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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第三章

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第三話 帝都

 帝都ヴァリグエンド、望郷の念すら感じた都市を前に、染みついた習慣と言うのは厄介な代物であった。ウォルムが戦地で得た経験がどうにも水を差してしまう。防御機構として、機能的構築物として役割を果たすかどうか、無意識で評価を始めてしまった自身に、呆れ果てるほかない。都市を囲う城壁は、歪な台形状に構築されている。特徴的と言えば、その内部には、不揃いの格子を連想させる城壁が形成されていた。箱の中身を区切る仕切り板のようですらある。


「城壁は、年々増築されたのか」


 ウォルムの自問とも取れる呟きにフリウグが答えた。


「つい数年前から、古いものはヴァリグエンド城塞時代のものまで混在しています」


「ヴァリグエンド城塞、ハイセルク帝国の前身か。老人達にはよく聞かされた」


 学者や歴史の専門家ではないウォルムであったが、国の成り立ちについては幼い頃、村の長老格から伝え聞かされていた。何せ、老人というのは若者や昔話が大好きだ。尤も、延々と続く伝承や歴史話は、一般的な子供にとっては拷問に近い。あの手この手で魔の手から逃亡を図る子供が大半を占め、ウォルムは老人の話し相手という供物として、その身を捧げられた。


 今となっては感謝すべきであろう。先人の知恵というのは貴重なものであるからだ。欲した時には手に入らず、容易に喪失してしまう。朧げな遠い記憶をウォルムは探り、思い浮かべる。リベリトア商業連邦からの伸びる支川、ハイセルク帝国を横断するガナウ川の合流点近くに築かれた城塞が、帝都ヴァリグエンドの始まりであった。


 ハイセルク帝国の前身となった小領主は、手勢を率いて河川の合流点に蔓延る強力な魔物を討ち果たす。そうして生息地であったガナウ川を臨む岩丘にヴァリグエンド城塞を築くことで、水上交通の要を押さえ、小規模とは言え希少な農業地帯の掌握に成功する。重量物である石材や木材は、河川を利用して運び込まれた。


 その戦略性の高さ故に、時に連合を組んだ周辺領主から攻め込まれてきたが、天然の要害であるガナウ川と城塞で撥ね退け、調略や逆襲を以って周辺の敵対勢力を飲み込み続けた。その規模は膨らみ続け、幾つかの小国を取り込み、ハイセルクは帝国としての道を歩み始める。それがウォルムの聞かされたハイセルクの歩みであった。


「帝都の東から北は、最も古い歴史を持ちます。逆に南西部の構造物は比較的新しいですね」


 フリウグは歴史の授業を開いてくれるらしい。ウォルムは手放しで知識の授与を歓迎する。


「脆弱性の一新もだろうが、都市としての機能の拡張のために、城壁を継ぎ足したんだな」


 フリウグの指を辿るようにウォルムは視線を移す。改修こそされていたが、岩丘に築かれた皇帝陛下の居城付近の構造様式は、古めかしさを感じさせる。規模の拡張により都市としての機能を強められた西や南は、一定間隔で並ぶ側防塔群や頑強な門塔に守られていた。一つの塔に複数の矢狭間が設けられ、射線が交差する設計思想が伺える。


 そんな堅牢な帝都が大暴走時に何処から攻め落とされたのか、考察するまでもない。一目瞭然であった。まるで短刀で繰り抜かれたバターのように、城壁と市街地が切り抜かれている。類似の現象をウォルムは迷宮都市で経験済みだ。比類なき龍の息吹(ドラゴンブレス)、意志を持つ天災と呼ばれ、生態系の頂きに立つ龍のみが持つ一撃であった。腐骨龍のブレスですら、都市を瓦礫に変え、万人を殺し尽くす代物であったが、帝の名を冠する龍が誇る至高の一撃は、消失と言っても過言では無い。


 穿たれた城壁は、突破口の内外に設けられた急造陣地により、防御性を補助され補修が進んでいる。一方の市街地に関しては、復旧が明らかに遅れている。防衛機能の優先順位も関係しているだろうが、家屋を利用する住民の総数が少なくなっているのが、主な要因であろう。


「都市に入りましょう」


「ああ、そうだな」


 一歩距離を縮めたフリウグが呼び掛けてくる。抉られ、消失した都市の一角に目を奪われていたウォルムは小さく頷き、刻まれた惨禍を視界の外に追いやった。





 帝国の象徴たる帝都の中でも、その一角は、歴史と伝統により熟成された静謐と厳格が漂う。その証拠に、静寂な廊下には石畳を叩く靴底の音がよく響き渡る。完全武装の衛兵が直立不動で来訪者を出迎え、すれ違う兵士達がその足を止め、敬礼で背を見送る。それらに答礼するウォルムは、懐かしい空気を肌で感じていた。


