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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第一章

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第二十話

 坑道内での会話から三日。士気の低迷を続けるフェリウス軍に対し、大規模な作戦が実行されようとしていた。


 この鉱山は複数の砦が築かれており、縦深が深く取れた防御施設群であった。そんな中、ハイセルク帝国軍は敵の虎口の一つである南城壁の奪取を狙っていた。


 そこまでは良くある話だったが、今現在、ウォルムが置かれた状況には納得がいかなかった。


「クソ、なんで砦に忍び込んで火をつけて回らなければいけないんだ。俺は放火魔じゃないぞ」


 鉱山という立地が災いし、数の展開に制限のある砦では、兵数で圧倒することが難しい。そこで少数で夜襲をかけ、城壁を放火して混乱させてこいという命令がウォルムに下った。


「リグリア大隊長から直接の指名とは誉れ高いぞ」


 分隊長の台詞は、嫌味や揶揄でない分だけ余計にタチが悪い。


「風属性持ちが護衛に付くらしいから安心しろ」


 個人の力量にしか頼れない作戦は、組織が正常に機能しているとは言い難い。そう持論を展開させたいウォルムであったが、悲しいかな、腕が立つ程度の一兵卒には何の拒否権も無い。


 実戦に耐えうる風属性魔法持ちが付くとは言え、投入される戦力は僅か20人だ。対する敵兵は200人を優に超える。混乱させた後は、デュエイ分隊を含めた2個中隊規模の兵で一挙に突破するとウォルムは伝えられているが、もたつけば敵の増援が現れる。


 気乗りは全くしないが、時間も上官もウォルムを待ってはくれなかった。分隊員達に見送られて、集合地点へと向かう。目指す先は、普段は寄り付きもしない中隊長が控えている天幕。入り口の護衛と挨拶を交わしたウォルムは中に足を踏み入れる。30人程の兵士が集まっていた。


 大型の天幕とは言え、随分と狭く感じた。普段はデュエイ分隊長から作戦や方針を告げられる事が多く、ウォルムが直接的に軍議に参加するのは初めてであった。


 臨時襲撃小隊の小隊長は、リグリア大隊から派遣されていた。ウォルムの見知った顔がちらほらと見受けられる。


「揃ったな」


 口を開いたのは、リグリア大隊に所属する中隊長だった。


「作戦はシンプルだ。風属性魔法持ちにより城壁を突破後、城壁の一部分を占拠する。目標は右手にある防御塔の一角だ」


 中隊長は具体的な場所を地図をなぞり伝える。ウォルムは視線を落とした。真新しい地図には、鉱山の防御施設に関する詳細が描かれていた。捕虜や物見により描かれたであろう代物だ。


「側防塔付近の城壁通路を制圧後、ウォルムの《鬼火》で側防塔の守備兵を焼き尽くせ。そこを中心に侵入口を作る。それまで塔をなんとしても死守せよ。入り口はウォルムの《鬼火》で塞ぐ。火は敵を阻止し、その姿を暗闇から浮かび上がらせるだろう。味方だけは焼くなよ」


 中隊長の最後の言葉に乾いた笑いが響いた。ウォルムも笑いたいところだが、笑えば間違いなく顰蹙を買うに違いない。大人しく口を閉じる。


「侵入前に気付かれたら、直ぐに後退しろ。撤退の援護を行う。以上だ。武運長久を祈る」


 その後追加で幾つかのやり取りはあったものの、初めての軍議は10分と掛からず終わった。


 武具に布を巻き付け、不意に音が立つのを対策したウォルムは、地面に這いつくばりながら城門へと迫っていく。


 衣服や防具が土や青臭い雑草の汁に汚れていく。顔にまで土がへばりつくが、どうせ目標に近づくまでに汚れるため放置する。


 遠かった城壁通路を照らしていた灯が近付いてくる。魔石、光ゴケ、黒き水など雑多な灯りだが、近づくものを視認するには十分な光源だった。


 距離は100m以上離れているが、感知系のスキルや夜目が利く者がいる恐れがある。ここまで近付くのにウォルムは酷く神経が削られた。うっすらだが敵兵の影まで捉えられる。中には欠伸をして居るものまでいた。


