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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

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第四十九話

 慎ましくも斧槍による魔物の鏖殺に勤しんでいたウォルムであったが、二十階層からその戦闘様式に明確な変化が現れた。魔力を起因とする炎によって壁は焦げ付き、破壊の爪痕である破片が床に転がる。手の延長とでも呼ぶべき斧槍は、容量がすっかり少なくなった魔法袋へと押し込まれていた。これまでの魔物であれば、食い込んだ刃によって屠殺場の如く肉片が飛び散り、流れ出た鮮血は迷宮を染め上げる。


 それが今や岩や砂ばかり。それもそうであろう。ウォルムが相手取っている魔物には血肉が通っていない。場合によっては人により生成され、戦場で盾としての役目を全うする土人形(ゴーレム)であった。天然の魔力溜まり、有力な魔物の体内に存在する魔石を核とした人造の魔物であり、戦に於いても肉薄するまでの移動型の盾、戦列を乱すためだけの楔の役目など、その用途と種類は実に広い。


「砂遊びをする歳じゃないんだがな」


 ウォルムが迷宮で対峙を余儀なくされているゴーレムの設計思想は至ってシンプル。背面等の装甲を排し、正面と腕部にのみ厚みを持たせたものであった。野戦であれば愚鈍なゴーレムを迂回するか、回り込み弱点から破壊するといった手法も取り得る。だが歓迎会の会場は、空間に制限の掛かった迷宮だ。特化型のゴーレムにとっては格好の独壇場。


 三体のゴーレムが通路を仲良く横列で迫れば、それは動く壁と同義であった。《強撃》であれば、堅牢な腕も切り落とせもするが、中途半端な攻勢は手痛い反撃を生む。何せ、正面装甲にのみリソースを割いたゴーレムは、大型に反して軽快さを持つ。健全なウォルムは腕部に生えた返し状の棘で殴られる趣味もなく、抱かれて擦り下ろされるのも好みではない。


 そうなれば後退も一手ではあるが既に一度、通路の前後をゴーレムの壁で囲まれ、危うくサンドイッチの具になり掛けたウォルムとしては、積極的に採用する気にはならなかった。これまで二十階層以上潜り、魔法の使用は控えていたが、潮時であることをウォルムは正しく認識している。肩を寄せ合い、内壁を削り落としながらも歩みを止めないゴーレムの集団に向けて、ウォルムは火球を放つ。


 悶えるような熱気を伴った火球は、目標物である中央のゴーレムに衝突すると空気を震わせ、内包する魔力を発揮した。逃げ場のない通路から火炎が踊り、熱風と炎が吹き荒れる。幸にして、火属性魔法の適性に優れたウォルムにとっては、この程度の炎であれば夏場の微風とそう変わりはない。


 直撃を受けたゴーレムの頭部は飛散、魔石を埋め込まれた中核部を失う。そうして支柱を失った建造物の如く、その崩壊は全身に伝わっていく。その余波を左右のゴーレムにも期待したウォルムであったが、直ぐに叶わぬ夢である事を悟った。一部は焦げ、炎が鎮火せずにこびり付いていたが、その機能性は何ら失われている様子はない。


 それどころかゴーレムはウォルムへと肉薄する為、十字に腕を組み頭部を庇った。こうなっては分厚い腕部ごと頭部の破壊は諦めなければならない。ウォルムは床を踏み鳴らす巨脚に向けて次球を放つ。巨軀を支える柱の如き脚ではあるが、関節部全てを分厚い砂で覆うことはできない。踵付近に着弾した火球は、存分にその効力を披露する。


 炸裂した地雷のようにゴーレムの片足を猛火が包み込む。前のめりになったゴーレムは、鉤爪状の指を壁に食い込ませ、転倒の拒絶を試みる。それでも抜本的な解決には至っていない。何せ膝から下はぷらぷらと千切れかけ、重量を支えるだけの機能を果たしていなかった。人間であれば負傷した仲間を庇うか、後退も有り得るであろうが、シンプルな命令しか受け付けない人造の魔物には望むモノではない。


 狂奔とでも呼ぶべき状態であるゴーレムは数少なくなった僚友と足並みを揃えず、ウォルムへと驀地であった。物理的な解決手段を取るために、ウォルムが握り込んだメイスの柄は硬く、頼もしい重量が伝わって来る。