 尤も、当時のウォルムは一介の歩兵に過ぎず、頭を下げ敬礼する側であった。戦時大隊長という一時措置で指揮権を拝命した時ですら、時間を惜しみ、その手の礼や動作は有耶無耶のうちに掻き消えた。それが敬礼を受け取る側となり、どうにもむず痒さを覚えずにはいられないが、彼らは兵士として己の職務を全うしているに過ぎない。


 仮に戦場、それも小集団を率いたとすれば、必要最低限を除き削減もできようが、場所が場所だ。何せ、今いる場所は、ハイセルク帝国軍部の中核であり、頭脳である将官が詰めていた中央司令部であった。一定の厳格さと品位は、求められて当然とも言える。阻止作戦と帝都防衛戦により、多くの人員と将官を失った中央軍であるが、生き残りと各地の部隊から抽出され、再建が果たされた。


 四カ国同盟戦や大暴走による戦線の拡大に伴い、急動員された若年兵とは異なり、司令部に詰める兵は熟練兵ばかりだ。否が応でもハイセルク帝国軍最盛期の残滓が色濃く残る。その眼はぎらついた強い意志が宿り、鍛え上げられた肉体と立ち振る舞いが、その戦歴を裏付ける。兵士達ばかりに意識を向ける訳にもいかない。この司令部の将官の一人が、ウォルムの到着を待っているのだ。フリウグに案内されるがまま奥へ奥へと足を進め、とある一室の前で、その行進は止まった。


「少々、お待ちを」


 一言残し、室内へとフリウグは消えた。扉越しに数度のやり取りが成され、フリウグがウォルムを室内へと誘う。飾り気のない部屋であった。踏み込んだ室内にはフリウグと将官の従兵と思しき人物しかいない。


「ウォルム守護長、こちらです」


 従兵は奥へと続く扉を開け放った。ウォルムは室内を一瞥する。一見すれば乱雑に積まれた書類の間に、その男は居た。到底、書類仕事とは無縁で、似つかわしくない精悍な男だ。


「久しいな。武名は度々耳にしていたが、直接会うのは、エイデンバーグ以来か」


「ジェイフ大隊長も、ご健在で何よりです」


 今は亡き軍神の懐刀、帝国の切っ先と名高い騎兵大隊の指揮官ジェイフがウォルムの眼前に居た。明確に戦地で肩を並べたのは、エイデンバーグの戦いで、敵本陣に殴り込みを掛けて以来である。あの時は心底、体力を損耗した。走り回ることに慣れたウォルムですら、弱音と血反吐を吐き出しそうになったほどだ。


「健在か、敗北主義者になるつもりはないが、先に逝った者が少々羨ましい」


「と、言いますと?」


 ジェイフはわざとらしく書類を一瞥すると、説明を始めた。


「何せ、帝国はこの様だ。南部から一通り見て来ただろう。河川や陸路の交通路こそ確保しているが、各地を繋ぎ合わせるだけで手一杯。あらゆる人材が払底している。この一年半で立て直しに励んでいるが、張子の龍も良いところだな。俺もこうして文官紛いの真似までさせられている」


 戦場を縦横無尽に駆け巡っていた猛将とは思えぬ、悲観ぶりであった。書類塗れの室内が彼をそうさせたか、ウォルムの知らぬ一年半と言う歳月が心境の変化を与えたのか、それとも両方かは定かではない。自身も悲観的な人間ではある。それ故にウォルムは言い切った。


「それでも帝国は立っています」


「そうだな。我々は、帝国は立っているのだ。立ち続ける努力をしなければならない。……再会早々、愚痴ばかりとなってしまった。酒は?」


 苦笑を漏らしたジェイフは、引き出しから糖酒とグラスを取り出し、机へと置く。見慣れた群島諸国産のラム酒であった。魔法銀鉱が稼働して以来、帝国と群島諸国は結び付きを強める一方だ。ラム酒もその成果物の一つであろう。ひと昔前のウォルムであれば容易く瓶ごと飲み干しただろうが、今となってはそうにもいかない。


「いえ、基本的には禁酒をしておりまして」


 まるで亡霊でも見たかのように、ジェイフは目を見開いた。


「どうした。歩兵から僧侶にでもなるつもりか」


「はは、それも悪くはありません。呆れられるかもしれませんが、祖国を離れているうちに、一生分を飲みましたので」


 ウォルムは事実を伝えた。捉え方によっては冗談に冗談を返した形になるだろう。


「そうか、そいつは羨ましい。煙草は?」


「そちらは頂きます」


「それは良かった。あまりに断られたら、命令で吸わせていたところだ」


 勘に過ぎないが、眼前の大隊長は半ば本気であったに違いない。二人分の煙草に火を付け、ウォルムは肺腑に紫煙を送り込む。雑味が少なく味わい深い。葉はしっかりと容器に密封され湿気ておらず、良質であった。酒も断らなければ良かったかと、浅ましくも後悔の念が浮かんでくる。お互いに煙草を嗜みながら、他愛のない話が続く。時間にすれば数分であろう。ジェイフは本題を切り出した。


