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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

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第五十一話

 中位と上位を分け隔てる第二十六階層で、ウォルムはその洗礼を受けていた。魔力を練り上げ射出された火球は、内包する魔力を解き放った後も燃焼を続け、迷宮を浮かび上がらせる。


 《鬼火》と比較するとその範囲も持続性も劣る火球ではあるが、瞬間火力だけに限れば上回っていた。当然、防御手段や地形による影響を受けずに火球が直撃すれば、並の魔物であれば行動不能に陥る。事実、ウォルムが会敵時に狙った魔物の一体も火に巻き取られ、今や床で燻り沈む。


 それでも残る魔物は踊る炎の波間を抜け、ウォルムへ接近を果たしていた。隙間なく身に着けられた甲冑、ロングソードの刃が炎により怪しく光沢を帯びる。中身は人間ではない。何せ、あるべき筈の頭部が失われている。


 首無し騎士(デュラハン)、その内の一体を討ち滅ぼしたとは言え、二体は健在で有り、生者であるウォルムを屍に変えようと熱り立つ。


「首がないのは、厄介だなッ」


 人型魔物の弱点である掻き切る首も、砕くべき頭蓋も存在しない。刺突による牽制を放棄したウォルムは、腕を大きく下げ溜めを作り斧槍を解き放つ。《強撃》による振り上げに分が悪いと判断したデュラハンは、急速に速度を殺し、間合いから辛くも逃れる。その間にも二体目のデュラハンは低く、滑り込む姿勢でロングソードをウォルムへと突き入れていた。


 斧頭で弾き、返す形で突きを入れ返すが必殺とするには間合いが遠い。ウォルムはその場から飛び退く。追撃をしようにも一体目のデュラハンが体勢を立て直し、行手を妨害する。頭がない癖に、連携するだけの知性を宿す。実に理不尽な存在であろう。ウォルムは足を使い回り込みを狙うが、デュラハンは実に嫌らしい距離感を保ち、フェイント混じりのやり取りを交わす。


 騒音により、魔物が集まれば劣勢は免れない。ウォルムは出し惜しみをするつもりはなかった。魔力を練り上げ火球を形成したウォルムに対し、デュラハンは明確に左右に分かれ、間合いを詰める。一網打尽を避け、至近で魔法の行使を躊躇させるのが狙いであろうが、高い火属性適性を持つウォルムにとっては、悪手であった。そうでなければウォルムは《鬼火》使用時に、蒼炎に飲まれその身を焼失させてしまう。


 首無し騎士の下腹部に直撃した火球は、爆発により頑強な甲冑をこじ開け、中身を熱で犯す。火はアンデッドには良く効く。首無し騎士は藻掻く暇もなく戦闘から退場した。


 同胞により貴重な時間と間合いを稼いだデュラハンは、身体ごと投げ打つ形で刺突を繰り出す。人間であれば急所への反撃を考慮しない自傷的な一撃ではあるが、明確な急所を持たないデュラハンにとっては、厄介な一手に変わる。


 ロングソードの剣先が斧槍の枝刃に接触、金属が擦れ合う甲高い音と共に、左上方へと逸らす。ウォルムの危機はまだ脱していない。甲冑の重量を利用したショルダーチャージがウォルムへと迫る。


 ウォルムは斧槍の柄を突き出し、デュラハンの肩に押し当てた。鈍い衝突音の末に突進を抑え込んだウォルムは、不意に足の踏ん張りを緩める。迫り合いのために重心を前方に掛けていた首無し騎士は、前のめりになり釣り合いを取る為に上体を逸らす。


 当然、崩しを狙っていたウォルムはその隙を見逃さない。小脇を抜けながら枝刃をデュラハンの膝に引っ掛け、重心移動を伴いながらその膝を引き斬る。手応えは十分。人間由来の十字靭帯と半月板を断ち斬る感触が柄越しに伝わる。機動力の支柱を失ったデュラハンは振り向きざまにロングソードを払うが、見え透いた悪足掻きでしかない。


 止まることなく背後に回り続けたウォルムは、最上段に構えた斧槍を振り下ろす。魔力を流し込んだ一撃は、甲冑ごとデュラハンの肩から腰を斜めに横断する。


「まだ動くか」


 二等分となった半身が落下した先の地面で数度跳ねるが、抵抗もそこまでであった。軽く息を整えた後、六感を総動員したウォルムは索敵を行うが、まだ敵は駆けつけていない。


 ウォルムは念の為に、デュラハンの手からロングソードを蹴り出してから片膝を床に付けた。そうして葬ったばかりの遺骸を漁る。取ってつけたような腰袋の中には、銀貨を始めとする硬貨が数枚収まっていた。


