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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

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第五十九話

 取り巻きを失ったサイクロプスは半狂乱に棍棒を振り回す。石畳は砕かれ、礫が散弾のように撒き散らされる。一見すれば一つ目の巨人が優位に暴れ回っているように映るが、その実態は酷く追い込まれていた。


 手足が無秩序に動く度に身体の何処かが削がれていく。対するドワーフと獣人は粉塵が舞い散る中で、巨軀を見失うことなく的確に得物を振るう。鈍く光る戦斧の刀身によりサイクロプスの両足首の筋が断たれてからは、最早一方的な戦闘となった。


 抵抗は空振りに終わり《強撃》により四肢を削り落とされていく。まるで大人向けの達磨落としと言わんばかりの様相であった。そうして一つ目ごと頭部が斬り落とされるまでには、然程の時間は掛からない。乱戦により大広間は赤一色に彩り、大気に晒された魔物の臓腑が強烈な臭気を漂わせる。


 間引きされていない階層と言えど、これだけの数が討ち取られれば、追加の魔物は暫く訪れる訳もない。戦闘の終焉まで見守っていたウォルムであったが、傍観者には成り得なかった。


「なんじゃお前!! さっきからちらちらと見よって」


 髭面のドワーフは、脂と血がこびり付いた斧頭を布で拭いながら眉を吊り上げ、ウォルムに苦情を申し立てた。大広間を通過するための順番待ちとは言え、確かに断りもなく戦闘を観察した。覗き見したつもりはないものの、指摘は的外れなものではない。


「すまな――」


「うぅん? 見ん顔だ。どこのパーティじゃ」


 謝罪と弁解を口にしようとしたウォルムであったが、独り言とも投げ掛けとも取れる言葉により遮られる。そしてより一層ウォルムの顔を識別する為か、戦斧をぶらぶらと手に下げたドワーフは距離を詰めて来る。あまりにもがさつな詰め方にウォルムは戸惑いを覚えた。ファウストの一件もある。一先ずは制止した方が得策に違いない。


 とは言え、結果的に戦闘を覗き見てしまった引け目もあり、どう言葉を選ぶかウォルムは困り果ててしまう。そんなウォルムの窮地を魔物の解体に勤しんでいた別のドワーフが救った。


「何をサボってんじゃ!! 早く手伝わんか」


「うるさいのう。少し待たんか!! ほれ、そこに見慣れん奴がおる」


「お前、酒でも飲んどるんか……誰じゃ、そいつ」


「知らんわ。途中から居った」


「おい、見てみろ、新顔がおるぞ!」


 散っていたドワーフと獣人が奇妙な物体でも落ちていたとばかりに、ウォルムの下へと集まってくる。上背がないにも関わらずその厚みは何とも圧迫感があった。それに迷宮内で発する声量とは思えぬ程に声が大きい。周囲から魔物が集結したのもある意味で頷ける。


「お前一人か」


 仲間同士の騒がしい言い合いから一転、興味は再びウォルムへと向けられる。


「ああ、俺一人だ」


 ウォルムの答えに、ドワーフ達は怒っているのか、笑っているのかも判断が付かぬ声色でまくしたてる。


「生意気に落ち着いておる」


「泣き喚かれるよりもええわ」


「斥候役にしては、嵩張る斧槍じゃな」


 ウォルムは遅まきながらに理解した。怒気交じりではなくこう言った喋り方なのだと。


「それで、後続の仲間は何処におる」


「仲間は居ない」


「居ない? なんじゃ、仲間を見捨てたのか」


「いや、そうじゃなく――」


 一人距離を空けて沈黙を貫いていた獣人が会話に割って入った。


「ファウストのパーティを返り討ちにした奴だ。そいつ、酷い死臭がする」


 迷宮内では仕方ないとは言え、ウォルムは人並みには身だしなみを整えているつもりだった。それでも嗅覚に優れる獣人にとっては、色んな意味で臭うのだろう。一方のドワーフ達はそんな獣人の忠告も気にもしていない。


