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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

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第六十二話

 ウォルムと三魔撃のパーティーの顔合わせを兼ねた迷宮潜りは、真新しい金属部品の擦り合わせのように、戦闘を繰り返す。その行動はウォルムと言う組み込まれた部品に負荷を掛け、不具合が生じないか確かめているかのようであった。


 そうした意図をうっすらと察しながらも、ウォルムは普段通りに行動を取る。必要以上に動きを変えては試験にもならない。パーティは階層を深める動きではなく、積極的に魔物を探しまわり撃滅していく行動を取った。そうしてウォルムは無数の魔物を斧槍の錆に変える。長時間に渡る戦闘は、ドワーフが狩場に現れるまで続く。


 中断理由は考えるまでもない。彼らの性質と戦闘形式は魔物を引き寄せる。その上、張り合うように根こそぎ魔物を叩き斬っていく。三魔撃パーティへ加入したウォルムに対するドワーフなりの歓迎か誇示か。ウォルムの耳に残る大笑いを考慮すれば、純粋に狩り取った獲物の数で競っていたというのが正解かもしれない。迷宮を離脱したウォルムは、パーティメンバーと挨拶を交わした店へ舞い戻る。食事もそこそこに相互理解のための反省会が始まった。


「ウォルムをパーティに迎えられて僕らは幸運だったね。ハリ頼りだった前衛の役割を、期待以上に果たしてくれた。その上、魔法による制圧で、ユナや僕の負担まで軽減している」


 異論は無いよね、とメリルは着席するメンバーに視線を送る。


「制覇者として迷宮の底を目指すに足りるメンバーだね。その上で、ウォルムには幾つかの修正と思考の共有をして欲しいかな」


 自身が何もかも熟せるとはウォルムも思い上がってはいない。小集団での交戦経験は豊富にあれど、薄暗い閉鎖空間、それも断続的に魔物が湧き出る迷宮の戦闘は、パーティ独自の運用と専門的な戦技が必須であることを、ウォルムは学んでいる。


「ああ、異論は無い」


「さっきも言ったけど、ウォルムは前衛の役割を十分以上に果たしてる。流石にここまで一人で潜ってきただけのことはあるさ。だからこそかな。前衛としての役割に執着し過ぎだね。ユナとコンビを組んだ時も、一人で敵を引きつけ過ぎてるよ。時と場合にもよるけど、ユナをもっと頼りにして欲しい」


「私は、接近戦も強い」


 ユナは無表情だと言うのに、実に自慢げであった。確かに、ウォルムは与えられた前衛の役割に固執するあまり、前衛が崩れた時や突破された時の想定を明確に有していない。突破されなければいい、などと言う思考は傲慢で短絡的であった。


「本人の意気込みは御覧の通り。底を目指す上で、リスクを負う必要のない場面で負傷は惜しいからね」


 ウォルムがこれまで迷宮に身を投じる上で重視していたのは、短期間で如何に戦闘を終わらせるかだった。複数の人員が居れば別のやり口もあったであろうが、単独のウォルムには保険が無く、手段が限られていた。一人で潜って来た弊害であろう。ウォルムが内容を咀嚼し、飲み込む猶予を与えていたメリルは言葉を続ける。


「良い意味で仲間を利用しなよ。ウォルムは兵隊上がりだよね。戦列や行動を共にした戦友が居たんじゃないかな」


 単身で行動することもあった。それでも大半は、一人で戦い抜いた訳ではない。ウォルムは本心から言える。悪態を吐きながらも死地に飛び込み、背中を任せられる戦友達は居た。


「……ああ、居たさ」


「合流して、まだ日数は経っていない。今は出来そうにない? それとも信用の問題かな?」


「いや、どちらも違う。元々の気性もあるだろうが、肩に力が入っていた。次からは頼る」


「良い返事だね」


 ウォルムの返事を得たメリルは満足げに頷いた。


「勿論、俺を頼ってくれていい。身体の頑丈さには自信がある」


 黙って耳を傾けていたハリが、慈愛に満ちた表情で言う。臀部ですらメイスの直撃に耐え得るのだ。ハリにとっては生半可の攻撃など幼児の戯れに等しいだろう。


「あ、あぁ、そうだな」


 ウォルムは歯切れ悪く答える。言葉通りに受け取れればいいのであろうが、今までのハリの言動に照らすと、ウォルムは心から肯定はできなかった。その想いはマリアンテも同様であり、ウォルムが口にできなかった懸念をぶつけてくれる。


「ハリが言うと、なんか含みがあるように感じるのよね」


「マリアンテ、仲間内で猜疑心を持つのは良くないぞ」


「はぁ、武僧らしいお言葉なんだけど……」


 煮え切らない様子のマリアンテをメリルが慰める。


「時々ハリは正気に戻るからね」


「頭に強い刺激でも与えれば……」


 半まで言葉を漏らしたマリアンテは立て掛けていたメイスをじっと見つめる。視線の意図を察したメリルはゆっくり首を振った。


「マリアンテ、止めた方がいいよ。治るかもしれないけど、悪化する可能性もある」


 返す言葉もないマリアンテは、心底残念そうに荒療治を諦めた。ウォルムとしても賭けに出るのは最後の手段にして欲しい。


「次は魔法とスキルに関して、話そうか。見せそこなったけど、僕が三魔撃と呼ばれる所以はそのスキルにある。マリアンテの寄与魔法も――」


 価値観も、境遇も、出身も異なる五人が理解を深めるには、幾ら時間があっても足りない。迷宮潜り後の意見交換は、戦闘から休憩、食事と多岐に渡る。太陽が沈み出した頃に始まった反省会は、双子月が頂点に達するまで続いた。