 敵兵を庇うわけではないが、今晩も1時間に渡るハラスメント攻撃が続いており、集中力や注意力が散漫になっているのだろう。そうでなければ、途中で発見され、尻を追われているのはウォルムだったかもしれない。


 ウォルムは顔の土汚れをゆっくり手で拭うと面頬を装着する。面は歓喜するように小さく震える。これから起こる戦闘を待ち望んでいる様子だった。


「いい子にしてろ。直ぐに始まる」


 恐るべきことに意思に加えて知能がある面は、ウォルムの説得に応じ、振動を停止した。高鳴る振動を諫め、漏れ出る息は最小限、体は可能な限り地面に接地している。


 事前に決められた合図が下された。ウォルムは今までの偽装をかなぐり捨てて、風属性魔法を使いながら一挙に城壁まで加速する。


「《バースト》」


 風の加速を得た兵士は一斉に城壁へと降り立つ。異音に気付いた兵士がウォルムの眼前で城壁から顔を覗かせた。見開かれた目、喉が動き何かを叫ぼうとするがウォルムのロングソードが首を斬り落とす方が速かった。


「てっ――」


 その隣にいた兵士が恐慌状態で叫ぼうとするが、友兵の戦鎚により強制的に黙らさられた。


 奇襲は想定よりも格段に上手く進んでいた。片手では足りない兵に、ひっそりと死を振りまき、ウォルムは側防塔へと突入する。入り口直ぐは待機室になっており、6人の兵士が気を休めているところだった。


「敵だぁあ――っああああ゛あぎゃああ」


 ここまで潜り込めば最早隠密など不必要。夜襲を知らせる言葉は直ぐに絶叫へと変わった。ウォルムが発動した《鬼火》により室内は地獄の釜へと変貌を遂げた。狭い室内で火に包まれた兵士は地面をのたうちまわり消そうとするが、全方位の猛炎は、それを許さない。


 火を避けながらハイセルク兵達は、転がる敵兵にトドメを刺して回る。屋上では下の騒動に気付くのがワンテンポ遅かった。


 ウォルムは階段を駆け上がり、防御塔の屋上にも火を放つ。行き場を失った火は風に押し出されながら、狭間胸壁と屋根の隙間から噴き出る。


 火に巻かれた兵士が業火から逃れる為に、地面へと墜落して行く。生きた松明と炎上する城壁通路は、一帯に戦闘を知らせるのには十分な火力だった。


「敵襲ッ!! 起きろ、配置に付け!!」


「第三側防塔が炎上しているぞ。何だあの青い炎は」


「石造りの側防塔が何故燃える!? リベリトアの黒き水か」


 砦内の内側に設置された建物からは、蜂の巣を突いた様に兵士が湧き出てくる。まあ、よくもあんなに兵士を詰め込んでいたものだとウォルムは感心する。


「ウォルム下から来るぞ」


 兵士の一人が叫んだ。臨時編成である特務小隊の小隊長であった。側防塔の屋上では弓を射り、魔法を連発させ敵を排除していた。味方を巻き込まないように、スキルを止める。ウォルムは滑るように階段を降る。


