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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

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第四十四話

 斧槍により喉笛を破いた先頭のゴブリンが、血反吐を撒き散らしながらもウォルムへと迫る。まるで溺れゆく者が藁をも掴む勢いだった。残る二体もウォルムへと飛び込んでくる。大した根性だ。迷宮外の個体ではそう居ない。


 構えを解き、腕を振り下した勢いで上半身を逸らし、合わせて足を後ろへと引く。ゴブリンの両腕がウォルムがつい一瞬前まで居た空間を抱きしめた。腰を捻り、石突きで側頭部を強打すると、骨が砕け散る感触が手から伝わる。後方に転がり微動だにしなくなったゴブリンを横目に、残る二体のゴブリンへとウォルムは意識を割く。


 ウォルムは左下部に沈んでいた斧頭を掬い上げるように振り切った。腰から肩口までを両断された小鬼は成す術もなく地に伏せる。最後のゴブリンが棍棒を振り回すが、遺骸を盾に回り込んだウォルムには掠りもしない。切り返しで斧槍を頭部に叩き込まれ、顔面から地面へと倒れ込んだ。


「階段を下って直ぐに歓迎とは、仕事熱心で困る」


 ウォルムが五層目に降り立ち、一つ目の小部屋で熱烈な接待を受けていた。すっかり動かなくなった小鬼の三兄弟から通路に目を移す。分岐路は三方向あるが、どうにも判断に困る。探る要素が無いのではない。あり過ぎるのだ。無数の足跡に、未消化の血肉、至る所で声が鳴り響いている。


「ここが、低層の狩場と言う訳だな」


 迷宮に潜った庶民や駆け出しの多くがこの五階層に踏み留まり、日銭を稼いでいるのだろう。そうなると旨味どころか雑味とえぐみ、嘔吐物を食べる方がマシとされるゴブリン以外の魔物か、役立つ品が産出されるに違いない。一先ず、最も音のしない通路に進もうとしたウォルムであったが、雑音の中に混じって足音を拾う。通路を睨み、その正体を掴んだウォルムは、その名を口にした。


「オークか」


 豚面に膨れた小腹、人の背丈とそれに見合った手足を持つ魔物がウォルムに吠え掛かる。棍棒で急所を隠し迫るオークに対し、ウォルムは腰を落とし待ち受ける。棍棒による打撃と重量差を活かしたぶちかましが狙いと見えた。


 突きから上段に構えを変化させたウォルムは、間合いの調整で一歩小さく踏み出し、斧頭を叩き込んだ。《強撃》無しでの一撃であったが、庇うように上げたオークの上腕を切断、こめかみから上を切り取る。制御を失った身体が慣性に従い滑り込んできた。


 足元で綺麗に止まった遺骸をウォルムはまじまじと観察する。破滅的な敵意以外は、通常のオークと差異は無かった。食べれば美味いことを部下やかつての世界の同郷から学んではいるが、実際にバラしたことはない。


 大雑把に手順で考えれば血を抜き、内臓を打ち捨てれば、大体の獲物は食せるだろう。解体するか逡巡するが、ウォルムの目的は眼の治療である。抜本的な解決の為には深層まで潜らなければならず、現状維持でも多額な金銭が必要だ。低層にてオークの解体に勤しんでいては、どう足掻いても間に合わないだろう。


 その場を後にしようとしたウォルムであったが、背後から呼び止められた。それはオークとの戦闘中に、この小部屋にやってきていたパーティだった。戦闘が終わるまで待機しているのだろうと無視していたが、呼び止められて反応しない訳にもいかない。


「解体しないんですか、迷宮に横取りされてしまいますよ」


 いつの間にか、ウォルムが追い抜いていたあの駆け出しのパーティだった。


「ああ、今は必要ない」


「それじゃ、それ貰ってもいいんすか?」


 黒い骨を大事そうに抱えた冒険者が、ウォルムに尋ねる。なんの探りも無い直球勝負であった。


「あんたは、何時も」


「口を閉じろ、馬鹿」


 パーティーの総意ではなかったのだろう。骨の冒険者は、脛を蹴られ、小突かれ、足を踏まれる。見事な連携である。狙ってやっているのだとしたら、酒場の酔っぱらいの話よりも格段にユーモアがある。ウォルムは斧槍にへばりついた血を振り飛ばし、向かい合った。


