第二十四話
「後退支援!? 何の冗談ですか」
デュエイ分隊長から告げられたが予想外の言葉に、ホゼは驚きを隠さなかった。
「俺だって耳を疑って小隊長に聞き返した。そしたら更に驚く事を言いやがった。フェリウス王国・クレイスト王国・リベリトア商業連邦・マイヤード公国の残党が手を組みやがった」
「えぇ、それって4カ国による同盟ですか」
ノールが間抜け面で絶句した。隣接する4カ国は仲が良いとは言えず、緩やかな緊張状態であったはずだ。それが急に、仲良しこよしの四人グループになったのだ。ウォルムにとっても驚かない方が難しい。
「そういうこった。猛攻によりサリア大隊が半壊、他の大隊も交戦しながら後退中だ」
「兵力はどのくらいなんですか」
「一兵卒は気にするなと言いたいところだが、総軍は6万を超えるらしい」
「ろ、6万?」
バリトの口は開いたまま閉じない。フェリウス方面軍の総兵は1万6000人。マイヤード方面軍と本国からの増援を合わせても、2万3000〜2万4000人集められれば良い方だろう。
「防御に徹して段階的に撤退していく。決戦場はフェリウス国境部のサラエボ要塞群だろう。フェリウスは兵が不足してロクに要塞が機能しなかったが、略奪した物資と兵員がいれば、勝たなくとも負けはしないかもしれん」
「折角落とした鉱山も手放すんですか?」
ノールが勿体ないとばかりに言った。ウォルムも同意見ではあった。血肉を代償とし、苦心して落とした鉱山をむざむざ敵に返すなど冗談では無い。
「しょうがねぇだろ。野戦で6万の兵なんか相手できるか。まあ、ただでは返さないつもりみたいだがな」
狙い澄ましたかの様に鉱山で地鳴りを伴いながら轟音が走ると、土埃が上がる。
「ああ、落盤させるんですね」
納得が言ったと言わんばかりにホゼが手を叩いた。
「そういう事だ。ここの物資や採掘物は捕虜に運ばせる。皆殺しにするかって案もあったが、マイヤードの古城の一つに収容して、農奴代わりにするみたいだ」
無抵抗の捕虜の皆殺しなどやりたくは無かった。後方に物資と共に移動となってウォルムは内心、安堵した。
「そういう訳でだな。リグリア大隊は鉱山で後退してくる友軍の援護だ。防御戦だから何時もよりはマシだが、もたもたしてると友軍に置いていかれる。気は抜くんじゃねぇぞ」
◆
軍議から四日後、遂にウォルムが防衛する鉱山にまで四カ国同盟軍が押し寄せようとしていた。敵の主力は慣れ親しんだリベリトア商業連邦だった。
「ホゼ、梯子を掛けさせるな!!」
ウォルムの右手にいたホゼが梯子の先を掴むとそのまま引き倒した。半分まで登り切っていたリベリトア兵は空中で手足をバタつかせながら、地面へと落下する。
ウォルムも他人事では無い。直下にいる兵士目掛けて人間の胴体と同じ大きさの岩を落とす。梯子の一部を粉砕しながら落下した岩は、幾人かの兵士の戦闘能力を低減させる。
「投げまくれ、石なら幾らでもあるぞ」
鉱物と共に運び出された石は優秀な投擲兵器と化していた。立派に着飾ったリベリトアの指揮官の鎧は、投擲するには良い的だった。
盾で頭部だけは懸命に守っていたが、無数の投擲により、表面は凸凹になり、動きもみるみる鈍って行く。
そこにデュエイ分隊長の豪速球が命中するとガッギャッという命中音と共に、リベリトア商業連邦の指揮官は地面に倒れ込んだ。
敵も黙ってはいない。断続的に飛び込んでくる矢に兵士達は傷付いていた。
「火球だッ!!」
誰かが叫んだ直後、城壁通路に火炎が踊り、一人の兵士が悲鳴も無く倒れ込んだ。両隣が引き起こすが、顔面が無かった。
「駄目だ。顔をやられてる」
兵士達は同胞だった物を諦め、眼下の敵に矢を射始めた。
「ウォルム、左翼で敵が勢い付いてる。出迎えてやるんだ」
命令を下したのは分隊長では無く小太りのコズル小隊長だった。
ウォルムは分隊が受け持つ城壁通路を走り抜けて、二つ隣の分隊の所に辿り着く。確かに敵の投擲が激しく、城壁通路の真下には無数の兵が押し寄せていた。
「使うぞ」
ウォルムが警告を入れると周囲の兵が転がる様に距離を取っていく。
「退避しろ、巻き込まれるぞ!!」
制御の利かない暴走兵器みたいに言われるのは酷く心外だったが、ウォルムは気にせず《鬼火》を発動させる。
面頬が歓喜するように小刻みに震えた。一方、身を乗り出したウォルムに気付いたリベリトア兵が絶叫する。
「お、《鬼火》使いだぁああああ!!!」
「使わせるな、殺せ!!」
矢を構える兵士も居たが一歩遅い。周囲に熱風が走ると眼前一帯に猛炎を撒き散らした。
「ぎゃあぁ、あああ゛ああ」
「アっ、チィ、くそぉぉ゛ぉ、消えねぇ!!」
「退がれ、退がれぇええ」
30人以上が火に包まれるのを見たリベリトア兵は我先に後退して行く。火に飲まれた者も距離や耐性がある者はどうにか火を消しながら、逃げ切った。
最終的に《鬼火》の犠牲者は20人程度だった。
最初から動かない死体と共に、戦場に青い火が灯る。人が燃える異臭が鼻腔を突く。ウォルムがすっかり嗅ぎ慣れてしまった臭いだった。
気管や肌などを負傷した者は倍程度はいるだろう。最高火力で撃ち込めば、更に倍は被害が広がっただろうが、魔力の維持と敵の負傷者を増やすようにウォルムはコズル小隊長には言われていた。
「ありゃ何度見てもひでぇな」
「味方で良かった。助かったぞ」
退避していた友兵が次々とウォルムの肩を叩いた。
「今のうちに石の補充と負傷者の治療を優先しろ。敵は《冥府の誘い火》を恐れてる。指揮官も燃えちまったからな」
ウォルムは分隊が受け持つ場所へと戻って行く。左翼の惨状に加えて、猛打を浴びたリベリトア商業連邦は、一度後退して仕切り直すつもりのようだった。




