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第二十話

 広大な城内に反して、その一室は酷く手狭であった。調度品は設置されず窓すらない小部屋。存在するのは薄明りを灯すランプ、対となった椅子と机のみ。そんな場所に人が二人も入り込めば、自然と向かい合う形となる。リハーゼン騎士の団長であるグランは、そんな矮小な部屋に慣れ親しんでいた。見栄えさえ気にしなければ、密談には最適の場所であった。


「前線から帰還早々、休養もなく苦労を掛けるな」


 密談相手であり、グランの主たるチェスター・クレイストが労いの言葉を口にした。


「有難きお言葉、身に沁みます。ただ、ここは昔から慣れ親しんだ部屋。旧フェリウス領や魔領と比べれば自室のようなものです」


 フェリウス王国が崩れ、同国の旧領地と人員を吸い上げたクレイスト王国は、建国以来最大の国土と国力を持つようになった。聞こえは良い。だが、内実は膨れ上がった虚飾の図体に過ぎない。幾ら荒廃した土地を得て、使い捨てられる避難民を抱えたところで、強靭な血肉とは言い難い。少数精鋭を誇るしかなかったクレイストが、突如として北部諸国の雄として躍り出た弊害であった。


 地方を統括する頭も、手足である将も、血液たる文官も足りない。人員は得たが、人材は得られなかったのだ。だからこうして一騎士団の長に過ぎないグランが、複数の役割を兼ねなければ立ち行かない。時間さえ許せばフェリウスという糧は肉付くだろうが、そんな猶予は残されていなかった。


「そうか。こんな埃臭い場所だ。堅苦しいやり取りは抜きとして話すぞ。繰り返される帰還要請にもアヤネは応じず、セルタの地に留まっている。その上、マイヤードはハイセルクと繋がり、クレイスト王国の勢力へ下ることを明確に拒否をした。狼狽えるばかりの女大公が、随分と毅然としているではないか」


 ハイセルクは先の戦争で打ちのめされ敗北した。だが、止めは刺せなかった。今となってはマイヤードも同様、徒に時間をかけ過ぎたのだ。忸怩たる思いがグランに残る。


「まだ知らぬだろうが、ヴァリグエンドからセルタへと兵員の増派があった。二個半の百人隊規模だが――《鬼火》使いを伴っている」


「曲輪群で同盟を焼いた忌まわしき《冥府の誘い火》ですか」


 蒼炎を纏い、大攻勢前夜の四ヵ国同盟陣地を焼いた恐るべき敵。強力なスキルや魔法に頼り切りであれば付け入る隙もあったであろうが、実戦により積み重ねられた戦技は達人の域にある。何より、グランを震撼させたのはその異常な精神性であった。所属する部隊が壊滅後、単身で集団墓標と化した曲輪内に五日も潜伏したという。蛆が湧く戦友を傍らにして。


「ジェラルド共々、冥府に落ちていればよかったものを。面倒なことだ」


 苦々しくグランは顔を歪めた。サラエボ要塞の攻略を頓挫させ、治療魔術師の要たるアヤネの喪失を招いた要因そのもの。大暴走で戦死したはずの亡霊が冥府から蘇ったのだ。


「敗北を経験したハイセルクは劇的に変化した。より柔軟に、より効率的に。伝統や派閥も関係無く、仇敵とですら盟友として振る舞っている。あの殴るしか能のなかったハイセルクが、だ」


 苛烈な北部諸国内でも一際異端であったのがハイセルクの前身となった地域だ。僅かな穀倉地帯を争い、血が乾く暇などなかった。未来永劫、その地を巡り争っていればよかったが、同地を統一したハイセルクは周辺国へと目を向けたのだ。奴らは宣う。ハイセルク曰く祖国防衛戦争、降り掛かる火の粉を払っただけ。その内実は殴られるのを好み、一度組み合えば骨の髄まで砕き咀嚼する度し難い国家であった。それがだ。今となっては他国に融通を図り、友好国の防衛のみを目的として派兵までする始末。


