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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第三章

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第二十五話

 逃げ惑う民衆からいち早く抜け出した軍勢の一人がウォルムの前へと先ん出る。足並みという観点からみれば下策であったが、その実は無謀でも勇み足でもない。弓兵達が一掃された火属性魔法を警戒しての英断であった。対魔道兵の戦法は肉薄と先手に限る。


「っぉおおォ!!!」


 吶喊の勢いを削ぐことなく槍兵は短槍を掲げ上段から打ち下ろす。柄が撓り、風切り音で唸る槍先はサーベリアを目掛けていた。兜で斬撃は防げても、その衝撃は容易に頭蓋をかち割る。恐らくは叩き下ろしで回避を強要して、突き主体でペースを握る腹積り。素槍の良さはその軽さにある。間髪容れずに繰り出される突きの速さは、他の近接武器の追従を許さない。素槍に付き纏う一撃の軽さも打ち下ろしで補う一手であろう。


 追従する後続を考えれば、頭数を減らさなくてはならない。悠長な読み合いを避けたウォルムは、腰を落として斧槍を振り被った。枝刃と斧頭を備える斧槍は酷く重い。持ち替えたばかりの頃は重量に苦労もさせられたが、手持ちの武具の中では鬼の面以上の付き合いの長さ。


 槍先は地を這う軌道から一転して空を目掛けた。交差した二本の槍が鬩ぎ合う。槍兵の両肘が押し負けた槍と共に頭上へと弾かれた。ウォルムは斧槍の慣性に従いながら足首を軸に、腰を回して独楽のように回転を果たす。槍兵は驚愕に目を瞠りながらも肘を張り、素槍と身体の間に空間を作り上げる。棒術に系統される防御であったが、最早関係ない。


「う、おぁっ、ぁ!?」


 魔力を纏った斧槍は柄を小枝のように折り、一文字の傷を防具へと刻む。槍兵は膝から崩れ落ち、懺悔するように突っ伏した。遅れて粘着質な血が周囲に流れ出す。腹を断ち切られ、鎧で臓腑がまろび出るのを防いではいるが、即死したとあってどれほどの意味が残るか。


「怯むな。攻めかかれぇえ!!」


 先行した手練れを生贄に一塊となった兵と刃が迫る。その場での迎撃は手数の差で押し負ける。魔力を乱雑に練り込み迷わず眼前へと打ち込んだ。猛炎が帝国騎士と槍兵の死体を覆い隠し、視界を蒼に染める。魔力を練り込む時間も碌にないコケ脅しとは言え、閃光と熱は紛れもない本物。炎という原初の恐怖の一つから足を止める者、手で急所を庇う者など様々であったが、《鬼火》使いを前には致命的な動揺であった。


 眼球を炙るような熱に目を細めながらも、唯一事態を見定めようとした者は運が悪かった。最も軍事的価値があるとウォルムに魅入られてしまったからだ。蒼炎が揺らいだと感じた時には、喉元に穴が穿たれていた。鮮血を浴びた鬼面がほろ酔い加減でカタカタと嗤う。両隣の兵が炎からの刺突と知覚する頃には、一人が引き戻しの枝刃で頸を削がれ、二の突きがまた別の兵士の眼孔を攪拌する。


「火の中だぁああ!!!」


 掛け声と共に戦鎚の横薙ぎが炎を掻き分けるが、ウォルムは地面を走る蜥蜴のような前傾姿勢で残る二人の間に滑り込む。片割れの兵が騎士を裂こうとロングソードを叩きつけるが、蒼炎の幻惑が距離感を狂わせた。鋭利な切っ先は擦り抜けていく身体をなぞる形で、虚空を撫でるだけ。悠々と背後を取らせる訳にはいかない。反転を試みた兵士のうち、一人が尻餅を搗いた。


「早く立っ――」


 焦燥感に苛まれながら叱責する戦鎚使いであったが、地面を這う仲間の惨状に言葉が詰まる。ウォルムはすれ違いざまの置き土産に、膝の腱から太腿に至るまで枝刃で毟り取っていた。


「ふっ、ぅ!!」


 戦友の援護か、脅威の排除か、揺れる戦鎚使いにウォルムは最上段で答えを示す。短く息を吐き、加速していく斧頭は抵抗を許さず肩口から脇腹まで抜け斬った。覆いかぶさる形で地を這う仲間の上に倒れ込む。死体を撥ね除けて起立を試みる兵士であったが、再度転倒した。


 動脈にまで達する裂傷。血液を多量に失う前に魔力膜で押さえ込めば延命も可能であったが、既に命の源が流れ過ぎていた。喘ぐような息遣いのまま、土を握り締め動かなくなっていく。手を掛けたウォルムであるが看取る暇などない。まだ多くの襲撃者は残っていた。


