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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

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第四十一話

 仕入れたばかりの商品の修繕に励んでいた刀剣商は、手入れ道具を机へと手放し、疲弊した精神を労る為に安楽椅子へ深く腰掛けた。


「珍しくお疲れのようですけど、どうしたんです。あの客が何かしましたか」


「いや、そんなことはない。使われてる素材も良質な品ばかりだ。悪くない取引をさせて貰った」


「その割には、気疲れしてるみたいですけど……しかし、あの傭兵、魔法袋まで持ってましたね。何処ぞの貴族から持ち逃げしたとか。あ、オーナー、まさか盗品扱いしてぼったんですか」


 血生臭い傭兵相手にぼったくれば気疲れもするに違いない、と冗談めいた口調で使用人が手を叩く。刀剣商はこめかみを押さえながら使用人の言葉を否定する。


「お前の接客は悪くない。客も良く見てる。だから雇い入れたが、その口の軽さは悪い癖だ。何時か災いを招きかねない」


「へへ、すいません、気を付けます」


 普段であれば、懇々と説教をする刀剣商であったが、目の前にある品々から伝わって来てしまった情報に、刀剣商の気も口も重くなる。何せ、多くの商品が猛火に包まれたであろう痕跡、剣に限って言っても、焼けた手袋や皮脂の焦げ付きが微かに残っていた。残る武器もそれなりに手入れされていたが、長年武具の取り扱いをしてきた刀剣商の眼を誤魔化せはしない。革製グリップや柄を薬品を付けた布で拭き取れば、やはり焦げた血と脂が付着している。


 戦場の焼け跡から収集したのであれば、刀剣商の心も晴れよう。だがもし刀剣商の想像通り、あの傭兵がそれを成したのだとしたら――上質な物品だけを選りすぐっただけでこの数である。一体全体でどれだけの人間を焼き殺したと言うのか。


 刀剣商とて店を構えて四半世紀、血に濡れた戦後の武器や遺品を幾つも扱ってきた。一介の傭兵に恐怖を感じるなど矜持が許さない。それでも、だからこそ、刀剣商の培ってきた経験が傭兵の異常性を嫌でも感じ取ってしまう。


「……あいつらは何か買っていったか?」


 何時までも引き摺る訳にもいかない。刀剣商は意識を切り替える為に、使用人へと尋ねた。


「薄い革製のグローブを買っていきました。しかし、オークの骨で迷宮を潜るなんて、若い冒険者たちは恐れ知らずと言うか、本当に良くやりますよ」


 使用人の声には、呆れと羨望の色が交じり合う。無理もない。この都市に住まう者であれば、誰しも一度は迷宮に挑もうかと真剣に悩むものであった。


「無理が祟って死ぬ奴は多い。だが、そんな奴らの中から、外の兵士すらも羨む武具、フルオーダーの防具を即決で買えるような奴が出て来る。そこの黒い骨入れは、先行投資だ。初めて武器を手にした店で、また物を買う奴は少なくない」


 刀剣商が殆ど利益無しで、ダークスライム塗りの骨製武器を売るのは、そう言った理由があった。それに彼らは上客のみならず、優秀な仕入れ先にさえなり得る。


「まさか、あの三魔撃も?」


「ああ、信じがたいが、そこの骨を一つ買って迷宮に飛び込んだ。あいつは別格だ。あの若さで、迷宮の制覇者に手が届きかけている。願わくば、届き得るといいが」


 迷宮を制覇せし者。それは刀剣商のみならず、ベルガナの住人にとって特別な意味を持つ。武と富の象徴であり、三大国の中でもその名声を侮る者など居ない。忌々しいことに、ここ数十年は迷宮都市出身者から制覇者は誕生していない。直近の制覇者と言えば、群島諸国の首都である本島出身者、亜神の血筋を引くと宣うメイリス共和国の木偶の坊、アレイナード森林同盟の耳長、ギルド直下の冒険者だけであった。ボルジア侯爵は新しき制覇者を何としても迷宮都市の市民から生み出すために、心血を注いでいる。


