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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第一章

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第二十八話

 街道や橋の破壊を繰り返しながら、リグリア大隊は集合地点であるサラエボ要塞へと辿り着こうとしていた。


 フェリウス王国占領地の全放棄は軍内でも意見が割れたが、ベルガー司令官の一声で、旧マイヤード国境部までの撤退が決まった。


 この要地はマイヤードとフェリウスとの国境に位置し、旧カノア時代には対魔領・対フェリウスとして機能していた。


 周囲は山岳に囲まれ、迂回しようにも大陸でも有数の強力な魔物が蔓延る魔領を抜けなくてはならず、迂回策が取れない、守備側には有利の地形と言えた。


 エイデンバーグ攻略後は、要塞の維持に必要な兵の定員を大きく割り込み、ハイセルク帝国軍の猛攻を前にその役割を果たせず短期間で落城。


 この地に集結を果たすハイセルク帝国軍は要塞を活用するに十分な兵数が揃う上に、短期間で要塞が陥落した為、防御施設の損傷も軽微で既に修理が完了しているらしい。


 既に要塞の勢力下に入り込み、リグリア大隊以外のハイセルク兵をウォルムは多く見掛けた。偵察や伝令、土木に従事する工兵も混じっている。


「エイデンバーグの戦い並の兵数が集結してやがるな」


 そう漏らしたのは分隊長だった。


「はぁ、道が狭く感じますよ」


 愚痴を漏らしたのは、すれ違う騎馬を避けたホゼだった。


「味方が少ないよりはいいじゃないですか」


 ノールは頼もしいとばかりに喜んでいる。


「鉱山じゃ酷い目にあった」


 鉱山での死闘を思い浮かべたバリトが鶏冠をへたらせ言った。


「確かに、鉱山よりはマシだけど、落ち着いて飯くらい食べたい」


 ウォルムが握っているのはラウンドシールドでも斧槍でもない。ジャガイモだった。


 ジャガイモを歩きながら手の感覚を頼りに、ナイフで皮を剥き食べているのだ。


 水も火も通していないジャガイモはデンプン質で酷くもっさりとした食感だが、ウォルムはこっそり加熱して食べていた。


 周囲の兵に気付かれれば、調理目当てでジャガイモが殺到してくるに違いない。


 もっちゃもっちゃとジャガイモを頬張るノールやバリトを軽く嘲笑いウォルムは熱したジャガイモを口に運ぶ。


「……ウォルム」


 ウォルムの背筋は瞬間的に凍った。偽装は完璧だったはずだ。いや、露見するとすれば――


 予感が外れる事を願うウォルムであったが、後ろにいたのはやはりウィラートだった。


 塩水が満たされたカップには皮の剥かれたジャガイモが入っている。


 熟練の魔法使いであるウィラートはウォルムが何をしているのか、勘付いたのだ。言葉では言わないがウォルムには理解出来る。口外しない代わりに調理しろと催促していた。


 火属性に関しては、ウィラートよりもウォルムの方が上手に行っている。細かい火加減は鉱山で身に付けてしまっていた。


 求められる役割は理解している。しかしタダでやるつもりは無かった。


「今日の水当番、代わってくれるか」


「……チッ」


 ウィラートは小さく舌打ちをしたが、拒絶の言葉は続かなかった。ウォルムは火属性魔法でカップを温める。人間調理器から歩く人間調理器へとジョブチェンジを果たした。


 ウィラートは満足げに茹でたジャガイモを口に運んでいる。


 問題は調理時に上がる湯気と匂いだった。塩水で茹でられたジャガイモの匂いは、行軍中には余りにも芳しい。


「ウィラート、随分いい物を食べているな」


 真っ先に気づいたのは分隊長だった。


「何の事だ」


 白々しく惚けるウィラートだったが、ジャガイモを頬張りながら言うと説得力は無い。


 続いたのはホゼだった。


「おい、ウォルム、さっきウィラートに何か手渡してたよな」


「気のせいだろ」


 ウォルムは冷や汗を流し、しらばっくれるが追求は止まない。


「ウォルム、歩きながら調理できるんじゃないか」


 分隊長が核心を突いてきた。生ジャガイモの悪夢から解放されるかもしれないとウォルムに羨望の目が集まる。


「ウォルム分かるだろう。移動を優先しているから、皆んな温かい食事をしていないんだ」


 ホゼはまるで出来の悪い生徒を諭す教師のようにウォルムに語りかけて来る。


「茹でたジャガイモがあれば、頑張れる」


「うん、茹でたジャガイモさえあれば、まだ歩ける気がします」


 新人二人までノリ出すともはや三馬鹿や他の分隊員から怨嗟の声は止まる事は無かった。ウォルムは何をしようがこの流れは決定的であった。


「分かった。歩きながら茹でればいいんだろ。ただし、荷物持てよ」


 観念したウォルムは手荷物や武具を分隊員に分散して渡していく。


 代わりに得たのは、分隊員の胃袋を支える鍋と大量のジャガイモだ。


「畜生、何が悲しくてこんな事に」


 ウィラートが魔法で鍋に水を注ぐ。ウォルムは火属性魔法で加熱を始める。すれ違う兵士達の視線は様々だ。


 そりゃ兵士が鍋を抱えてジャガイモを茹ででいたら、見ない方がおかしいに違いない。分かり切っている事だとウォルムは内心吐き捨てた。


 すれ違う兵士の中には、銅貨や物物交換で茹でたジャガイモを得ようとする者まででる始末だ。


 コズル小隊長にまで嗅ぎつけられ『我が小隊の士気向上に役立っている』とお褒めの言葉と共に、茹でたジャガイモを強奪された。


 ウォルムが代わりに与えられたのは茹でていないジャガイモだ。加熱に掛かる熱量はタダだと言わんばかりである。


 お陰で何度も何度も歩きながらジャガイモを茹でる羽目になる。


 『鍋もいけるんじゃ――』と漏らしたホゼにウォルムが全力で《鬼火》を発動させようとすると、分隊総出で止められた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 漫画版でくっそ面白く描かれてたから読み直し
[一言] 物語の書き手次第じゃ魔法使いは貴種であり雑事に魔法を使うことは許されないなんて世界もあるようだけど、この世界では歩く調理器扱いもあり得るのか。 傍から見てる分には面白いが当人的には相当思うと…
[良い点] 「ウォルム分かるだろう。移動を優先しているから、皆んな温かい食事をしていないんだ」  ホゼはまるで出来の悪い生徒を諭す教師にようにウォルムに語りかけて来る。 wwwww
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