ぎ澄まされた一撃によるモノだった。



 ◆



 軍議に参加していたリタ・マイヤードは目の前の攻防に付いていく事など出来なかった。戦争はエイデンバーグ攻防戦と水上都市セルタまでの逃走の道で幾度と無く経験を積んだつもりだった。それがここでは何の意味も成さない。軍議には20人以上が参加していた。それが今では片手で数える程しか残っていない。


「リタ様、お下がりを!!」


 自身の護衛であるラトウィッジによる文字通りの横槍により、防具の隙間から入り込んだロングソードは鬼火使いの腹部から出血を齎らした。


「恥ずべき横槍だ。言い訳はせぬ」


 鬼火使いが《強撃》と《鬼火》を用いて、ラトウィッジに襲い掛かるが、リハーゼンの騎士であるヨハナが死角に回り込み、短期の決着を許さなかった。それでも鬼火使いは崩れない。正面を《強撃》で対応、側面と死角を蒼炎で埋めていく。リタは巻き込まれない様に、壁際まで下がることしかできない。


 自身の非力さを呪ったのは、これで何度目であろう。リタの目線が鬼火使いと瞬間的に合う。激しい息遣いと熱気がリタに迫る。瞬間的に矛先を変えようとした鬼火使いだが、ラトウィッジが強制的に自身へとその刃を向けさせる。


「殺す゛、べきだった」


「あ……」


 つい数分にも満たないやり取り、それでもリタにはあの会話も、逃亡中に口にした味も脳裏に克明に刻まれている。人の良さそうな笑みは失われ、見開かれた瞳には憤怒と憎悪の炎が燃えていた。


 侵略者であり恩人、根は善良であろうあの人をここまで狂わせたのは戦争であり、四カ国同盟の一角の長である自身だとリタは頬を噛んだ。国の為、民の為と覚悟を決めた自身のなんて弱いことか、叶わぬであろう彼の助命やその後の影響力を天秤に掛けてしまった自身に嫌悪感すら感じてしまう。


 膨らんだ魔力に2人の騎士は防御体勢を取った。室内を吹き荒れる鬼火であったが、その使い手は既に部屋に居ない。


「リタ様、お怪我は」


「無事です。……その彼は」


「はい、エイデンバーグの……しかし、今は忘れるべきです」


 他国の者もいる前で取り乱す訳にはいかない。人知れず息を吐き、気を落ち着けたリタは、テーブルの残骸に倒れ込んでいるクレイストの軍師へと呼び掛けた。


「大丈夫ですか」


 クレイストの軍師はテーブルの残骸から起き上がり、室内を一瞥するとリタへ返答する。


「っう、自力で動けます。どうやら我らだけのようですね。聞くだけとは大違いだ。我々はアレを過小評価していた。単身の危険度は三英傑すら上回る」


「ええ……一先ず兵と合流しましょう。グラン様も探さなくては、周囲はまだ危険です。マイヤード殿もご一緒に退避しましょう」


「ありがとうございます」


 リハーゼンの騎士の提案にリタは同意した。意地を張り、不必要な危険を冒す必要など無い。襲われたのは野営地、続いて指揮場、次に襲われるとしたら――狂気に飲まれた兵士が何処に向かうのか、リタには判断が付かなかった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 火の影響範囲が良く判らない。
[良い点] ここの憎悪が好きすぎて定期的に最初から読み直したくなる
[良い点] 背景が突然、真っ黒! 衝撃の邂逅の演出なのでしょうか。 こんなテクニックもあったんですね。
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