 殴り倒された帝国が正気に戻ったのであれば、グランも今ほど焦ってはいない。問題は、あの国の本質は残ったままなのだ、孤独な餓狼が群れることを覚え、餌を共有するようになった。だが、餓狼は飢えたままで餌を横取りした相手を憎んでいる。仮に以前のような体力を取り戻したら、カロロライア魔法銀鉱とレフン鉱山を手中に収めた両国が目指す先は一つだろう。


「由々しき事態です。遠からず待っているのは北部諸国を二つに割った戦乱」


「その通りだ。リベリトアも漸く決断を下した。連邦評議会の主導権争いはヒューゴ外相率いる主戦派が取り戻したようだな。派閥争いなど、纏まりのない連邦制など国是としているからだ」


 友邦の体たらくにチェスターが嘆く。複数の中小国が礎となった連邦は、どうしても意思決定の統一に手間が掛かる。リベリトア商業連邦の明確な弱点であろう。リベリトア穏健派は武力に頼らず、ハイセルク残党の取り込みを狙い一定の成果こそ得た。だが同時に謀られ、帝国に立ち上がらせる時間を与えてしまった。


「一方のマイヤードの小娘は、後ろを支える優秀な人間でも付いたか、この短期間で成長したか、厄介な相手となった。大暴走後のフェリウス領の取り込みの手腕も迅速で、臣下の評価も悪くない。頭を挿げ替えようにも警備は厳重。仮に毒を含ませてもアヤネが居る。無意味だな……希少な能力故に目を瞑ってきたが、この動勢ではもはや放置もできない」


 強硬策を検討に入れろ、言葉の裏に隠された意味をグランは正しく認識した。


「これまで従わなかったのに、今となって応じはしないでしょう」


「幼馴染の病を訴えて帰国させるか」


「異世界人も同胞に甘い。しかし、不信感を持たれており、女大公の入れ知恵もあります。素直に従うものでしょうか」


「……猶予はない。開戦前に、おびき出して退場を願うしかあるまい」


 こつこつとチェスターは机を叩く。策を出せと己が主君から催促されていた。堅牢な巣穴では手出しできない、明確な撒き餌が必要であった。幸いにして協力者には困らず下準備は完了している。


「マイヤードも一枚岩ではありません。旧敵と結びついたことに反感を持つ者も多い。フェリウスの遺産は甘美ですが猛毒でもある。以前お伝えした通り、仕込みも済んでおります。アヤネは良くも悪くも人を癒し過ぎた。治療魔術師を抱える一部の教会勢力との接触も容易でした」


 よろしい、と密室に声が響く。グランの報告を受けたチェスターは満足げに頷いた。


「幾つもの死線を潜ったと言うのに、ユウトは未だ甘く不安定です。ただ、マコトは現状をよく理解しています。人間、三人集まればどうしようもなく派閥が生まれます。それが男女ともなれば待つのは愛憎。彼らの間柄であれば応じることでありましょう」


「心技体、程度の差はあれど、これらが不均一な者は本当に扱い辛い。それでヨハナはどうする」


 痛いところを突かれたとグランは非を認めた。


「あやつもその一人です。マイア同様、絆され異世界人に深入りし過ぎる。少しばかり甘やかし過ぎたようです」


「冷酷なお主でもか」


「私も人間ですよ。少しばかりは情とやらも浮かびます」


 その言い様は主の笑いを誘った。僅かばかり声を漏らした後、チェスターは平坦な声でグランに指示を下す。


「時期は一任する。ヨハナとユウトは別の戦線へ投入しておけ。海岸線の魔領がいいだろう」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ・アヤネの暗殺未遂 ・大暴走におけるクレイストの疑惑 この2つの情報が与えられてないマコト視点だとアヤネって 敵国の同盟国=実質敵国に居座る裏切り者になるんだよね さらにユウト、マコ…
[一言] 自分から殴りかかった割に酷い言い草だ
[一言] これまたろくでもねえ展開になりそ(笑) ただ迷宮編と兄貴編どっちもろくでもないのに妙な爽やかさがあったんだよな。作者天才か アヤネを中心にゴチャゴチャするんだろうけど、世界設定そのものが紛…
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