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月の女神  作者: 実月アヤ
第三章 偽りの王子
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守るべき民

 キルスを狙う白狼は新月と満月の夜に現れる。

 最初は満月の夜。夜遊びの帰りに襲われ、命からがら逃げてきたのが始まり。次の新月には屋敷に閉じこもるキルスをじっと庭から見上げていた。


「うちの屋敷は一応魔導師も居るし、あいつは中までは入ってこない。だけどいつそれが破られるか」


 それに夜遊びができないのは大問題だし。

 口に出さなかった本音もすっかりお見通しの目で、セイはキルスに問いかけた。


「術者はわからないんですか?」


 キルスは「多分」と断り、ある貴族の名を挙げる。


「あの令嬢の家に、魔獣使役に長けた魔導師が仕えてた。そいつだと思う」

「そのご令嬢にとりなして頂くことは?」


 はい、と手を挙げてアランが聞くが、キルスは乾いた声であははと笑う。


「無理だね~そこのメイドに手ぇ出したのバレちゃって追い出されたから。すっげー怒ってた」


 セイがディアナの耳を塞いだ。


「こんな馬鹿の言うことは聞いてはいけませんよ」


 半ば予想通りの流れに、王子は呆れかえる。アランが思いっきり不機嫌に口を開く。


「で、それを“青の聖国王子"がやったことになってると。アンタ何てことしてくれてるんです、うちの王子の評判を落とさないで下さいよ」

「ごめぇん。だってその方がモテるからさ~」


 悪びれないキルスにセイは頭を抱える。ディアナの前でなければ、とっくに転移魔法陣へ引きずり出しているのに。無責任な従兄弟を殴り倒したい気持ちでいっぱいになりながら、本物の王子は冷たい目を向けた。


「あなたも魔導士の端くれでしょう。契約解除は出来なかったんですか」

「君の友人じゃあるまいし、“魔導士”レベルでなんとかできる相手じゃないって。相手は──第二級くらいかな」


 二人の言葉に、セイの手を耳から外したディアナが首を傾げた。


「……第二級って何?」

「ああ……我が国で定められている、魔法使いの格付けなんですよ」


 セイが説明してくれる。


 世界一の魔法大国セインティアは、他国よりも魔法使いの地位は高く評価されており、魔導士協会という魔法使い教育機関と職業斡旋所を兼ねた組織がある。

 一般の魔法使いは“魔導士”と呼ばれるが、魔導士協会での難解な試験を突破すると“魔導師”と認められ、王国に登録された魔導師は王家お墨付きの魔法のスペシャリストとして、高い地位を確立できるのだ。

そして魔導師は弟子を育て、国の重要な役職につくことができ、研究のための補助金も出る。


 詳細に言えば魔力の強い者から第一級魔導師、第二級魔導師、准魔導師、魔導士と階級が分かれていて、セイの姉であるセアライリア王女は治癒魔法に長けた第一級魔導師だ。

 その管理制度は徹底していて、他国に行っても“青の聖国の魔導師”はそのまま魔法使いとしての確かな身分証明になるほどだ。

 だいたいの魔法使いはそれを目指してセインティアで修行するのが一般的でありステータスでもあって、セイの友人の大魔導士のように高い魔力を持ちながら出世しようとしない魔導士のほうが珍しいと言える。ちなみに大魔導士というのは通称だ。