「やっぱ俺らとはモノが違いますね。しかし、制覇者の御用達、最高の響きですね」


「ふん、まあ、そうだな。悪い響きではない。それより、娼館通いも程々にしろ。香水が臭うぞ」


 甘ったるい匂いは鼻を狂わせる。商品を扱う身の刀剣商としては、好まざる匂いであった。


「へへ、すいません、気を付けます」



 ◆



 迷宮都市の中心部に向かえば向かう程、建物に使われている建築材料の格式が高くなっていく。時折、周囲とは形式が異なり、年代を感じさせる家屋も混じってはいるが、良く整備され、外壁には真新しい塗料が塗られている。武具屋、飲食店、宿屋の他、鍛冶屋や公衆浴場まで詰め込まれ、あらゆる商店が立ち並んでいた。


「なんとまぁ、随分と変わった都市だ」


 一方の出入りする人は様々、職業別で言えば切りがない上に、冒険者に限っても上は騎士や将軍にも劣らない装備の持ち主、下に限って言えば庶民が日用品や農具で武装している始末だ。ウォルムが出会ってきた冒険者達とは、あまりにも姿がかけ離れている。


「装備で全てが決まる訳ではないが……」


 郷土愛、愛国心の末に国家間の戦争に飛び込み、敗戦後は己の矜持や命まで捨ててでも、故郷の住民を守ろうとした冒険者達がウォルムの脳裏に強く残っている。最初こそ道は違い、殺し合いに興じた連中であったが、その生き様は、ウォルムにとって眩しくもあり、不本意とは言え、尊重すべき部分すらあった。


 それが擦れ違う冒険者達はどうだ。駆け出しの冒険者は見た目はどうであれ、理解は出来る。財布を逆さまにして持ち金の全てを注ぎ込み、迷宮に挑んでいるのだろう。だが、中堅以上の冒険者の多くは赤や黄や青など、ウォルムの眼が痛むような見た目をしていた。実用性は兼ねているのだろうが、派手で飾り気のある装備は迷宮では必要だと言うのか。その身には、香水まで振り撒いている。


「……時には、見た目や見栄は重要だ。虚勢で勝つこともある」


 彼らの奇抜な格好もその一環なのかもしれない。実際に、一定の成功を収めているからこそ、こうして街中を闊歩しているのだ。そうだとすれば、ウォルムは酷く汚れ面白味のない人間に映っているのかもしれない。


「まあ、どちらにしても、俺には真似できないか」


 現実逃避とばかりに思考を放棄したウォルムは冒険者の背を追い進んでいく。都市中から戦闘を生業とする者達が集まっていた。見た目はどうであれ、軍隊生活で慣れ親しんだ光景だ。そして人込みの先に、ウォルムが目指す場所が存在していた。


「これまたデカいな」


 それまで無駄な隙間など許されない、とばかりに立ち並んでいた建築物とは異なり、開けた空間には千人規模の兵が隊列を組める土地が広がっている。そんな敷地の中心には石畳が真っすぐ伸び、並走するように彫刻が美しい石柱が並ぶ。そしてその先に巨大な建築物が聳え立っていた。白を基調とし、美しさを保ちながらも、その大きさにより訪れた者を圧倒する重厚感と存在感を持ち合わせている。


 あまりの規模に、ボルジア侯爵家の居城ではないかと勘ぐってしまう。そんなウォルムを嘲笑うように、身なりや性別、年齢を問わず、人々は迷いなく足を進める。決定打は、開け放たれた門の脇にある石材だった。ベルガナ大迷宮、その横には冒険者ギルド・ベルガナ支部と刻まれている。こうなっては間違いなどあり得ない。


「まあ、なるようにしかならないか」


 そうしてウォルムは敷地へと足を踏み入れた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 傾奇者やランツクネヒトみたいなもんかな>派手派手冒険者
[気になる点] アル達の仲間だった二人と会えるかも? [一言] 見栄なんかもあるかもしれないけど、上位の冒険者が格好よくして皆の目標になる、という側面もありますからなぁ
[一言] ウォルム君の、見る人が見れば分かるやべー奴感好き。
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