 ウォルムは冒険者ギルドに所属しておらず、荷物持ち(ポーター)案内人(ガイド)に分類される雇用形式で、三魔撃のパーティーに加わった。その弊害が冒険者ギルドに混乱を起こす。原因は迷宮への唯一の接続口である黒き穴であった。ベルガナの大迷宮では公表、非公表に問わず、幾つかの黒き穴が存在しているが、ウォルムが利用していたのは駆け出しや利用者の技量が劣悪とされる低層向け。一方のメリル達が利用していた黒き穴は冒険者ギルド内でも中、上級者のみが利用できる中階層以上向けであった。


 繋がる先は同じ迷宮であり、穴自体には差異はないのだが、待機室や付属する施設の質量共に異なる。ウォルムはギルドハウスに立ち入ることはできず、精々踏み入れたとしても依頼や募集が張り出された掲示板や受け付けぐらいなものであった。


 メリル達は普段から利用していた黒き穴をあっさり切り捨て、ウォルムと共に低層向けの黒き穴から迷宮の出入りを繰り返している。これに慌てたのは冒険者ギルドだった。冒険者ギルドベルガナ支部としては、最古参であるファウストのパーティーの離反を受けた今、有力なパーティーは貴重な存在。その中でも最有力のパーティーが低層向けの黒き穴を利用しては、内外に示しが付かない。


 内部規約の拡大解釈を重ね、冒険者に登録されていなくとも、契約方式で有ればウォルムの入室も認められたのだが、メリルは特別扱いは悪しき前例になると提案を拒否。結果として低層向けの黒き穴を引き続き利用していた。


 待機場と繋がる通路は、迷宮で生計を立てる無数の探索者が往来していた。ウォルムは三魔撃の背を追い半長靴を踏み鳴らし進む。メリルの進路は自然と開け放たれていた。恐らくは進路を譲ってくれているのだろう。時折、駆け出しの冒険者がメリルと挨拶を交わす。


「随分と人気だな」


 ウォルムが単独で迷宮に潜っている時に挨拶を受けるなど、考えられもしなかった。


「実力もそうだけど、僕は外見もカッコいいからね。……ウォルム、鼻で笑うのは良くないよ」


 ウォルムの反応がお気に召さなかったメリルは抗議の声を上げた。注意を受けたウォルムは黙ってメリルに付き従う。待機場に辿り着くと、新たなパーティーが声を掛けてくる。それはメリル達に対してではなく、ウォルム個人に対してであった。


「これから深層潜りですか」


 ウォルムは声の主を記憶から探る。確か駆け出しを脱したばかりのペイルーズという冒険者であった。その後ろには仲間の三人が控えている。


「ああ、そうだ。そっちは稼げたか」


「譲って頂いた素材の活躍もあり、装備を新調できそうです」


「素材? ああ、それか。役立ってるならよかった」


 それはウォルムが迷宮で討ち滅ぼしたボーンコレクターの鋭槍を指している。ペイルーズのパーティーメンバーである少年は、宝物のように肩へと掲げていた。二、三の言葉をお互いに重ね、ウォルムはペイルーズとの話を切り上げる。三魔撃のパーティー加入以来、ウォルムに話し掛ける者も増えた。社会的信用の重要性を改めて突きつけられたウォルムは、世の中の不条理さをひっそりと嘆く。


 近付く足音に振り返れば、受け付けを済ませたメリルが先程の出来事は忘れていないとばかりに、笑みを浮かべていた。恐らくは、ウォルムがからかったことを根に持っているのだろう。


「俺が悪かったから、そんなに笑うな。漸く冒険者から目を合わせて貰えるようになったばかりだ」


「それは、それは、なんとも涙ぐましいね。……そろそろ行こうか」


 泣き言をあっさりと聞き流したメリルは、転送室に足を進め始める。また暫くは地上には戻れない。ウォルムは後ろ髪を引かれるように受付が気掛かりとなった。不意に振り返れば、受付嬢のリージィがウォルムの背を見送ってくれている。視線が交わう中、忙しない受付業務の手を止めたリージィは、小さく手を振った。天窓から差し込んだ陽光により、手首に着けられた銀の腕輪が小さく光る。


 ウォルムは左手を上げて答える。パーティ募集で世話になった礼がまだであった。黒き穴の使用に関しても、リージィを挟んでギルドとのやり取りは行われた。何らかの穴埋めが必要であろう。


「ウォルム、置いていくわよッ」


「悪い。今、行く」


 足取りが鈍ったウォルムをマリアンテが呼び寄せる。これでは気を取られて迷子となった幼児と変わりない。リージィから視線を外したウォルムは、これから潜り続けることとなる迷宮へ意識を切り替えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >マリアンテ、止めた方がいいよ。治るかもしれないけど、悪化する可能性もある 切実な、化への恐怖(。。 [一言] 幸せの階段を上る。 いいことだ。 落ちなければの、話だけど(。。
[気になる点] やはり祖国の鎧が良いんですかねぇ。ここならもっと性能のよい防具が買えそうなのに
[一言]  ………基本、死に別れやからなー。
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