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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

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第二十八話

「はぁ、駄目だ。全員死んでる」


 周囲に散らばる遺体の始末に頭を悩ませ、ウォルムは溜息を吐き出した。幸い、危惧していた更なる襲撃者が姿を現すことはない。火球により生じた小火も既に鎮火済みであった。


「たまには、役に立つんだな」


 ウォルムは外した面を眺めてぼそりと呟くと、穀潰し扱いされてきた鬼の面が反抗と抗議の意思を示してカタカタと震える。


 就寝時に袋の中に放り込んだままにしていると、何時までも震えて小煩い面であった。それがまさか木に吊り下げたおかげで夜襲防止の役目を果たすとは、ウォルムは思いもしなかった。


「あー、俺が悪かった。大人しくしろ。抵抗するな」


 鮮血を浴び、流血に酔った面は上機嫌に揺れ動く。どうにか宥めて腰袋へと押し込み、ウォルムは現状を確認する。


「領境ギリギリを移動していたつもりだが、メイゼナフ側に入り込んでいたか」


 ウォルムは、魔法銀鉱で友軍への損害を問うダリマルクス家の捜索から逃れる為、領境の移動をしていた。それがメイゼナフ領兵と思わしき八人に寝込みを襲撃されてしまう。恐らくは領境に哨戒網を張っていた一団だ。八人だけとは思えず、近場にも幾つかの隊が展開しているに違いない。


 尋問しようにも、突然の斬り合いで戦闘のスイッチが切り替わってしまったウォルムは、一人の生け捕りも出来ずに皆殺しにしてしまった。慌てて唯一虫の息だった兵を励ましたが、明らかな致命傷を前に効果の程は無かった。


「直ぐに移動しないと、下手をすればメイゼナフ、ダリマルクス両方に取り囲まれるな」


 そうは言いつつも背嚢、腰袋を素早く漁り、金目の物や食料を素早く回収していく。衣類まで剥ぎ取るつもりはなかったが、各種物資や金品は死人には必要ない物だ。森の中でただ朽ち果てるよりも、人の輪の中で消耗される方が、有意義であろう。


 とは言え、亡骸をぞんざいに扱い、歩き回る死体と化しても困る。非が有る無しに関わらず、死人に変えたのはウォルムなのだから――生産責任者としての責任を負わなければならない。


 従軍僧侶のような信仰心も祈りの言葉も知らぬウォルムに出来る事は限られている。ウォルム自身、これでいいのかと呆れながら、聖水代わりの酒を振り撒き、兵隊煙草に火を付けて手を合わせる。


「アンデッドには、成ってくれるなよ」


 杜撰な後始末を済ませたウォルムは直ぐにその場を後にした。時刻は真夜中、暗闇が何処までも広がり、光源の無い森を進むのはどうにも難儀する。元々はメイゼナフ領を横断して迷宮都市に入るつもりであったが、今回の歓迎ぶりを鑑みるに、ルートの変更は急務だ。


「確か、沿岸部はメイゼナフ家、ダリマルクス家どちらにも属さない……はず」


 ウォルムはうろ覚えの地理を思い返す。ダリマルクスを避けて迷宮都市に入るルートは限られている。最も手堅いのは間違いなく沿岸沿いに進む道だった。沿岸部を支配するサンヴィアナ子爵領は海洋資源、大型帆船を用いた海運により健全な領地運営を保っており、表向きには魔法銀鉱を巡る戦いに中立を保っている。


「行き場所は決まった。後は腹か。細切りのジャーキー、何の肉だ……? まあ、食えるだろう」


 夜通し行動するにはカロリーが必要だ。それに戦闘で体力も魔力も消費している。幸い、先程の戦闘により、ウォルムの食糧事情は改善されていた。死体を作り上げて間も無く、乗り気ではないが、胃に何かを詰め込まなければならない。


 死体から血肉で汚染されていない食料を取り分けていたウォルムは、小袋に詰め込まれていた何の肉かも分からない干した肉を奥歯で噛みちぎる。すり潰すように咀嚼すると、強い塩気の後に、旨味が溢れてくる。続け様に二本、三本と平らげたウォルムは別の袋を取り出し、中身である雑多な豆類を鷲掴みにすると、口腔に頬張る。


 ぼりぼりと噛み砕き、咀嚼したウォルムはそれらを飲み込む。軽く炒ってあり、こちらも塩気混じりであった。


「固いし、塩気がキツイ」


 水筒を取り出し、喉の渇きを潤したウォルムは再び干し肉を噛みちぎる。できれば腰を落ち着けて真夜中の食事に移りたいが、事態がそれを許さない。温め無し、動き回る立食式、手掴みの三つが揃った何とも行儀が良い、優雅な食事だった。



 ◆



 寝不足に加え、気怠い疲労感に包まれるウォルムの身など世界は考慮しない。何時もと変わらず双子月を追い出した太陽が天高く輝き、朝日がウォルムを包む。十分な睡眠を取っていれば、多少なりとも活力を貰えるのだろうが、今のウォルムにとっては陽の光はむさ苦しいだけの存在だった。


