相棒の密かな溜息
木々の間から現れ、飛びかかって来た魔物にディアナが剣を一閃する。一撃で急所を貫かれたそれはすぐに動かなくなり、それを横目で確認しながらも二体目を薙ぎはらう。彼女の隣ではセイが赤く光る不思議な剣を振りかざし、驚異的な速さと的確さで魔物を次々と倒してゆく。目にも止まらないとは良く言ったものだ。
このひと、本当に強い。ディオリオが言った通りかもしれない。
養父が祖国で常勝将軍と呼ばれるほどの猛者だったのは知っている。魔物など豪腕で真っ二つにするほどの。けれど、金色の髪の青年のそれは、彼女が見た中で最も速く美しい剣だった。
一方、セイもまた彼女の剣技に内心驚いていた。
魔物の動きを読み、冷静に分析し先回りする彼の剣とは違う、ディアナの剣はまるで天から与えられた才能のような。迷いも躊躇いも無い、けれど不思議と冷酷さは感じない。触れてはならない、神聖なもののよう。
その神聖さに、ひどく惹かれる。
──僕の『本能』は間違いじゃない。
恐怖なのか歓喜なのか。思わずぞくりとした背に、応えるように手の中の剣が震えた。
*
「ねえ、セイのその剣、魔法がかかってるの?」
二人で全ての魔物を倒すと、彼の剣から発せられた先ほどまでの赤い光は徐々に青い光にかわり、やがて消えた。それを見て、ディアナは気になっていたことを問う。初めて見る剣に、好奇心が隠せなくなったのだ。
白銀の刀身に、繊細な装飾の施された柄。大きな宝玉がはめ込まれているが、おそらくは魔石だろう。一目見ただけでも相当な値打ちものだとわかるが、それ以上に不思議な波動を感じる。
「ええ。うちに伝わる家宝で、精霊の宿った剣なんです。持ち主に危険が迫ると赤い光を放ちます」
彼女の問いに答えながら、彼はそれを鞘に納めた。魔物が居なくなったから青い光に変わったということだろう。けれど彼には剣よりも優先したいことがあったようだ。
「ディアナ、手を見せて下さい」
セイはディアナの手に目を留めて言う。彼女が腕を上げると、魔物の爪がかすったのか、手の甲に赤い筋ができ、かすかに血が滲んでいた。
「痛みも無いし、かすり傷よ」
けれどセイはその言葉に顔をしかめて、ディアナの手をそっと取る。持っていた小さな水袋を傾けて彼女の傷を洗い流した。
「念のためです。……あなたの手に傷が残っては大変ですし」
その彼の近さと、付け加えられた言葉に、ディアナは動揺した。金色の睫毛が伏せられて、自分の手を見つめていることがひどく落ち着かない。こんな風に意識するのは、森に義父と住んでいて男性に免疫が無いせいか。それともセイが綺麗だからなのか。初対面であんなことを言われたからだろうか。
ふと、彼が伏せていた瞼を上げた。至近距離で合わされたその瞳に、ドキンと心臓が大きな音を立てる。
「──はい、消毒完了」
最後に手の甲に落とされた形の良い唇に、ディアナは悲鳴をあげそうになった。
「へーずいぶんと手慣れてるね、色男。ディアナに妙なことしたら突っつくよ」
一部始終を見ていたイールが冷たい目でセイに告げると、彼はにっこりと真意の見えない笑顔を向ける。
「嫌だな、ただの手当てと、おまじないみたいなものですよ。本当はもっと違うところにキスしたいのを我慢したんですから、褒めて頂きたいくらいです」
「なっ」
上品な美青年からサラリと発せられたまさかの爆弾発言に、少女は一気に真っ赤になり、白い鳥は聞かなかったフリをした。
──だってボク鳥だし。
大好きな相棒が振り回されるのは嫌な気分だが、目下セイは素晴らしい戦力で、ディアナの助けになることだけは間違いない。イールは戦力という意味ではほとんど役に立たないのだから。
上機嫌で進む青年に、ひどく困惑した顔でついていく少女を見ながら、イールは鳥らしからぬ重い息を吐いた。
**
その男は手にした水晶をじっと睨みつけた。そこには古城に侵入した二人の人間──ディアナとセイの姿が映っている。領地に溢れた魔物たちの襲撃も彼らの足を止めることが叶わなかったようだ。
「やはり魔獣ごときで足止めするのは無理か。そいつに出てもらうしかないなぁ。なあ、フローラ姫」
顎をむけた先には、後ろ手に縛られ、豪奢な椅子に座らされたフローラ姫がいた。無言で相手を睨みつける。その視線に動じることなく低く笑い、彼は部屋を出た。
男が居なくなると、彼女は床を見下ろす。
「困りましたわね……ねぇ、ちょっとあなた。しっかりして下さいな」
姫の足元には、一人の男が転がっていた。意識を失っている。
「ねえ」
ちょっとばかり力を込めて蹴ってみたが、動かない。
「おいコラ」
今度は結構な力を込めて蹴ってみた──が、やっぱり動かない。魔法で眠らされているようだ。
囚われの王女、フローラ姫は大きく溜め息をついた。