 重量差のある相手に力比べで張り合うほど、ウォルムには男気などない。疾走を始めたウォルムは片手を突き出しながら戦棍を振るう。斧槍とは違い一歩、二歩と間合いの短い武器だ。必然的に距離が詰まる。


 ウォルムを捉えるべく、握り込まれていた指は開かれ、掌底といった形に変わり直線状に迫る。鉤爪もそうであるが、腕部の棘に引っ掻かれば、腕力に物を言わせて振り回される。挽肉どころかミンチ肉に成りかねない。


 失速することなく姿勢を急速に傾け、地面を蹴り上げる。そうして左側面に回り込みながら、突き出される腕部をウォルムは捌く。眼前には伸び切った無防備な腕が晒される。まな板のサハギンを捌かない人間はそういないだろう。魔力を纏った《強撃》に加え、その用途を打撃に特化させた戦棍は、肘を破壊するのに適格な組み合わせであった。


「止めたほうがいい」


 ウォルムの細やかな忠告をゴーレムは受け止めず、羽虫を払う如く壊れた右腕を振り回す。ひび割れ砕かれた肘は、その急激な動きに追従できず、遥か天井にその片腕を射出する。噴射推進器で放たれる腕のようだ。これがウォルム目掛けて飛んできたのであれば、度肝を抜かれたに違いない。哀れな腕は天井に真新しい傷を付けるだけに終わる。


 胴部に巻き付けるように戦棍を構えたウォルムは、右膝を側面から叩く。支えを失いゴーレムが手を突こうにも右腕は無限の彼方に旅立った。姿勢制御の限界を迎えたゴーレムは土埃を巻き上げ床に倒れ込む。


 残る腕で地面を掴もうとするが、戦棍が頭部を砕き飛ばす方が迅速であった。腕同様に射出された頭部の行方を確かめる暇もなく、影がウォルムを覆う。火球により片足を失った最後のゴーレムが追い付き、飛び込んできていた。その場を素早く後にしたウォルムは大重量のプレスを免れる。地面と同類の残骸により、がりがりと研磨されたゴーレムであったが、まだ機能不全には陥っていない。背中に飛び乗ったウォルムは杭を打ち込むように戦棍を打ち下ろす。


 確かな手ごたえと共にゴーレムの後頭部は大きくひしゃげた。それでも崩壊は始まらず、錆びついたように不自然な動きで頭部を撫でようとする。食い込んだままの戦棍を乱雑に捻ると、その抵抗も止みゴーレムの身体は土に還っていく。


 小高い砂場と化した足場に、ウォルムは気だるそうに下山を始めるが、トレッキングポール代わりのメイスがかつりと何かを捉えた。


「なんだ?」


 先端で砂場をほじくり返すと、灰色がかった黄色の中には相応しくない光沢を見つける。拾い上げると覆っていた砂がこぼれ落ち、その姿が大気に露わとなった。


「腕輪か」


 特別なものではない。銀製の腕輪で、真紅草をモチーフにした意匠であった。手甲の下に装着できなくもないが、あまりにも可愛らし過ぎる。男の戦友が身に付けていたら男色を疑うかもしれない。質屋に持ち込めば酒代にはなり得るだろうが、その程度であった。


「……貢物には丁度いいのか」


 高価過ぎては受け取り手も困惑するであろう。ウォルムは指で転がすように触り、質を確かめてから魔法袋に仕舞い込む。もう少しばかり鑑賞を続けていたいところであったが、そうにもいかない。何せ、迷宮の魔物は実に仕事熱心であり、実に兵士向けと言えよう。


「犬型のガーゴイル、それとマッドゴーレム。砂遊びの次は岩と泥遊びか?」


 砂遊びで収穫を得たウォルムは、これから遊ぶ岩と泥にも淡い期待を抱く。すっかり身に付いてしまった独り言に答える者など居るはずもなく、ウォルムは戦棍で来客の対応に追われた。





 空気は寒気を覚えるほどに冷え込み、閉鎖空間特有の淀みが、その部屋に滞留していた。そんな薄暗い一室で、裏社会の支配者の一角であるジーゼルは手下からの報告を受けていた。


「標的の情報を統合すると、決まった寝床を持たず安宿を転々とし、大半は迷宮で寝泊まりしています。地上での食事も決まった店で取らず、酒場にも売春街にも姿を見せません」