 既に夜襲を受けてから四度目の朝日であった。深夜に僅かな時間の睡眠、日に数度の小休憩を除きウォルムは歩き続けている。危惧された追撃者の影は見えず、一先ずは安全地帯へと抜け出す事に成功した。


 それでもウォルムの気は安らぐ事は無い。陰鬱な草木を掻き分け、不安定な足場で注意深く足を進める。永遠に続くかと思われたそれらの光景に、遠方の微かな木漏れ日が終わりを告げた。


「まともな道に出たか」


 道なき道を進むウォルムであったが、何度目かの踏み固められた道にたどり着く。随分と距離は稼いだ。そろそろ通行路を歩いても問題はないだろう。


 疲労により凝り固まった首を回し、四日ぶりに小さな笑みを浮かべる。腰を落とし、地面に膝を着いたウォルムは地面を睨む。真新しい足跡に加えて、車輪の軌跡がうっすらと残されていた。少量ではあるが、荷車を牽引させた駄獣の糞まで存在している。糞は多量の水分を含み、まだ半日も経っていないだろう。


「どちらに行ったものか」


 高価な地図など持ち合わせている筈も無く、異国、それも全く土地勘のない場所だ。悩んだウォルムは最も真新しい足跡を辿ることにした。幸いにして鬱陶しい動植物に阻まれることも、無限の如く湧き出る羽虫の類もいない。


 小休憩時に羽虫の集団がしつこく纏わりついた時に《鬼火》で焼き払えていたらどれだけ清々しかったことか――勿論、ウォルムにそんなこと出来るはずもない。無意味な現実逃避であった。現実に《鬼火》を解き放てば、窮地に陥り苦しむのはウォルム自身であり、気晴らし程度にしか意味を成さない。


 くだらない考え事が次々と脳内へと浮かぶが、足取りそのものは順調だった。道端を観察していると、実に様々な情報がウォルムの眼に飛び込んでくる。休憩に使用したと思わしき小岩、文字通り家畜が道草を食った跡、手頃な青草が毟り食われていたことを鑑みるに、それらの跡は交通路として頻繁に利用されていることを示唆していた。


 曲がり道を抜けた先で、遂に先駆者たる人影を捉えた。ウォルムは無意識に足取りが速くならないように抑制を心掛ける。農民時代とは異なり、今のウォルムは親しみを持たれる身なりではない。誰しも、見知らぬ完全武装の男が背後から早足で迫れば、最大の警戒を持って接するだろう。


 距離が詰まるにつれて人影の詳細が掴める。人数は三人、荷車を頸環で連結した輓獣である牛を連れていた。身なりから判断するに農民に違いないのだが、ウォルムの知るかつての祖国の農民達の姿とは随分と違う。


 流石は三大国と言ったところか。彼らがたまたま豊かな農民であるだけかもしれないが、駄獣として牛や馬に直接荷を括り付ける事が多かったハイセルク帝国の農民と異なり頸環により荷車を牽引している。牛の肉付きも良く、牛歩の歩みとは言え、多くの荷を運んでいた。


 細心の注意を持って背後まで追い付く。ウォルムの存在に気付いてから、三人組は随分と背後を気にしていた。荷台を随分と確認するのは、何らかの武器か、武器代わりの農具を積載しているからだろう。


 既に視線は隠されず、ウォルムに注がれる。足元から頭の先まで、腰のロングソードに自然と視線が集まった。ウォルムは真横に居並び、なるべく声色を明るく話し掛けた。


「やぁ、調子はどうだ」


 斬り殺した相手からの罵倒や悲鳴を含めたとしても、四日ぶりの人との会話であった。幸い、口は正常に回る。


「あー、ぼちぼちだ」


 反応したのは三人の中で最も年長者だった。


「見たところ冒険者……いや、傭兵みたいだが、あんたもメイゼナフ領へ行くのか」


 深い皺が刻まれた年長者の男が問うた。恐らくは防具に残る傷から、魔物よりも対人に使われていることを悟ったのだろう。それよりもこの年長者は気になる事を吐き出した。


「ああ、まあ、傭兵には違いない。それより、ここはメイゼナフ伯爵領ではないのか?」


 ウォルムが質問の一つには答えず、訝しんだ表情を浮かべた男であったが、暫しの間を置くと返答を始める。


「……なんだ、外の人間か? ここはサンヴィアナ子爵領、今回の魔法銀鉱の騒動には無関係の領だぞ」


 魔法銀鉱を巡る戦いで、静観の立場を取った独立心の高い子爵領だ。ウォルムが望んだ土地でもある。


「そいつは素晴らしい」


 ウォルムの心からの言葉を、嫌味か自虐に捉えたのか、男は僅かに気の毒そうに訪ねた。


「道に迷ったのか」


 道を誤り、戦いに参加できなかった哀れな傭兵の如く扱いを受けたウォルムは正直に答えた。


「逆だ。その魔法銀鉱から来た」


 顔色を変えた年長者は戦の行末を気に掛けていた。隣接する領主同士の争い、それも農民といえど、戦による影響は軽くはない。


「やはりメイゼナフが勝ったか?」


「いや、ダリマルクスの大勝ちだ」


「あの欲深いメイゼナフが負けたか、それは驚きだ」


 サンヴィアナ子爵領も圧力を受けていたのだろうか。年長者は嬉しそうに頬を緩めたが、直ぐに元の表情へと戻る。ウォルムがここに居る理由を考え付き、きっと大敗したメイゼナフに組した傭兵の一人だと思っているに違いない。


