第二十三話
浅間悠人は自身が刻んだ大地への傷跡を見下ろしていた。戦闘は初めてでは無い。それでも人を殺してしまった時は、どうしても感傷的になってしまう。
ユウトがこの世界に来たのは、半年前の事だった。幼馴染み二人と下校中、黒猫に誘われ着いた先は、古ぼけた神社。
人影も無く、黒猫も見失い、帰路に就こうとしたユウト達だったが、突如黒い渦の中に引き込まれたのだ。
ユウトの目が覚めた時には神社の姿は無く、古ぼけた石造りの遺跡に移動していた。
入り口を出ると時代錯誤な人間に取り囲まれ、混乱を極めるユウトに粘り強く説明をしてくれたのは、リハーゼン騎士団を名乗る女騎士のヨハナだった。
四時間に渡る会話と《魔法》と《スキル》の実演は、異界と信じるに十分な証拠となった。
そんな面倒役となったヨハナの下、日々知識とスキルの訓練を積んだユウト達は、異界の三英傑と呼ばれる様になり、それぞれ国内外で活躍する様になる。
その中でもユウトは戦いに特化した《魔法》と《スキル》が発現。元々スポーツで代表選抜に選ばれるほど運動能力が高かったユウトは、かつての世界を忘れる為かの様に戦いに勤しんでいた。
強力な魔領を周辺に抱えるクレイスト王国では、魔物は憎むべき相手であり資源でもあった。
討伐した魔物は加工され、日用品や武具に変わる。ユウトは討伐したオークを恐る恐る食べた日の事は今でも鮮明に覚えていた。
そんなユウトでも人間を殺すのは慣れなかった。初めて人に剣を向けたのは魔領沿いの村々であり、旧カノア王国の兵士が盗賊団となり猛威を振るっていた。
ユウトは正義感に溢れた人間では無かったが、現代人としての道徳や良心を持ち合わせてはいる。本音で言えば、同じ人間同士で殺し合うのは気が進まなかった。
討伐隊は盗賊をアジトまで追い込んだが、突入には多大な犠牲が予想された。震える手を拳を握り締め誤魔化し、ユウトは名乗り出た。
結果は凄惨を極めた。ユウトはスキルである《聖撃》を撃ち込んだ。アジトの防壁は一撃で吹き飛び、十数人の盗賊が即死。残りも騎士団により討伐された。ユウト自身も隠れていた盗賊と斬り合い、胸元を剣で突き刺した。
手の感覚は月単位で残り、数日はまともに食事も喉を通らなかった。ただの高校生であるユウトには、耐え難い多大な精神的負荷が掛かった。
それでも乗り越えられたのは、騎士団の面々や同じ転移者である二人の幼馴染みの存在が大きかった。
ユウトはようやく思考の海から現実へと帰ってくる。
「……何人死んだのかな」
ユウトが繰り出した《聖撃》により、敵の中隊長が詰めていた建物は爆砕され、離脱しようとしていたハイセルク兵も含めれば、4、50人は殺しただろう。
戦友や解放された村人からは、感謝の言葉を告げられたが、ユウトの心は晴れる事は無かった。
「ユウト、何悩んでるの」
浅間に声を掛けてきたのは同じ転移者である伊崎真琴だった。
「マコトか……」
「私で残念でした。アヤネは負傷者の治療をしてるよ」
笑い飛ばしたマコトが浅間の腰を叩いた。マコトも戦闘に参加し、範囲魔法により敵兵を殺めていた。
「もう悩むだけ悩んだでしょう。そりゃ切り替えなんて大変だけど、ここで生きていくしか無いんだから」
「うん、もう戻れないよな」
ユウトは二つの意味で後戻りは出来なかった。一つは元の世界、もう一つは殺し合いの無い生活にだ。
ユウトは環境にも保護者にも恵まれていた。順応するまで面倒を見てもらえた上に、この世界では上流と呼べる生活をしている。この世界では力の無い者は無残に蹂躙されるのは、何度も目にしていた。
侵略的なハイセルク帝国を放置すれば、クレイスト王国も何れマイヤード公国やカノア王国の様に属国にされるか滅ぶかもしれない、そうヨハナから聞かされ、ユウトは己で決意したのだ。
世話になった国、居場所を、そして仲間を守るのだと。今更、戦いから逃れる術は無かった。
「大丈夫。ヨハナさんや私たちも居るから、頑張ろ」
「ああ、絶対にこの世界で生き延びてやる」
「うんうん。……あ、そうだ。食事まだでしょ。食べようよ。オークの干し肉と豆のスープがあるよ。それと闘剣魚のオイル漬け」
「またオークか、まあでも、見た目がアレだけど、味はクセになるよな」
「だよね。アヤネも誘って三人で食べよう」
マコトに連れられ、ユウトは天幕へと消えていく。この世界に来て、失った物は計り知れないが、それでも得た物もある。ユウトはどうにか頭を切り替えて食事に意識を集中させた。