「なんなんだよ、あいつはァ!?」


「真面に相手取るな! 拘束を第一としろ!!」


 更なる兵がウォルムに充てがわれる一方、敵の指揮官は麾下の兵に時間稼ぎを告げる。


「鎧戸を打ち壊せ!!」


「脱出させるなよ。裏口も確保しろ」


 ウォルムが受け持つ正面入り口とは別に、矢継ぎ早に命令が下されていた。先遣役に指揮官が混じっていると判断していたウォルムであったが、間違いであった。追加で五人を冥府送りにしたが指揮系統は健全そのもの。経験豊富な熟練兵、又は下士官級が複数居る証拠であった。


「手足に引っ掛けろォ」


「斬り合うな、間合いを保て!!」


 騎士へと深入りし過ぎないように、襲撃者達はちょっかいに勤しむ。そんな騒乱に混じって鈍い打撃音が響く。明らかに人を叩く音ではない。招かれざる客は、粗暴にも大槌で鎧戸をノックしていた。視界の端では、遠心力に導かれ叩き付けられた槌頭が鎧戸の中心を捉え、木片を食い散らす。リズミカルな破砕音が立て続けに響く。忌々しい襲撃者達は、練度の差を数と距離で補っている。背を向けて離れる訳にはいかなかった。


「あと、数回も叩けば――ぎィっ、ァ!!」


 一層けたたましい破壊音の後に悲鳴が続いた。歪んだ鎧戸の隙間から影が伸びる。それは随伴していた騎兵の短槍であった。槍先が防具の構造上の弱点である脇を抉り、胸部にまで達する。検分するまでもない。致命傷であった。


「っぅ、おい、待ち受けてるぞ」


「突き返せ、押し切るんだァ!!」


 殻に籠っているはずの貝に反撃を受けた旧フェリウス兵は、激高を隠さずメイスや剣を隙間に突き返すが、成果は芳しくない。鎧戸越しの攻防は激しさを増し絶え間なく続く。


「ふぅ、はぁ――はっ」


 細かく息を吐きながら流水のように動き続ける。ウォルムもまた敵兵に倣い一撃で葬る戦いから、的確に四肢を削る動きへとシフトした。穂先から枝刃、斧頭、石突きまで駆使しない部位はない。気取られぬように手を変え、突き、叩き、引っ掛け、斬り付ける。斧槍は雑多な血肉で彩られた。鬼の面は手緩い串焼きに茶々を入れる。


「手伝わないなら、黙ってろ」


 割きたくもない呼吸で罵倒すれば却って小煩くなる。聞き分けのない面に辟易したウォルムであったが、襲撃者達も同様であった。正確には鬼の面ではなく帝国騎士個人にであったが。


「俺に夢中になってれば、いいものをッ」


 空間に制限を掛ける如く、襲撃者は扉に取り付く素振りを見せる。無視する訳にもいかないウォルムは、神経を削りながら対処しなければならない。《鬼火》で焼き払えれば、魔力膜を張れぬ者を焼き落とせもするが、市街地を焼いて喜ぶのは鬼の面ぐらいなもの。そもそも護衛対象を焼いたとなっては笑い話にもならない。


「こっちだ!!」


「扉を吹き飛ばすぞ」


 呼び寄せられた新手にウォルムは内心で舌打ちする。これ見よがしに高まる魔力は攻撃魔法の前兆であった。護衛付きとは言え、貴重な魔道兵が出張ってくる。その狙いはウォルムと扉の両方だ。何せ、避けてみろとばかりに呼び掛けてくる。纏わりつく雑兵が退避しないことを考慮すれば土弾(アースバレット)、又は――思考を回し終える前に魔法が投射された。


 氷槍(アイスランス)、半透明で実体を持つ水属性に系統される攻撃魔法であった。好機と欲張った兵士の指を石突きで粉砕しながら、ウォルムは斧槍を引き溜める。本当に巻き込まれてはたまらないと前衛の拘束が緩む。飛翔する氷の槍を魔眼で睨み斧槍で出迎える。力比べに興じるつもりはなかった。手に衝撃が走るが、指は柄を保持し続ける。斧頭が氷の表面を削り取りながら、角度を狂わせた。氷槍は帝国騎士にも扉にも命中することなく外壁を穿つ。


「っ、う、斬りやがった」


「……次だ、続けろ!!」


 ウォルムは面の奥で微笑んだ。殺し合いは怯んだ方が負ける。冷静に指示を下していた指揮官は、兵共の前で明確に狼狽えた。酷い泥試合になるだろうが、元々は土臭い農民上がりの騎士。泥臭い戦いには慣れ切っていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 火球にして飛ばしたり出来るんだからある程度は制御して指向性持たせれるだろうにいつまでも捲き込む云々言ってるんだ? 後ろに出さず前方を扇状に炎垂れ流すだけでいいだろ
[一言] 細かくて申し訳無いけど深部静脈ではなく動脈ですかね 静脈は飛び散るような出血ないです
[良い点] 戦場でこそ生き生きとするウォルムさん。 好んではいまいが、故郷であるに違いないって感じや。 [気になる点] 襲撃の指示元は、此れでヤレルと判断してるのか、襲撃が有ったと言う事実其の物を何ら…
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