好きにならない理由
通路を抜けて広間に出ると、そこにはやはり獣型と、翼の生えた蛇のような魔物が居た。広くはない城内でひしめき合っていた魔物達は飢えているのか、その場に現れた人間の気配に敏感なようだ。目が合った瞬間に一斉に襲いかかってくる。
「突っ切るしかなさそうね……」
彼女の言葉にセイも頷いて、剣を振るう。ディアナが鉤爪を振りかざす魔物に剣先を叩き込むと、彼がその横から飛び出してきた魔物をなぎ払った。振り返った彼女が床を蹴れば、青年はその足を掴もうとする魔物を斬り捨てる。
彼らに群がる魔物は、あっという間に数を減らされようとしていた。
しかしその時──頭上で悲鳴が上がる。
「うわあああ!来るなってば!」
「イール!」
見上げると天井近くを飛んでいた相棒に向かって、翼の魔族が襲いかかろうとしていた。イールも敏捷にそれを避けるが、相手の数が多い。偵察に長けた彼に大きな攻撃手段はないし、広間の真ん中で逃げ場もない。このままではやられてしまう。
どうしよう、と焦った瞬間──
「ディアナ!」
はっきりと呼ばれた声に振り返れば、セイが剣を床に突き立てる。空いた両手を組んで、クイッと顎で上を指し示した。
「!」
考える間もなく彼の意図を悟って、ディアナは走り出す。助走の勢いそのままに、彼の組んだ手に足を掛けると、セイがその両手を思い切り振り上げた──ちょうど打ち上げられるようにディアナの身体が天井近くまで跳躍して──イールの周りを囲んでいた魔物を一閃する!
「っ」
視界の隅で、イールに近づく魔物はもう居ないと確認しながら──高く上がった身体は重力のままに落下した。
“ドサッ!”
反射的に目をつぶって多少の痛みは我慢したが──痛くない。衝撃はあったものの、むしろ柔らかい。
目を開くと、アクアマリンの瞳が自分のすぐ傍にあった。
「……怪我はありませんか」
「……セイ」
彼に抱きとめられたのだと気づいて、ディアナは慌てて首を横に振る。
「良かった」
間近で向けられた微笑みと、一度だけぎゅっと力を込めて抱き締められたその温もりに、ドキンと心臓がうるさく騒ぎ立てた。すぐにその腕から抜け出すが、その動きはどこかぎこちない。
「あ、ありがとう。助かったわ、私もイールも」
「いえ、あなたの剣のおかげですよ」
彼の咄嗟の判断にも、完全に息の合ったあの瞬間も、ディアナはどこか高揚する自分に気づいていた。
一緒に魔物と戦っている時もそう。セイに背を向けていても、彼の動きが分かる。どこまで任せていいかも。認めたくは無いが──とてつもなく彼との相性がいいのだ。長く一緒に居るディオリオでさえ、戦いの最中でぴたりと息が合うのは難しいというのに。ディオリオは気づいていたのだろうか。もし分かっていて、彼を呼んだのなら。
私には、このひとが必要なのかもしれない……。
ふとそう思って──自分の考えに動揺した。初対面で村娘を口説くような青年だ。もちろんそこは根に持っている。
──ううん、そんなわけない。もし、もし一目惚れというのが本当だったとしても、私の外見に惹かれたということじゃない。
もちろんディアナは一目惚れ自体は悪いとは思わない。街に住む仲の良い娘達が憧れ混じりで話しているのも聞いているし。
けれど、本当にディアナを想うなら、結婚を迫る前に彼女に信頼されるように努めるべきだ。彼の外見がそこらでは見られないほど『極上』だからって、初対面で口説かれて落ちるような簡単な娘だと思われているなら、ひどい侮辱だろう。そんな人に心を許せる訳が無い。
確かに彼はとても綺麗だし、結婚うんぬんと言い出さなければ礼儀正しい好青年だ。武術にも長けているし、聡明さも伺える。おそらく貴族なのだろうし、ディアナよりもっと美人で家柄の良い娘もたくさん居る。相手には困らないだろう。
そう思って、ディアナは唇を噛んだ。
「私、何を……」
好きにならない理由を探している時点で、もう危うい気がした。