「キルス様は魔導士なんです。といっても薬の合成方面が専門で、香水や美容化粧品の開発をされています」


 アランが補足してくれる。キルスも頷いた。


「僕、根っからのインドア人間なの。攻撃魔法とか野蛮じゃん。女性に喜ばれることに才能が開花しちゃったんだよね~」

「『じゃん』とか言っちゃダメっすよ、仮にも侯爵家の人間が」

「君には言われたくないよ、フォルニール伯爵のご子息」


 なんだかじゃれ合い始めたアランとキルスをよそに、セイが溜息をついた。するとキルスが彼に寄って行く。片手を口元に当てた内緒話スタイルでにんまりと囁いた。


「なんならうちで開発した媚薬とかあるけど。どうよラセイン王子、ディアナちゃんとめくるめく夜を……うげっ」


……セイからの返答は、最上級の笑顔を浮かべつつ目にも留まらぬ速さで放たれた右ストレートだった。それを聞いていたアランはキルスに抗議する。


「ちょっと!うちの王子様がそんなものに頼らなきゃならないような男に見えますか?失礼な。そんな怪しげな薬無くたって、見事な手腕をお持ちですよ、多分ね!」

「アラン、そこじゃない」

「ええ~フォルニールちょっと贔屓目じゃない?こーゆーことについては僕の方が経験値がさあ」

「……もう黙っていろ、二人とも」

「ラ、ラセイン様!お気を確かに!フォルレイン置いて下さい、危ないから」


 妙な方向に話の脱線しまくった男性陣は放っておいて、ディアナは話を整理する。

 つまり、相手はキルスよりも格上だということか。ならば魔導師を説得するか、魔獣を倒すしかなさそうだ。


「緑狼はここまで来るかしら」


 彼女の呟きに、騒ぎから抜けたセイが答えた。


「じきにわかりますよ。明日の夜は満月ですから」




 キルスの事情説明の後、セイの自室にはディアナとイールが居た。一部始終を聞いたイールは溜息をつく。


「ボクがちょっとお遣いに行ってるあいだに、何しょうもない事になってるの。追い出せば良いじゃん、そんなヤツ」

「全く同感です」


 珍しくイールとセイの意見が合致して、彼らはうんうんと頷き合った。キルスとアランは客間に泊めている。キルスの粘り勝ちだ。


「カーシーか……あいつらすっごく厄介なんだ。デカイ上にしつこいし。前に一度ディオリオが討伐を依頼されたときは、群れでどこまでも追われてヤバかったよね」


 イールの思案気な表情に、ディアナもそうね、と頷いた。その時には養父とディアナだけではなく、近隣の村から討伐の為に何人かが協力してくれた。しかし今回はそうではない。相手は一頭かどうかはわからないが、狙われている獲物はキルスのみだ。


「ディアナ、何故キルスの依頼を受けたんです?」


 セイが彼女に問う。ディアナは優しく微笑んだ。


「あなたの従兄弟が困ってるのよ。放っておけないわ。それに」


 セイをじっと見つめた。


「セイにとっては、守るべき聖国の民の一人でしょう?なら私にも手伝わせて」


 セイは息を吞んでディアナの手をとった。


「あなたってひとは」


 セイが背負うものを一緒に分かち合いたいと、そう言うディアナが愛おしい。


「あの~お二人さん、一応言っておくけど、ボクここにいるからね」


 見つめ合う二人に、すかさずイールのツッコミが飛ぶ。ディアナは相棒の目にハッとして頬を染めたが、しかしセイは気にする事無く、少女の手の甲に唇を落とした。


「あなたのそういう優しいところも、抗えない魅力なのですが。それがキルスに向けられているかと思うと妬けてしまいます」


 彼女以外何も目に入らないといった様子で、彼がディアナを見つめて囁く。


「キラキラ!ちょっとボクそこまで許可してないんだけど!?ってか、聞けよ王子様!」


 バサバサ翼をはためかせるイールを横目で確認しつつ、ディアナはセイのあまりの近さに、じりじりと身体を離そうとした。


「あの、うん、わかったから。近いわ、セイ……」


 イールの前だと自覚したら、もう恥ずかしくて綺麗な顔が見られない。しかしセイは真剣そのもので、離れた分、金色の髪がまた近づいた。


「あなたがキルスの為に危険な目に遭うなんて、僕には耐えられません」

「近い近い近い、わざとだろ!コラ!キラキラ王子!!」

「僕は本気ですよ、イール。それにキルスは……」


 セイは言葉を途切れさせた。従兄弟は他人を巧みに利用して狡く立ち回るのが上手い。貴族としてはそれもありだが、ディアナには近づけたくなかった。ディアナはハッキリと言う。


「セイ、大丈夫。──わかってるわ」


 彼女の表情にハッとした。ディアナは彼の言葉を鵜呑みにしているわけじゃない。ちゃんとキルスの本質を見抜いている。


「──そうですね。あなたは真実を見抜く月の女神。杞憂でした」


 そのまま抱き締めようとするが、頬を染めたディアナに押し留められた。


「お客様が滞在中」


 だから、いちゃつくのはダメだと。一言で彼を拒んだ彼女の表情を見れば、決してセイを嫌がっているわけではないことくらいわかる。招かれざる客にセイは一瞬殺意を覚え、今からでも追い出そうかと考えたが。ついでにざまーみろと勝ち誇ったように笑っているイールにも、ちょっと良からぬ感情が湧きそうだ。

 しかし、彼のその頬をかするように──ディアナがキスをした。


「おやすみなさい、セイ」

「……おやすみなさい、ディアナ」


 ああ、もう可愛すぎる。イール、そこで睨まないで下さい。

 恥ずかしそうに出て行く彼女を、自らの腕に閉じ込めたい誘惑を必死で抑え──セイは溜息をついて本棚へと手を伸ばし、カーシーについて調べ始めた。

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