 屋上へと向かう弓を背負った仲間とすれ違っていく。


「配置についた。やれ」


 小隊長の合図が下る。難所はクリアした。後は維持し続けるだけだ。城壁通路へと繋がる2箇所のドアと城壁内に通じる下り階段に向けてウォルムは《鬼火》を放った。


「ひっ―ッ!?」


「戻れ、早く戻れぇえええ」


 突入を試みたフェリウス兵は軒並み後退していった。哀れなのは、逃げ遅れた兵士だった。数秒間は叫んだ兵士だったが、酸欠と火に肺を焼かれ、息絶えた。


 ウォルムは《鬼火》を発動させ続ける。僅かに数十秒の時間だが、守備側にとっては致命的な時間だ。特大の狼煙と篝火は友軍に作戦の成功を告げる。


 待機していたであろう中隊の声が闇夜に響く。何時もは集団に混じり、ウォルムは全体の音が把握出来なかったが、敵側にいて初めて分かる。


 向けられる声量、殺意は今まで対峙したどの敵よりも上だった。味方とすれば頼もしい。一つ問題があるとすれば、友軍が誤ってウォルムを攻撃しないかだ。


「あいつら俺達を間違えて攻撃しないよな?」


「……多分な」


 屋上にいる兵士にウォルムは呼び掛けるが、帰ってきた返事は頼りないものだった。


「敵の本隊が来る前に、なんとしても側防塔を奪還しろ!!」


 眼下では敵の指揮官が怒り狂いながらも統制の立て直しに躍起となっている。ウォルムとしてはそのまま地面を駆けずり回って貰いたいところだ。


 既に三十秒以上が経ち、スキルの維持も難しくなってきた。ウォルムはスキルの発動を止める。余熱に加え、残り火は未だに燃焼を続けていた。


 肩で息をするウォルムは信じられない音を拾った。それは階段を駆け上がる複数の軽快な音だ。


「敵兵が上がってきたぞ!!」


「なんの冗談だ!?」


 ウォルムは小隊長に呼びかけるが、疑う声が返ってくる。冗談であればどんなに幸せか―足音は眼前まで迫り、ついにその正体を掴んだ。


 三人組の男だった。対峙したウォルムは全員が何らかのスキルと魔法を有している事を掴んだ。恐らくは、魔力強化により身体能力の強化に長けた者、耐火能力のある同属の属性魔法を持つ者、最後の奴は水属性魔法持ちだった。


 ウォルムは認めたくはなかったが、消火をしながら二人を水で保護して駆け上がってきたのだ。火力よりも維持を優先したのも影響していた。


「援護してくれ!!」


「その火の中でか。無理を言うな。こっちは足元から炙られて、倒れそうなんだぞ」


 ウォルムの周囲には火を避ける為、友兵は存在していない。何の為の護衛だと愚痴を零しそうになる。既に敵兵は室内へと侵入を果たそうとしていた。先頭の兵へと斧槍を叩き付ける。


 風切音を伴った《強撃》による一撃だが、ツーハンドソードであっさりと受け止められた。


 ウォルムは強くなった気でいたが、冗談ではない。手練れ相手の三対一は、地雷源で一つの動作の失敗も許されない踊りをしている様なものだった。


 残る魔力を振り絞り、《鬼火》を再び発動させる。


 身体強化に長けた兵は《強撃》を受け止めるが、《鬼火》の直撃は受けようとしない。残る2人は《強撃》を受け止めようとしないが《鬼火》は受け止めていた。


 ツーハンドソードを弾き返すと、横合いからロングソードと水属性魔法が殺到してくる。ウォルムは手甲でロングソードを受け流し、《鬼火》で水属性魔法を受け止めるが、魔力が瞬間的に消費される。


 正面は身体強化に長けた兵が受け持ち、火属性と水属性魔法の兵が援護に徹していた。


 全員が剣技に優れていれば、既にウォルムは沈んでいただろう。魔法持ちは中遠距離に特化したタイプで、白兵戦は苦手なのかもしれない。


 残りは4秒を切った。普段通り戦っていては魔力切れでウォルムが嬲り殺されるのは明らかだ。


 同属性の兵士に狙いを定め《鬼火》を放つ。猛炎に対し、ラウンドシールドで身を固め、防ぎ切っているが、ウォルムは火力を上げ続ける。


「うっ、ぐ、あ、ああああ゛あああ!!」


 失敗に終わると思われたが、石造りの床や天井ですら炎上する火力を前に、遂に兵士の耐火能力を振り切った《鬼火》が男の体に纏わり付く。


「ワイグナァ!?」


 1人の兵士が燃え盛る仲間の名前を叫び、ウォルムの《鬼火》を止めるために斬り掛かってくる。敵の連携はそこで僅かに乱れた。


 水属性魔法を振りまき、味方を蒼炎から守っていた水属性魔法持ちの兵士は、炎上する兵士に水を被せてしまった。仲間思いの人間だが、良い兵士とは言えない。事実それが仇となった。


