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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第三章

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第六十二話 墓標

 激しく点滅する二つの光が、袂を分かつように弾けた。剣身から剥がれ落ちた魔力の粒子が飛び散り、無数の火花となって地面を焦す。《鬼火》すら耐えきる魔力膜越しに生じる熱と痛み。帝国騎士と三英傑の魔力が食い合い融解した末の産物であった。照明と焼夷効果を混ぜ合わせた代物は、宛ら白燐のよう。一人の人間が《鬼火》と《聖撃》を操れたなら、《白燐》とも呼ぶべきスキルとなっただろう。


「はっぁ、ァあああッ!!」


 雄叫びと共に同郷が迫る。剥がれ落ちた魔力を剣に纏わせ再びの衝突を果たす。先程のような競り合いを望まぬウォルムは、擦れ合う剣脊の角度を変え手元を狙う。手首や指を傷付けられたなら上出来、意識を誘導できたのなら及第点であったが、刃は鍔で押し返された。


「ちっぃ」


 続けざまに刺突が迫る。ウォルムは半身を引き距離感を幻惑させた。ひゅっと鋭い風切り音と、破滅的な光が眼前を過ぎる。次なる一手は踏み込みか、足を止めての斬り合いか、そんな予想を裏切り、何の躊躇いもなく若者は後ろに飛んだ。引き際の打ち込みすらない。付き纏う影のように同郷へと纏わりつく。上下に斬撃をちらつかせ、視線を振り回させるが二撃とも打ち払われた。


「どうした、《聖撃》頼りかッ」


「お前こそ、剣で受けなかったッ。ガス欠なんだろがァ!!!」


 オルゼリカ坂から続く連戦と《鬼火》により帝国騎士の魔力は底が見え始めた。積極的な魔力の競り合いを嫌った動作を見落とさなかったのだろう。互いの意図は単純、短期決戦志向の帝国騎士と持久戦志向の三英傑であった。単純な技量ならばウォルムが勝る。切り通しで討ち果たした老将のような、膨大な基礎訓練に培われた執念や技術は、この青年にはない。だが、総合力で見ればユウトはラトゥに勝る。


 劣る技量を膨大な魔力量と出力を支柱に補い、破綻は魔力剣で誤魔化す。揺さぶられないだけの基本はリハーゼンの英才教育の賜物か。付け入るべき未熟な精神面も、頼る戦友、救う友兵も居ない今のほうが却って安定している。皮肉な話だった。


 光剣による消耗と牽制ばかりに意識を割けば《聖撃》を繰り出さんと距離を開かれる。追従する形で一歩踏み込んだウォルムであったが、ユウトの下げた足が地面に深く食い込んだ。後退から打って変わって、リハーゼンの騎士譲りの上段からの打ち下ろしが迫る。


 急停止したウォルムは剣の腹を掲げて受け止める。半端に逸らせば、肩を削がれかねない。互いの頭上で散る火花は、流星のように煌めき大地へと降り掛かる。鬼の面は喜びにきゃっきゃっと震え、帝国騎士は魔力膜越しに伝わる痛みに罵声を放つ。


「この、クソガキが」


「先輩面するな゛ァぁッ!!」


「吠えてばかりだな、お前はっ」


 不安定に揺らぐ炎剣に再度魔力を充填する。間髪入れずにウォルムは攻め掛かった。防御をすり抜けた切っ先は魔力膜を削り、上段からの打ち込みは胸当てを横断する傷を刻む。切っ先同士が互いの場所を譲らず、押し退け合う。開いた空間に帝国騎士は身体を捻じ込んだ。三英傑の胸元に助走の乗った肩が減り込む。


「ぐっ、うぅッ!!」


 衝撃で肺腑から空気を吐き出し、ユウトの身体は後ろに揺らぐ。帝国騎士は人差し指と中指を突き出し固めた拳を突き出す。腰の回転を使わず肘を主体にしたジャブが眼孔へと伸びた。ユウトはお辞儀でもするように頭を下げ、額で目潰しを受け止めた。


 すかさずウォルムは持ち上げた半長靴で、足の甲を踏み砕かんとする。地面に縫い付けられる前に、ユウトは体重を乗せた肘で帝国騎士の胸当てを払いのけた。狙いのずれた靴底は、地面を踏み鳴らすだけに終わる。的確な返し技だった。帝国騎士は乱戦で身に付けたが、三英傑は甲冑を着込んだ相手に組手で修練を積んだのであろう。何処までも真面目な奴だ。