「甲冑は当然無理として、剣でギリギリ、か」


 階層を重ねるごとに収集物を詰め込んできた魔法袋へと手首を差し入れれば、妙な抵抗感と反発が肌に伝わる。貴金属や魔石、値打ち物を優先して拾い上げてはいたものの、個人用途の域を出ない魔法袋は収納限界を迎えている。


 この先、嵩張る収集物を手に入れたとなれば、何かを捨てなければ持ち運べない。装飾品や硬貨程度であれば別であるが、重量物を腰や背の身に着ければ、それだけ身を重くする。


 焼き払った際にデュラハンから散らばった硬貨を拾い集めたところで、門限が訪れた。金属が床と擦れ合う音がウォルムの耳に届く。迷宮を徘徊する新たな首無し騎士の一団に違いない。


「時間か」


 幸にして、まだ接敵範囲には姿を見せていない。回収を済ませたウォルムには長居は無用であり、足早にその場を後にした。





 受付嬢の助言通り、二十六階層以下は厄介な特色を持つ魔物ばかりで構成されていた。表面が毒液と毒針で保護されたポイズンワーム、生命力と再生力が高い強靭な触手を持つキラープラント。これら複数体とまともに組み合えば消耗必至の相手であり、中層を脱するまで温存していた魔法の集中投入は避けられない事態であった。事前情報の有り難みを身を以て味わっているウォルムは、情報料として手放した腕輪が安過ぎたのではないかと危惧するほどだ。


「っふぅ、死んでもタチが悪い」


 篝火と化したポイズンワームから漏れ出した毒液が蒸発、空気を汚していた。死を齎すほどの濃度ではないが、肺腑に吸い過ぎれば嘔吐や痙攣と言った症状を齎す。収集物の主な売り払い先となっている刀剣商によれば、適切な採取・処置により猛毒除けの防具にもなるそうだが、毒針と毒液で汚染された毒虫の身体を解体するほどの装備も技術もウォルムは持ち合わせていない。


 一方のキラープラントは、厄介な再生能力と強靭なツタが前衛を苦しめる魔物ではあるが、植物系の魔物であり火には脆弱。焼け落ちた触手の一本をウォルムはまじまじと見つめた。焼け焦げた表面には、無数の棘が残る。鎧に張り付き、肌を抉り血液を吸い出す。それが吸血植物であるキラープラントの攻撃方法であり、食事の作法であった。


 ウォルムは腰のナイフを抜く。触手を半長靴で踏み付け棘をナイフで削ぎ落としながら、手頃な長さにカットする。触手を掴み頭上に掲げると、切断面から流れる液体を口にした。


「話通り、甘さが強烈だな」


 サトウキビの汁をより甘みを増し、粘度を高めたような味わい。甘味を口にする機会がないウォルムにとっては、最上の甘さの一つであった。富裕層の中でも重宝される調味料や材料となり、キラープラントの需要は実に高い。


 舌先から伝わる猛烈な糖分は身体に染み渡り、その甘露に脳が歓喜している。空気が毒で汚された場所でなければ、念入りに味わっていただろう。更に一本、手早く皮を剥いたウォルムは、甘い液を瓶に絞れるだけ絞り、残り滓を迷宮に投棄した。片付けは迷宮が自動で行ってくれる。後腐れがなくて結構であった。


 ささやかな軽食を楽しんだウォルムは、階層を深める為に階段を探す。深さは二十八階層に達し、あと二つ階段を下れば、休憩室がある。手にこびりついた汁を振り払いながら、ウォルムは索敵に意識を払う。


 まだ見ぬ休憩室に想いを馳せたところで、害はあっても益はない。幾つもの通路を抜け、部屋を掃討、そして新たな小部屋に入り込む。ウォルムは念入りに辺りを探る。徘徊型の魔物であれば気配も察知し易いが、陰湿なキラープラントは瓦礫の下や天井に潜んでいることがあった。