 身体強化持ちの兵士の体の中で、最も至近で火を浴び続けた指が限界を迎えたのだ。勢い良く振り下ろされる腕に反して、ツーハンドソードはあらぬ方向に飛んで行った。


 男はツーハンドソードを拾い直そうとするが、ウォルムの斧槍の先端が、男の心臓を捉える方が早かった。残るのは一人だけだ。


 ウォルムが最後の一人へと意識を向けようとした瞬間、心臓を貫かれた兵士が、斧槍を押さえつけながら抱き着いてくる。


「やれぇ゛ぇええ゛!!」


 口からドス黒い血を吐き出し兵士は叫んだ。


 最後の1人は水属性持ちの兵士だった。今までのサポートに徹した動きではなく明確にウォルムを仕留める動きだ。


「放しやがれ!!」


 悪党のようなセリフをウォルムは吐き出し、死兵と化した兵士の顔面に、手甲部分で肘うちを打ち込む。それでも拘束が多少和らいだだけだった。


 雄叫びを上げた男は止まることなくウォルムに迫る。咄嗟に手甲で受けるが、最上段から振り下ろされた剣は勢いを殺し切れずに、肩深くへと突き刺さる。


「いて、え゛ぇええええ゛え!!」


 一撃を見た肉体強化の兵士は満足したように地面へと倒れ込んだ。


「死ね。シネぇえええ!!」


 男はそのまま剣を食い込ませようとするが、ウォルムはそのまま男にぶつかりながら抱き付く。敵兵も密着した状況では剣を満足に振る事が出来ない。


 剣はウォルムの手甲や胴部を叩くが、有効打は避けていた。一塊になりながら何度も地面を転がる。


 完全に泥仕合だった。肩からの出血が酷くウォルムはまともに力が入らない。男は馬乗りになろうと前のめりになり体重を掛けて襲い掛かる。


 肺の空気が押し出されたが。咄嗟に脇と腕を使って、首を掴む。前裸絞めとも前絞とも呼ばれる絞め技だ。


「ぐっう!? うっっううぐぅ゛」


 腹部を殴打し、何とか逃れようとする男の腰にウォルムが足を絡ませ更に密着する。数十秒だったか数分経ったかは最早分からない。


 念入りに首を捩じ折る。心臓を貫いた男ですら、尋常ならざる力でウォルムを抑え込んだのだ。首を折られても元気な人間がいてもおかしくはない。


 幸い、ウォルムの心配は杞憂に終わり、男は完全に動かなくなった。


「はぁ、はっぁ、くそ」


 ウォルムは呼吸を整えて、死体を地面に転がす。完全に死にかけていた。魔力も体力も無く、出血中に無理に動いたために、眩暈が酷い。全身が自身の血と返り血で汚れていた。


 魔力が豊富な戦士や兵士は魔力で疑似的な膜を作り出し、出血や内臓の露出を押さえながら戦う狂戦士的な奴らが多いが、魔力切れのウォルムにはどうしようも無かった。


 ふいに背後に気配を感じて振り返ると、男がロングソードを振り下ろすところだった。


「なっ」


 最初に燃やした同属性の兵士が、まだ生きていたのだ。全身を焼かれながらも静かにその殺意だけは薄れていなかった。


 既に腕すら上がらない。ウォルムは歯を食い縛り、訪れる痛みに身を構えていると、男はそのまま被さってくる。懸命に身を捩じり、下敷きになった状況を抜け出す。


「生きてるか?」


 声の主は、ウォルムが階段でやりとりをしていた小隊長だった。敵兵の後頭部には、矢が深々と突き刺さっている。


「あぁ、助かった。もう少し、早く、助けてくれよ。……全身バラ肉にされかかったぞ」


 ウォルムは軽口を叩くが、既に余裕は消え失せていた。


「あんな猛炎の中に割って入るほど人間は辞めていない」


 兵士は息絶えた敵兵たちとウォルムを交互に見て言った。抗議の一声でも上げたいところだが、本格的に出血が酷い。


「……流石に死にそうだな。肩を貸す。上で治療を受けていろ。残り数分は俺達で稼ぐ」


 側防塔の屋上に退避していた兵士たちが次々降りてくると、入り口を固めた。城壁前には既に友軍が駆け付け、城壁通路に躍り出ようとしていた。


 ウォルムが床に寝かされたすぐ横に、最初に燃やした兵士が転がっていた。空中人間松明となった他の兵士と異なり、墜落せずに中で燃え死んだのだ。


「あぁ、すまんな。暫しの同居人には我慢してくれ」


 治療を施してくれている兵士は、きついジョークを繰り出してきた。文句は言えまい。ウォルムが焼き殺したのだから――

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