 

「はっ、辛そうだな」


「黙って、戦えないのかよっ」


 ユウトは荒い息を吐き、苦痛に顔を歪める。側からみれば帝国騎士が優位に戦況を進めている。だがその内実は酷いものだ。連戦に次ぐ連戦、重油の中を遊泳したように、疲労という重さが全身にのし掛かる。魔力が欠乏していく倦怠感は、まるで乾いた雑巾を無理に絞っているかのよう。見せつける余裕は劣勢を隠す虚勢であった。風前の灯火、消え掛けの蝋燭のように炎剣の魔力が悶える。


「大口叩いて。魔力膜が揺らいでるのは、そっちじゃないか」


 同郷の青年は己の優位を悟り、小さくせせら笑う。それは帝国騎士が戦いの中で、意図的に吐いてきた軽薄な言葉に似ていた。多感な若者に影響したのだろう。反面教師にすら成れぬとは笑うしかない。


「こんな、世界で、殺し合いばかりしていたら、疲れもするだろ」


「あれだけ殺して、そんな事を言うのか」


 憤るのは分かっていた。アヤネからは昔話をよくされたのだ。その中には三英傑と祭り上げられた幼馴染も良く出てきた。ユウトは律義な性格だ。善意であれ悪意であれ、同じだけの反応を返す。


「お前だって、同じだろ。なぁ、ユウト」


 刃先が擦れ瞬間的に光と炎が反発する。まさに刀光剣影、そんな修羅場の真っ只中でウォルムは親し気に宣う。


「っぅ、お前に、俺の何が分かるっ!!」


 射抜かんとばかりに、殺意に満ちた眼だった。そうだろう。遠い、世界すら異なる場所から流れ着き、果てなき戦争に興じる者の心境は現地人には理解できない。それこそ同郷でもなければ。


「……俺には分かるんだよ」


 煮えたぎる憎しみはある。多くのハイセルク人が殺し殺された。部下だった奴ら、戦友とも呼ぶべき奴も死んだ。ハイセルク人のウォルムとして、始末をつけるべきなのだ。だからこそ呪いを吐くのに躊躇した。アヤネの大切な思い出を利用しようとしている。苦しみを理解できる同郷の心を土足で踏みにじろうとしている。軍人としての理性が囁く。今更何を躊躇うのか、己の役目を全うしろと。


「付き合ってられるかよ」


「住んでいたのは〇〇県か」


 邪念を振り切るようにユウトは踏み出そうとしたが、錆び付いたブリキ人形のように止まった。


「は……? な、なにを、くそっ゛、アヤネから聞き出したのか」


「住んでたの八不知駅近くだろ、俺も毎朝通勤に使ってた」


「ふざ、けるなぁ!! お前が日本人のはず、ないだろ」


 怒声とは裏腹に、その声色には動揺が灯る。総身に染みついた返り血、これまでの帝国騎士が成した非道の数々は揺るぎもない事実だ。ユウトの目には、眼前の男は打破すべき敵だと映っているのだろう。だが、漏れ出る言葉の端々に懐かしさを感じずにはいられない。出身地というのは不思議だ。同郷相手には隠そうと思っても気取られてしまう。それが意図的ともなれば、効果は絶大だった。


「駅の耐震工事で入り口が狭まって、大変だったよな。しかも改札は良く壊れるもんだから、必死に階段を駆け上がったもんだ」


 語られるのは他愛も無い愚痴だ。世が平和であった者にしか分からぬ話題。平穏を口にしているというのに、この場では悍ましい呪いに転じる。


「なにがしたい、なにが、負けそうだからって、そんな」


「そう言うな。たまには、同郷と故郷の話がしたいんだよっ」


 最早同郷に対する否定すらなかった。あるのは刺突という拒絶のみ。左に傾いていた姿勢を急速に右へと切り替え、囁きとともに鎧の隙間を狙う。ユウトは利き足を軸に回ると脇を狙った斬り上げを弾いた。


「止めろ、聞きたくないッ!!」


 光剣の薙ぎ払いを受け止めた剣身から熱風と共に炎が霧散していく。余波を受けた武器や防具の残骸が揺れ動く。まるで墓標だった。ウォルムは何の動揺も見せずに剣を交えながら雑談を続けた。