 絡め取られれば四肢の自由を奪われ、血液を搾り取られる。ウォルムはキラープラントから甘味を絞ることは好きでも、その逆など御免であった。幸にして部屋の損傷は軽微であり、隠れられるような隙間はない。見るべきもののない小部屋を去ろうとするウォルムであったが、進む先の通路に異常を感じ取った。


「デュラハン……? いや、兜を着けてる」


 首無し騎士が兜を着けている筈がない。その上、腕は四本生え、それぞれ剣を二本、盾を二つ握りしめている。情報を探るウォルムはその魔物の名を口にする。


「ドールスライム、か」


 鎧や人形に入り込み、意のままに操るスライム。初遭遇の魔物であり、未知の相手には火力こそが有効な解決手段であった。魔力を練り上げ、火球の形成を始める。火を前にしたドールスライムの反応は劇的であった。その半軟体の身を震わせ、擬似声帯により金切声を上げたドールスライムは甲冑の隙間から液体を噴射させる。


 構わず火球を打ち込んだウォルムであったが、失敗を悟った。攻撃と思われた水流は、ドールスライムの触腕であり、まるで水面を滑るように移動する。粘液の身体は摩擦を軽減させ、高速移動を可能としていた。まともな人間であれば為し得ない初速と角度でドールスライムはウォルムへと飛び込む。


 斧槍の斧頭を振り落とし迎え入れたウォルムだが、ラウンドシールドを二つ掲げた防御により盾一枚を割るに終わる。間合いを詰めたドールスライムは左右同時にショートソードを繰り出す。一撃目を見切り、二撃目も上半身の捻りで躱したウォルムだが、甲冑の肘が回転。その軌道は真反対へと向く。


「っう、ぅ!!」


 甲冑を着込んでいても中身は軟体、経験則からは有り得ない角度で剣が迫る。石突きを咄嗟に当てたとは言え、頬からは血が滲む。魔力膜で出血を抑え込んだウォルムは無心で斬り合いに興じる。関節部は人と比べられないほどに柔軟。だが変幻自在と宣うには甲冑という外骨格が邪魔していた。初見殺しができなければ、嫌でも眼が慣れる。剣と斧槍の迫り際に纏めて指を斬り潰し、ショートソードが床を転がる。


 ラウンドシールドの打ち払いも二度目の《強撃》には機能を果たさなかった。手元に唯一残っていたショートソードも斧槍の枝刃で絡められ床に転がる。対抗手段を失ったドールスライムは、甲冑の隙間という隙間から触腕を吐き出し、ウォルムへと掴みかかる。


「いいのか」


 窒息を狙っての行為であるが、ウォルムにとっては無駄手間を省く行為にしかならない。瞬時に形成した火球は練り上げが不十分であり、本来ならば虚仮脅し程度であったが、外殻たる甲冑から漏れ出したスライムには、耐え難い一撃となった。瀕死となったドールスライムは甲冑内に籠城、最後の抵抗を試みるが炎に紛れ肉薄していたウォルムは、斬り落とした腕の断面から炎を流し込む。


 軟体の振動と鎧が擦れ合う金属音が断末魔となり、ドールスライムはとうとうその身体を保つことができなくなった。半軟体の身体は完全に液体へと変わり、迷宮に新たな染みを形成する。


「また面倒な奴が出てきた」


 他の三種に比べれば数は少ないが、これで変異種や希少種ではない。遭遇した際の手間を考えれば、愚痴の一つも許されるだろう。《強撃》により損壊した武具の価値はそう高くない。ウォルムは甲冑の背中側を確認する為に手を掛けると、空洞の筈の内部にカラカラと異物が混じる。腕部を掴み揺さぶれば、隙間から小ぶりながら魔石が吐き出された。


 触媒やランプなどその用途は幅広く、売れば銀貨五枚程度にはなるだろう。満載間近の魔法袋に魔石を押し込み、ウォルムは迷宮の探索を再開した。

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― 新着の感想 ―
[一言] もうちょっと最大何階層の迷宮なのかとか目的の敵はどこにいるのか程度の情報は欲しいね すでに攻略されてて制覇者が何人もいるんだしさ
[気になる点] 雰囲気を出して戦闘シーンを書いているのはわかるんだが ひたすら苦戦してる感じが強くて、主人公ってこんなに弱かった?みたいな疑問がわいてくる
[一言] もっといっぱい入る魔法袋が欲しいね。 買える物なのかな?
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