「道中、フリウグ中隊長より、話には聞いていると思うが、ハイセルク帝国はマイヤード公国と同盟を結んだ」


「昨日の敵は、今日の味方と言う訳ですね」


 戦場で殺し合った当事者にとっては、呆れ果てるばかりではあるが、歴史的に北部諸国を見ればそう不思議ではない。ウォルムのかつての世界でもよくあったことだ。珍しくもない。


「不満か」


「いえ、ダンデューグでは国も所属も関係なく戦いました。今となっては抵抗感はありません」


 平和ではなく戦争、それも魔物相手でしか隣人と手を取り合えなかったという事実を、都合よく解釈すれば間違いはない。綺麗ごとよりは余程納得が出来るだろう。ジェイフは満足げに頷くと、僅かに粘性のあるグラスの中身を飲み干した。微かな甘味の混じった酒精が密室に漂い鼻腔を刺激する。


「聞き分けが良くて助かる。古くから北部諸国の情勢は不安定だ。内応、離反、同盟。挙げれば切りがない。その様相は、複雑怪奇と言っても過言はないだろう、な」


「無いとは言い切れませんが、国家間の友情を過度に期待する方が間違っているかと。お互いに、譲れぬ大義とやらがあります」


「冷めているな。兵役組の元農民とは思えん」


「ありがとうございます」


「ともかく、一部の跳ね返りや反対者が出たが両国は繋がった。今では炎帝龍が残した爪痕――炎帝龍回廊を使い、マイヤードと人員や物資のやり取りをしている。彼の地には多くの人が逃げ込んだ。マイヤード人、ハイセルク人、フェリウス人など様々だ。それをセルタ領だけで抱え込むには、土地も食料も定員を大きく脱している。そう言った者が回廊を通り、ハイセルク帝国にまで根付いている。頻繁に国家や国境線が変わる北部諸国だ。頭さえ潰れれば大人しく従うのも、地域性というのだろうな」


「戦争が柔軟性を生むとは、皮肉ですね」


「長らく続く戦乱が彼らに割り切りを与えた。他人事ではないがな。とは言え、人と物が流れれば、それだけ危険性も増す。密偵や工作員、不安要素を挙げ出すときりが無い。何せ、膨大だ。全て管理などできる筈もない。危険性を考えた上で、受け入れるしかないのが現状だ。繰り返すが、この俺が文官紛いの行為をする羽目となっているほどだぞ。前線で人馬と大隊を操る方が、余程楽だった」


「心中お察し致します」


 ウォルムは心からの同情をジェイフに送った。


「程度の差はあれど、守護長もダンデューグで経験済みだったな。また、話が逸れたか」


 大隊長は吸い込んだ煙を吐き出し、白煙が天井を這うように広がっていく。


「セルタまでの回廊の行き来は商隊を組んで行っている。道は繋げたとは言え、点と線に過ぎない。確保と言うには、誇張だ。次の隊は六日後に出発する。それまで身体を休めていてくれ。長話に興じたいところだが、これでも忙しい身だ。マイヤードで、眼の治療を終えたらまた話すとしよう。煙草は餞別だ」


 ジェイフ大隊長は、皮袋を机の上に置く。ウォルムは中身を確かめずに受け取った。


「有り難く頂戴致します。またの再会を心待ちにしております」


「余り丁寧に返すな。言葉が裏返って、嫌な結果を招きそうだ」


 ジェイフは心底嫌そうに顔を歪めた。対してウォルムは笑みを浮かべて答える。


「それでは、また会う時には、土産の煙草を楽しみにしています」


「はっ、俺に集るか。なんとも、切り替えが早いな。まあいい、煙草くらいはくれてやる」


 退出を促すようにジェイフはひらひらと手を振る。返礼を済ませたウォルムは静かに部屋を後にした。

明日になりますが

トルトネンのTwitterにて、コミカライズの冒頭を掲載予定です。

是非観に来てください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 追いついてしまった……
[気になる点] あれ、もしかして普通に帝国側の兵士として前線復帰するのか? 帝国はウォルムの実家を防衛できなかったのに。 徴兵期間が残ってるからそれの消化でもするのかな? [一言] まぁ感想欄のたわ言…
[良い点] ウォルムの兄貴がウォルムに接触するのをハイセルクの面々が看過するとも思えんし、話の通り次第じゃハイセルク側に兄貴が殺されるっちゅうのも有り得る訳で、どう進んでも地獄しかねえ。 [気になる点…
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