「駅前のゲーセンって、まだあるのか。俺が生きてた時は、閑散としてて潰れそうだったんだ」


 魔力で底上げされた俊敏性は失われた。経験と技量のみで光剣を紙一重で避け、這うような姿勢で剣を膝に薙ぐ。踏み出していた足を軽快なステップで躱された。ユウトの身体はまだ機敏に動いている。


「止めろって言ってるだろッ」


「そういえば、コンビニの新商品ってどうなったんだ。最後に食べたのはメロンチョコ、キャラメルクリームパンだったか」


 光剣の突きを受けた剣が頭上へと持ち上がる。大した破壊力だ。柄を握りしめた手が痺れ、握力が失われていく。魔力が欠乏した身体では、正面からの勝ち筋は薄い。


「クソ、くそっ、くそ、黙れっ、黙れよ!!」


 半ばパニックになりながらも、動きは乱れていなかった。反復された修練の賜物だろう。一歩引いた帝国騎士をユウトは猛追する。横薙ぎの払いを受け止めた剣が、虚空へと弾け飛んだ。ウォルムは両手を広げて微笑んだ。


「ほんと、くそみたいだよな」


「うあっァ、ああ゛あっああ!!」


 丸めた紙屑みたいにくしゃくしゃな面で、ユウトは上段から剣を振るう。その癖、その動作には狂いが無い。心と身体が合っていないのはこの世界への順応の影響か。ウォルムも若者をなじれない。友好的な口とは裏腹に、敵を打倒すべく身体は動く。靴底で蹴り上げたのは一振りの剣であった。大量生産された数打ちだが、帝国騎士には見覚えがある。かつての部下であり、戦友たるフリウグのものであった。大地に刺さった墓標の一つを引き抜いたウォルムは無造作に振るった。


「ぐっ、っううっ!!?」


 まさに打ち下ろされんとするユウトの左手首を裂いた。届かなかった剣は、不屈の遺志とともに帝国騎士へと受け継がれる。


「剣まで捨てて、やっとだな」


 同じ境遇を抱える若者を心身ともに傷付け陥れた。ただ殺すよりも悪辣だろう。残る片手で光剣を振り回し、逃れようとする同郷の右膝を剣で叩く。膝当て越しに骨を砕く鈍い手応えがあった。止めを狙い首筋に剣を振り下ろすが、一閃された光が斬撃を拒む。足を完全に止めたユウトは威圧するように光剣を掲げ、熱い息を吐いた。


 触れた場所によっては即死もあり得る魔法剣はまだ健在であった。動けぬユウトに対して、攻め手を探るウォルム。二人は初めて斬り合いを止めた。


「ふぅ、ふぅ、っぐぅ、惑わせてッ、結局か」


 境遇を理解した上で、若者を導くはずの大人が口八丁で道を惑わす。何ら言い訳する余地もない。


「正直に言えば、さっきの一撃で殺すつもりだった」


「ほざくなよ。今も殺す気だ」


「ああ、楽に殺してやるから、目を瞑ってろ」


「冗談じゃない。そっちこそ、疲れたんだろ。眠らせてやるよ」


 いきなり首は取れない。狙うのは残る二肢の何れか。左右に振り回し状況次第で対応を変えていく。軍人としての理性は直ちに次の一手を決めた。動き出そうとした、まさにその瞬間であった。


「……ゲーセンはまだあるよ。最後見たときは店員がカウンターで居眠りしてた。駅の工事も、まだやってるし、あの改札は相変わらずぴーぴー壊れてる」


「っぅ、ぐっ」


 攻撃の予兆を読み取った上での言葉だった。この青年はどうしようもなく律義だ。言葉を投げ掛ければ本当に同じだけ返してくる。


「ほんと効くよな、この言葉。あんた酷い顔だぜ」


 心を蝕む猛毒だ。思考を乱されるのはウォルムの番となった。抱えていた殺意、敵意、嫌悪が搔き乱され、哀愁と懐郷の情ばかりが浮かぶ。苛立ち交じりに帝国騎士は地面を薙いだ。