「おう、あの傭兵か。一人でここまで来れる奴を狩ろうとするとは、ファウストも阿呆じゃのう」


「しかし、見慣れない鎧じゃ。何処の出だ?」


「その系統の鎧は……北部諸国か」


 今まで出身を言い当てられたことはなかった。ウォルムは正解を口にしたドワーフに目を滑らせる。


「はは、当たりじゃ、わしは鎧に詳しいからのう」


 ウォルムの視線から回答を得たドワーフは自慢げに胸を張る。豊かな髭と張った胸も加わり、なんとも豪儀さを漂わせていた。


「何を小鹿のように警戒しておる。露骨に手助けせんかったら、迷宮のイレギュラーを引き寄せん。それにわしらの装備は自慢の一品じゃ、貴様のなど要らんぞ」


 警戒を解かないウォルムをドワーフ達は笑い飛ばした。人狩りとのいざこざを知った上での言葉であり、なんとも遠慮のない物言い。深層に潜り続けた為か種族によるものか、それがどうであれ、ドワーフ達に対する不快感は無い。


 何せウォルムは農村生まれな上、戦地に身を置いて来た。当然、高貴な血筋でも礼儀に煩い人間でもない。一兵卒としての戦場は遠慮も配慮も好まれず、意味を成さなかった。そんな経験もあってだろう。ウォルムは血肉の海の中で笑い、語り合うドワーフ達に懐かしさと頼もしさすら覚える。


「最近じゃ新顔も珍しい。がめついメイリス共和国のデカブツどもは隊を引き上げて、交代要員も派遣せん」


「三十五階層以降に潜る奴は少ないのか」


「両手で足りる数のパーティーしかおらんわ。それも殆どがワシらのような国外から派遣された隊じゃ」


「三十年、四十年前はもっと気骨のある奴が居った」


「統一戦争を経験した古強者やその教えを持った奴らは良かった。今の探索者は金だ、権力に溺れすぎるわ」


「わしらも交代で派遣され、三十年しか経っておらんだろうが。統一戦争を知る者からしたら、わしらもひよっこじゃ」


「ふん、うるさいわ……さて、無駄口もここまでじゃのう。こんなところで長話が過ぎたわい。わしらは解体を済ませてから行く。ほれ、お前は先に進むがよい」


「そうだな。落ち着いてお喋りするには、ここは忙し過ぎるな」


 酒場であればウォルムの口も軽くなるだろうが、ここは迷宮でも最下層に位置する。語らい親交を深めるにはそぐわない。


「はっ、言いおるわい。その武威を賞して忠告してやる。悪いことは言わん。三十五階層より先は諦めろ。ここは一種の限界点。迷宮の底は一人の手練れでどうこうなる場所でもないわ。わしらでも帰りは考えられん。死地に飛び込むような気概を持つ仲間が居らんのなら無駄死にじゃ。蛮勇は勧められん」


「忠告は感謝するが、生憎、出逢いに恵まれていない」


「ふん、見て分かるわ。腐らず、焦らぬことだな」


「……ああ、精進するさ」


 言いたい事を終えたドワーフは、用は済んだとばかりに会話を打ち切る。例外と言えば作業に戻りながらも、獣耳を向けたままの獣人ぐらいなものであった。これ以上の長居は無駄であろう。一人静かに大広間を後にしたウォルムは、先ほどの会話の内容を零す。


「腐らず、か」


 仮令ウォルムの心は腐らずとも、眼は確実に腐り落ちていく。


「本当に、ままならない世界だな。ここは」


 ウォルムの独白は、誰に聞かれることも無く消え去った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ドワーフ和みます。好き
[良い点] 素直に忠告だけくれてる感があってすき→腐らず、焦らぬこと
[一言] >さっきからちらちらと見よって 「ちらちら」は断続的に見るさま。「じろじろ」ではないか。
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