 ジーゼルは指で机を鳴らす。街に潜らせている目は多岐に渡る。自身が情報源であると認識すらしていない人間も含まれており、売春街、酒場、宿と言った安い情報元から商店、一部はギルド内部まで及んでいた。それがどうだ。たかだか流れ者一人の行動すら把握出来ずにいる。


「つまり迷宮籠りで、地上での動きもふらふらしていて行動が分かりませんでした、か?」


 ジーゼルの呆れ混じりの声に、手下は慌てて言葉を取り繕う。


「申し訳ありません。迷宮内で寝泊まりをされると、如何にも監視が継続できずに」


 手下を蹴り飛ばすのは簡単ではあるが、不本意ながらも一理はあるとジーゼルも認めざるを得ない。地上とは異なり、迷宮内での人間の密集は好まれない。監視する人員を手配しようにも、階層を重ねれば重ねるほど、魔物との戦闘は必須であり、標的に悟られる恐れが強くなる。


「今は何処まで潜った?」


「単独で二十五階層まで」


「忌々しいな……社会性が著しく低く、単独で我を通す人種か。無事に迷宮で寝泊まりしているとなると、相当に警戒心も強い。行動様式の特定も困難。色街や宿で寝首を掻くのも、酒場で毒殺も狙い辛い」


 幾ら腕っぷしが強い人間でも、三大欲求を満たす時間は警戒心が緩み、実に脆弱であることをジーゼルは知っている。これまで数え切れない程の標的をそうして処理してきた。そしてジーゼルの経験上、そうした欲に囚われない浮世離れした人間と言うのは、実に面倒な相手である。


 素性を完全に掴めぬとも、ハイセルク製の防具から亡国の兵士には間違いない。ハイセルク帝国は戦乱の果てに滅亡したとは言え、残存する地域社会は存在する。そこから単独で脱する者は、大体が犯罪者や嫌われ者、富と名声を欲する強欲者が殆ど。だが、ジーゼルの標的であるハイセルク兵はそのどちらにも当てはまらない。


「そもそも単独で迷宮に身を投じる必要性が無い。余程協調性に欠けるか、融通の利かない偏屈な奴だ。兵士に有りがちな女や酒にも興味無し。心身を律する自制心を持ちながら、その割に単独で迷宮に挑み続ける無謀さ。頭が回らない訳でもない。……死にたがりか?」


 ジーゼルは報告の断片から人物像を考察する。死に場所を求め、迷宮を訪れる者が居ないわけではない。家や領地を失った貴族や騎士崩れ、自棄になった兵士に多い傾向であった。思案に耽るジーゼルであったが、薄暗闇からの声に、意識は現実へと回帰する。


「求道者に近い物を感じるのう。はたまた破滅主義か。何にせよ、行動理念に祖国の滅亡が影響を及ぼしておるのは間違いあるまい。この手の人間に短絡的な襲撃は悪手、儂の手勢を使え」


「良いのか爺?」


「概ね素体集めは終わっている。今は手すきだ。それに、この情勢下で取り易い手練れの体は惜しい。迷宮潜りの耳長も木偶の坊も腑抜けているとは言え、奴らは殺し難い」


 復讐の手助けを兼ねた素材集め、どちらに重きがあるかは微妙な塩梅であろう。ジーゼルの育ての親である爺もまた、復讐に身を捧げている。その根の深さと執念はジーゼルの比ではない。仇の取り方に拘るほど潔癖ではないジーゼルは部下に命じ、情報を伝達する。要はどんな形であれ死ねばいいのだ。心臓が止まり、朽ち果てれば愚かな弟への義理は十分であった。

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[気になる点] 挽肉どころかミンチ肉に成りかねない →挽肉とミンチ肉は同じものですよ。 流石に驀地(まっしぐら?)には、ルビをふった方がよいと思います。 [一言] いつも楽しく読ませてもらっています…
[気になる点] 「概ね素体集めは終わっている。今は手すきだ。それに、この情勢下で取り易い手練れの体は惜しい。迷宮潜りの耳長も木偶の坊も腑抜けているとは言え、奴らは殺し難い」 でくの坊って共和国の巨…
[気になる点] >特別なものでは無い。銀製の腕輪で、真紅草をモチーフにした意匠 ・・・・の真紅草、二章三話の治療院の先生に真紅草の名称は教えてもらったけども絵面などは見たことなかったはず?? であ…
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