 下手な事を言えば、逃げ延びてきた傭兵が当たり散らす恐れもある、そんなところであろうか。勝手な思い込みだが、ウォルムは敢えて否定しなかった。


「収穫はあった。個人的には悪い戦ではなかったさ」


「それは良かった」


 機嫌取りの一環かもしれないが、農民の年長者はウォルムを祝福してくれた。想定したよりも警戒はされていない。一先ず胸を撫で下ろしたウォルムに対し、静観を貫いてきた男二人が矢継ぎ早に尋ねてくる。


「何を得たんだ?」


「やっぱり金貨とか武器とかじゃねぇ」


 年長者は顔を顰めた。若い二人は息子、又は預っている親族の若い衆であろう。積み込んである農作物の運搬、その手伝いと護衛を兼ねて連れてきたとウォルムは推測した。


「やめろ、失礼だぞ」


「別に、構わない。そうだな、見せられる物だと」


 ウォルムは魔法袋と悟られないように、マントで隠しながら幾つかの短刀を引っ張り出した。


「ほら、持ってみるか」


「いいのか」


 遠慮の言葉を吐いた二人だが、直ぐに受け取るとシースからナイフを引き抜く。まるで玩具に群がる児童のようだ。


「柄が分厚い」


「柄が中空になってるんだ。棒をはめれば槍にもなる」


 耐久性の問題があり、ウォルムの好みではない。それでも槍を失った際に、手頃な棒を差し込み代用品に化ける短刀は、それなりの需要がある。


「あんたは商売人もやるのか」


 きゃっきゃとはしゃぐ二人を見た年長者は、額を押さえながら、ウォルムを恨めしそうに一瞥する。ウォルムも、きゅうりや人参などを切り、切れ味をアピールする出来の悪い実演販売をする気はない。


「まさか、持ち歩くには重くて早く手放したいだけだ。一本小銀貨五枚で売ってもいい」


 非常時とは言え、荒事や狩猟用途に作られた短刀は値が張る。ウォルムが提示した金額は、手間暇と使われている鉄を考えれば破格と言ってもいい。魔法袋に詰め込んでいる為、重量こそ負担は掛からないが、大型の背嚢程度しか詰め込めない都合上、多くの荷物を抱え込めない。


「銀貨五枚!? 本当か」


「伯父さん、銀貨五枚ですよ」


 若い二人は間柄まで暴露してくれた。身内の攻勢に悩む年長者の背中をウォルムはそっと押す。


「……裏の事情とまでは言わないが、まあ、本音を言うなら周辺の地理が知りたいんだ。その手間賃分、安くしている」


「大した話はできないぞ?」


「俺にとっては大した話だ。何せ自分が何処にいるかも分からない」


 自虐するようにウォルムは肩を竦める。それがダメ押しになったかは不明だが、年長者は決定を下した。


「よし、分かった。お前達、買ってやる。その分、わかっているな。働いて貰うぞ」


 銀貨十枚を手渡され、目出度く短刀は若い二人のものとなった。新しい玩具に夢中となる彼らを尻目に、ウォルムは年長者に目線で催促する。


「それで、何が聞きたいんだ」


「食料や日用品が揃えられる近場の村か街、迷宮都市までの道のりが知りたい」


 考える素振りも見せず、年長者はウォルムに即答する。


「都市までは簡単だ。今から俺達は作物を卸しに行く」


「あんた達は神の使徒か」


 今であれば神とやらに胡麻を摺ってもいい。ウォルムは大袈裟に最上級の褒め言葉を宣った。


「驚くにはまだ早い。今から行く街は港街だ。内陸にある迷宮都市近くまで帆船が出てる。そこからは徒歩だが、陸路よりも早い」


 ウォルムはこの世界で海は見たことはない。まだ見ぬ大海に思いを馳せながら、ウォルムは会話を続けた。


「海か、それは楽しみだ」


 こうなっては、若年者達を馬鹿にできない。飾り気も、嘘偽りも無くウォルムは心情を吐露した。

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― 新着の感想 ―
引き入れた傭兵の正体は神か悪魔か鬼人か
[一言] 魔領から離れてるし、銀の取り合いで疲弊したあとだ。 敗残兵の盗賊ぐらいか?遭遇する危機としては。 しばらくは海の幸でのんびりできそうだ(ωー
[一言] 久しぶりの平和回に心が和む。 常に切った張ったは面白いけど心が荒むし、疲れちゃうからね。偶にはこういうのがいいんだ。
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