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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

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第五十四話

 物流経路の保護、危険対象の討伐、要人警護など、ギルドに所属する冒険者への依頼は多岐に渡る。その内容は地域と情勢により千差万別であり、迷宮を有する冒険者ギルドベルガナ支部の色合いも中々に特殊であった。


 迷宮都市の支配者たるボルジア侯爵家は、迷宮で消耗する私兵と富の独占を天秤に掛け、迷宮を占有せずに開放を図る。その狙いは成功を収め、周辺地域から迷宮内の探索という危険作業に従事する労働者の獲得を果たす。


 万物の理がねじ曲がった迷宮の煩雑な管理、維持、運営の委託業務を受け、実質的な下請けとなったのは、ギルド内部でも創設の歴史が浅いベルガナ冒険者ギルド支部であった。当然、多数の利用者を抱えることとなった同ギルド支部は、業務を円滑に進めるために、文官の雇用を強め、運用要員である職員を現地で大量に雇い入れる。


 そんな職員の一人が迷宮都市で生まれ育ったリージィであった。迷宮探索の受付としての役割を与えられながら、式典や催し物ではその準備に奔走する。途切れることのない業務の中でもリージィが心血を注ぐのは、迷宮に挑む探索者のサポートであった。当然、非戦闘員であるリージィは直接的に、探索者の手助けはできない。リージィが持つ武器は情報であった。冒険者から吸い上げられた膨大な公式、非公式情報は纏め上げられ管理される。その悪意なき虚実混じりの断片を精査、統合した情報をリージィは探索者に提供していた。


 助言一つで命を繋げられるなら、小言が煩い堅物として扱われようとも構わない。そんな心情は生まれ持った気質に加え、一つの出来事が切っ掛けとなった。当時、最有望とされていた新進気鋭の若手パーティの全滅。上位層に到達するのは間違いないと言われた彼らは、中層と上層で忽然と姿を消したのだ。異例のペースで迷宮の攻略を進める彼らを、頼もしく思う者は居ても、苦言を呈す者など居なかった。


 周囲の期待もそれを後押しただろう。実質的な担当であったリージィは、そんな彼らに心の何処かで危うさを感じていた。だが同時に、余計な言葉を掛け探索の邪魔をしたくない、という気持ちが鎌首をもたげ、結局は忠告を言い出せずに陰惨な悲劇を迎える。


 不運だった。皆がそう口にする中、リージィは一人否定する。誰かが、私が、急く彼らに少しでもいい。後ろを振り向き、実直に足元を固めるよう声を掛けていれば、彼らは死ななかったかもしれない。何もできなかった。何もしなかった後悔は、リージィを大勢の傍観者から脱させる。


 そして現在、リージィは葛藤を胸に抱えている。原因は新しく迷宮都市にやってきたウォルムという傭兵であった。容姿も背も平均的であったが、その使い込まれた装備、なによりその濁った眼は、平坦な道を歩んできた者には決して備わらないもの。何よりその迷宮の探索は、常軌を逸していると言わざるをえない。持ち得る情報と助言を提供しているとはいえ、パーティを組まず単独で迷宮に潜り続け、その深さは上位階層に達しようとしている。人数も、人柄も、言動も決して似付かない。それでもかつてリージィが救えなかった彼らの背中を重ねてしまう。


「止めるべきなのは、分かっているんですけどね」


 夢を抱き、迷宮に飛び込む者は多い。それでもウォルムが迷宮に抱える覚悟は、別の深さを持っている。最初は自殺志願ではとも感じた。だが、彼は死ぬ気など無い。その類まれな技量と意思で迷宮に何かを望み、その身を投じている。その意思を安全地帯から捻じ曲げる権利などあるのか。だが、どうにも不安が過ってしまう。リージィは無意識に手首の腕輪をひと撫ですると、小さく息を吐いた。


「リージィ、随分とそわそわしてるわね」


「……なんのことですか」


 声の主は、リージィと同僚の受付嬢ラビニアであった。その声色に含まれる意味合いは心配が半分、好奇心が半分と言ったところ。


「誤魔化しちゃって。この前、男からプレゼント貰ったじゃない。また数日帰ってこないから、気になって仕方ないんでしょ」


 ラビニアは仕事面で、その性格に似つかわしくない細やかさを持つ頼もしい同僚である。しかし、こと私生活はだらしなく、噂話が好きで好奇心が旺盛。こうしてリージィに探りを入れてくることは一度や二度ではない。