「クソガキめ、もう無茶苦茶だ。考えが纏まらない。お前を殺してやりたいが、殺したくもない」


「そっくり返すよ」


 改めてウォルムは青年の顔を見た。陰鬱な通勤路に、こんな感じの学生が居た気もする。とりとめのない日常の風景だ。全ては思い出せなかった。諦観の溜息を吐く。


「はぁーーっユウト……降伏しろ。悪いようにはさせない」


「帝国騎士を信じろってのか。散々殺して」


「アヤネに、同郷を、幼馴染を殺したなんて言わさないでくれ。これで最後だ。剣を捨てろ」


 殺気を込めてウォルムは言った。断れば殺す。一方的な最後通牒だった。上段で構えた隙間からユウトと睨み合う。最初に拮抗を崩したのはどちらか分からない。気付けば互いに敵意を緩めた。


「……分かった。けど、あんたのこと教えろよ。まだ何も知らない」


 歩み寄りの言葉を示したユウトに対し、ウォルムの返答は戸惑いだった。


「う、っあ」


 剣を降ろそうとしたユウトの背後から、何かが駆け込んでくる。ウォルムは警告を出せなかった。死んだはずの人間が現れたら、喉も枯れ果てる。帝国騎士の狼狽は同郷にも伝わった。


「継ぎ接ぎ、デュエイッ!!?」


 同郷の眼に再び敵意が漲る。掲げた光剣は魔力が揺らめく戦斧を一度は押し戻す。だが二度目は無かった。斧頭は剣脊を押し込むと呆気なく右鎖骨から左の腰骨まで一振りで断ち切る。


「うっ、ぁ、ァぁ」


 出来の悪い映画でも見ているような、実感の湧かない光景だった。呼吸の仕方さえ忘れかけた帝国騎士は何とか言葉を振り絞る。かつて苦楽を共にした仲間が同郷を殺していた。


「デュエイっ、あんた、何やってんだ……?」


「何って敵を、仇を殺しただけだ。それも分隊を蛆虫のように潰した奴をだ。リグリア大隊長もこいつらに討ち取られた」


「そうだが、そうじゃないんだ。ああぁ、クソ、なんで……ユウト……」


 探るまでもない。致命傷だった。例え呪詛であろうと今際の言葉を聞く責任がある。心を締め付け備えたつもりだったが、それすら不十分であった。


「ア、ヤネ、マっ、こトぉ、あ、ぁっか、り、たい。かえ、りたい」


 紡がれた言葉は幼馴染とかつての故郷への想い。なんと声を掛けたらいい。手など握れるはずもない。ウォルムがただ黙って見下ろすことしかできなかった。身体を横断する傷からは命が流れ出ていく。光が、失われた。


「無駄だ。もう死んでる」


 雑事でも告げる口調でデュエイは言った。混線した思考を紐解くことも儘ならない。最悪な後味だった。込み上げる苦みと酸味で顔を顰めたまま、ウォルムは声を絞り出す。


「分隊長、あんたは」


「敵は殺せ。初めて会った時に教えただろう」


「何を今更、敵なら散々殺してきただろがッ!! だがな、あんたは無駄に殺すような奴じゃなかっただろ」


 答えは薄々分かっていた。継ぎ接ぎだらけの身体、濁った瞳。ジクソーパズルのような色違いの肌達は、どこか見慣れたものだった。かつての上官は滅びゆく祖国で何を見て、何を失ったのか。聞くまでもない。


「お前は昔から甘いところがあったが、戦いじゃ別だった。ウォルム、変わっちまったか……まあいい、そこで休んでろ。俺には残りの始末がある」


 同郷の死体と帝国騎士を置き去りに分隊長は戦場跡を後にした。疲労に身を任せウォルムは地面に座り込んだ。鎖兜を無造作に脱ぎ捨て、鬼の面を外す。熱気が外気に触れて冷めていく。あれほど熱かった空気は、今はどうしようもなく寒い。


「変わったのは、あんたもだろうがっ」


 ウォルムの声はデュエイに届かなかった。遠方では絶叫と怒号が相も変わらず響く。だが音の指向性は内から外へと変わっていた。その意味を今は考えたくなかった。贖罪の言葉も涙も出ない。そんな安い代物は、物言わぬ同郷は求めていないだろう。無気力にユウトだったものをただ見つめる。


 捧げられた贄を啜った鬼の面だけが、ケタケタと墓標で笑っていた。楽しそうに。

来週も更新します。

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― 新着の感想 ―
このなんとも言えない後味の悪さが癖になる
うわぁぁぁぁぁこうなるのかぁ...
デュエイ、氷道側の掃除終わるの早すぎんか。
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