「気に障りましたよね。ごめんなさいっ」


「あ、あんた、早く謝りなさいよ」


「すみません、魔が差しただけなんです、勘弁してください」


 後ずさりする面々に、ウォルムは僅かに口角を吊り上げる。


「やる。好きにしろ」


 ウォルムが呟いた言葉がよほど意外だったのか、狐につままれたように、固まっていた。


「え、あ、あの、ありがとうございます」


 現実へと回帰したリーダー格と思わしき冒険者がウォルムへと礼を述べた。


「ああ」


 ウォルムが部屋を後にすると、わたわたとオークへと群がり解体を始めた。槍持ちと剣持ちは、通路を睨んでいる。数を活かし、理にかなっているとウォルムは納得する。これから迷宮に挑んでいくというのに、なんとも気が抜けた。良くないだろう。以前のように気を張り詰めなければ、ウォルムは迷宮で己が肉と魂を召し取られかねない。より一層気を引き締め、通路を抜けていく。


 その後、数パーティーと擦れ違い、魔物との十に満たない戦闘を経て、ウォルムは異質な大広場へと辿り着いた。百人程度が距離を保てる空間には、多くの人間が腰を落として休憩している。セーフルームとも呼ばれる五層ごとに存在する転送室に違いない。ウォルムが通った入り口の反対には、同様の通路が伸びている。更に階層を潜る場合には、今までに倣い階段を下るのだろう。


 セーフルームの奥には扉が見え、一度入った者が部屋に戻ることは無い。ウォルムは確認する為に扉を開け放つ。地上でウォルムが飛び込んだ黒い穴が、中央に鎮座していた。受付嬢の提言に加え、迷宮内部の下見は済んだ。再び黒き穴に飛び込むのは気が進まないが、留まる理由もない。


 小さく息を吐いたウォルムは、穴に飛び込み漆黒に身を委ねる。暗転した視界が晴れ、行きとは違う番兵がウォルムを出迎えてくれる。そうしてウォルムは地上への帰還を果たした。番兵の横をすり抜けスロープを上がり切り、そのまま廊下を進む。幾つかの分岐路や用途不明の部屋が並んでいるが、ウォルムはそれらに寄り道せずに真っすぐ歩み続ける。


 人の賑わいが次第に強まり、待機場へと辿り着いた。ウォルムは忠言をくれた受付嬢へと戻る。


「無事に戻れたんですね。おかえりなさい」


 屈託のない笑顔で受付嬢はウォルムを歓迎してくれた。


「お陰様でな。助言、助かったよ」


「ご謙遜を、その様子なら煩い小言でしたね」


「迷宮に関して俺の知識は乏しい。素直にありがたかった」


「ふふ、そう言って貰えると、嬉しいですね」


 割符を返却し、保証金を受け取ったウォルムは迷宮を後にする。迷宮への知識を深め、下見も済んだ。残りは物資を買い整えるだけである。そうして日が暮れるまでにウォルムは必要な品を買い足し、駆け出しの冒険者達が愛用する日泊まりの安宿を見つけ出し、身を休める。


 天井裏に割り当てられた客室は、極薄の間仕切り板で区切られ、大人一人が荷物を置き、横になるだけの部屋であった。鰻の寝床から奥行きを取り去ったと言っても過言ではない。仕切りの隙間から隣人のいびきや酔いの回った冒険者の笑い声が漏れ込んでくる。


 疼き熱を持つ眼を宥めるように、ウォルムは瞼を閉じた。たどり着きはしたが、何も成していない。ここからが始まりだ。黒き穴を潜り地上を離れ、底へ、深い底へひたすら潜っていかなければならない。名声を、夢を掴むために、無数の挑戦者達が破れ、捕らわれた迷宮の深層。心身ともに、甘えも妥協も許されない。否が応でも昂る精神を抑えつけ、ウォルムはゆっくりと意識を手放した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どこまで潜ったら冒険者じゃないことにイチャモンを付けられるかな… 他国の騎士上がりってのが兼業冒険者なのかは気になるところ。 あとなにも換金しなかったことは気付かれるのかしら。
[気になる点] 戦闘は良いとして、罠なんかが出てくると手こずるかも
[一言] 連日の更新ありがてえありがてえ。 殺伐としてた日々からすればすごくのんびりしてるように見える(錯覚) あとは探索者と組んで深層かな?この町出身の攻略者欲しいってあったし、チームを組めばまた濁…
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