「私は依怙贔屓なんてしませんよ。ただ、単独で数日も帰ってこない利用者が居たら、気に掛けるのがギルド職員。迷宮の管理者の務めです。……頂き物は否定はしませんが」


「あんたみたいなのが意外に駄目男なんかに引っかかるのよね。この人は私が支えてあげなきゃ、駄目になっちゃう、なんて――冗談だから睨まないでったら。でもあのウォルムって傭兵、危なっかしいわね。普通、何日も迷宮に一人で泊まり込まないわよ。退廃的っていうか」


 納得できる面があるとは言え、面倒な同僚の狼藉を許すほどリージィは穏健ではなかった。


「それには同意しますが……今日は随分と口数が多いですね。また男性に振られたのですか」


 歯を鳴らし、喉から呪詛の吐息を吐き出したラビニアは分かり易く取り乱す。


「もう!! あんたのそういうところ、可愛くないわよ。はぁ、冒険者は駄目ね。あの機能美を感じさせる身体は大好きなんだけど、浮気性が多くて……だからそんな目で見ないでったら」


 リージィが哀れみと蔑み混じりに向けた口や眼に反して、ラビニアと業務の合間に交わされる軽口は決して嫌いではない。人波の処理を続け、不意に途切れる時間を共にするには、望ましい相手とも言えた。変わらない日常が流れていく。そんな平穏も待機室に流れ込む番兵と治療魔術師により、終わりを告げた。


「穏やかじゃ、ないですね」


「あっちは、転送室、それも出口の方ね。ねぇ、ちょっと! 何があったの?」


 雪崩れ込んでくる人々をラビニアが呼び止めると、興奮した様子の番兵が早口で捲し立てた。


「三十階層で、人狩り(マンハント)が出たんだよ! それもファウストのパーティだったらしい。それだけでも信じがたいのに、最近流れてきた傭兵が重傷を負いながら二人も殺して、三人を敗走させたそうだ。冗談じゃないぞ。三魔撃のパーティが二人の死体を持って転送室から戻ってきている」


「は、え?」


 リージィは伝わる情報を適切に処理できずにいた。それでもどうにか噛み締め、理解すればするほど動揺が広がってしまう。これまでに迷宮内でマンハントを行ったとして、素行不良の探索者が幾人も摘発され、投獄の末に処刑された。だが、ギルドの教導役の任にも就いたことのあるファウストが人狩りを行っていたなど、飲み込めるはずもない。それもその標的は、リージィが迷宮に見送ったウォルムであった。


「っ、う、ウォルムって、リージィに腕輪をくれた傭兵よね。それにファウストさんが、人狩り(マンハント)って……一度に色々起こり過ぎて、何が何やら分からないわ」


「ほん、とうですね。でもラビ、一つ分かりました、あの人は、一人で放って置くと死んでしまいます」


 真意は分からない。でも事実だとすれば、ウォルムが一人で迷宮に潜らなければ、人狩りの対象に選ばれなかったかもしれない。


「そうね。抑え役や頭役が居る時は、よく働きそうだけど、一人の時は頑張り過ぎて、過労死するような人間だと思うわ」


 ラビニアの言葉に、リージィは全面的に同意した。次会う時には、言わなければならない。幾ら悔いても死んでからでは全てが遅い。


「受付の時に、言っておきます」


 苦々しく顔を歪めたのは、心の奥底でこびり付いたかつての出来事を思い返してか、それともウォルム個人を案じてのものか、リージィは分からなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんな世界にも過労死の概念があるのですね。 いや、こんな世界だからこそか。
[一言] どうしよう、ラビニアはなんか胡散臭い、リージィは人質にされるような気がするんですね…ウォルムと関わりを持った良心のある人は皆悪い目に合いそうで、このままじゃ自己嫌悪はただただ深まるばかりです…
[一言] 穏やかじゃないですね( -∀-)
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