魔法の国の物語
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アディリス王国は大陸一の広大な領地を持ち、神竜アディリスの加護を受けている大国だ。
王城を囲むように豊かな森が広がり、自然が豊かで豊穣な土地も多い。北には山脈が続いており、そちらには野生の竜も生息しているのだが、魔に染まったものでない限り、人間の前に姿を表すことも襲うことも滅多にない。
国内には魔法使いも精霊も少ないが、代わりに王族に親愛を誓った神竜が城に住んでおり、時折王城の上空へとその姿を表すこともある。ディアナも国王陛下の生誕を祝う祝祭で、美しく空に舞う神竜を見たことがあった。
事件はそんな神竜が城を離れていたわずかな隙を突いて起こったのだという。
夜更けに王女付きの侍女の悲鳴が響き、部屋の異常に気づいて踏み込んだ騎士が見たものは、王女を抱きかかえた尖った耳に赤い瞳を持った男の姿だった。
「ダークエルフか!」
魔族の中でも高位に当たるそれは、知能が高く魔法を使いこなす。騎士が剣を抜いた時には魔族は姫とともに窓の外へと飛び出した後だった。その間王女は一言も発さず抵抗する様子もなかったが、深窓の姫君だ。魔族に怯えて動けなかったのか、意識を失っていたのかもしれない。
兵士たちはその後を追ったが、ダークエルフは身体強化の魔法を使っているのかすぐに追いつくことはできず──古城に逃げ込むところまでは確認したが、その中は魔物が溢れかえっていて、とてもではないがその場で乗り込むことはできなかったのだ。
王女が拐われた古城というのは王家直轄の領地にあって、表向きは古い遺跡があるために危険だと、一般人には禁足地になっている。魔物が住みついたのも極秘扱いだ。大規模な討伐隊を組めばすぐに王国中に知られてしまう。
同盟に関わるような縁談を前にして王女が魔族に囚われたとなれば、何かと醜聞になる。王宮の警護の不備も、王女自身の評判もだ。確かに他国に弱みを見せられないのであれば、敏腕退治屋に頼むのもわからないでもない。
依頼を正式に請けたディアナとセイは早速家を出て王女救出に乗り出した。
木々のそびえ立つ深い森は馬の入れない道も多く、二人は徒歩で古城へと向かっている。その道中、ディアナの肩の上で詳しい事情を聞いた相棒のイールは非常に鳥らしい(?)感想でバサっと斬り捨てた。
「ロイヤル同士の縁談ね!人間はつまんない上にめんどくさいね!さっさと助けに行きゃあいいのにさ」
イールの言い草に苦笑しつつも、ディアナはそうね、と頷く。王女様の縁談相手といえば、とふと気づいた。
「セインティア王国……確かあなた“青の聖国”って呼んでいたわよね、セイ」
「ディアナ!」
興味を示す彼女にイールが声をあげる。その声音にわずかな不安を感じ取って、セイはおや、と視線を送ったが、白い鳥はフンと鼻を鳴らしてディアナの肩から上空へ飛び去ってしまった。
「“青の聖国”ってどんなところ?ディオリオも、亡くなった私の父もそこの出身て言ってたもの。セイもそうなんでしょう?」
イールの態度には慣れているのか、構わずディアナが隣を歩く青年に問いかけると、彼は頷く。
「“青の聖国”──セインティア王国はアディリスには及ばない小さな島国ですが、世界随一の魔法大国と言われています。各地から魔法研究家が集まり、精霊も多く生息し、人と共存している。魔法使いを教育する機関もあり、他の国より魔導師の地位は高い。そして──伝説のある国です」
彼の声は涼やかに響いて、ディアナはなんとなく聞き入ってしまう。
彼の話はこうだ。
太古の昔、月の女神が天界より地上に降り立ち、三日月の形をした島を作った。そしてそこで彼女を守護する騎士と共に暮らしていた。そうするうちに、守護騎士は人の身でありながら女神を愛し、女神もまた彼に応えたという。
けれど女神は他の神々によって天に連れ戻されることとなり、人である騎士を連れ帰ることはできない。二人は別れなくてはならなかった。
女神が彼を想って流した涙は、島の中心で大きな湖となった。
二人の愛の証しにと、女神は自分の力の一部であるその地を騎士に与え、彼は残された精霊達と共にのちにセインティア王国を興した。
島を巡る女神の力と精霊は巨大な魔力として王国を守る力となり、いくつもの魔法が生まれ魔道士と共に王国は繁栄していくと、騎士は弟へと王位を譲り、彼自身は女神を愛し続け生涯独身を貫いた。
かの騎士が青い鎧を纏っていたことから、その地は“青の聖国”と呼ばれるようになったという──。
「初代国王、守護騎士フォルディアス・セインティアが守り抜いた地です。女神の涙と言われるフォルディアス湖も、そのほとりに建つ繊細で重厚なフォルディアス城も、それはもう言葉にならないほど美しいんですよ」
故郷を語るセイの横顔を眺めながら、ディアナはひっそりと思う。
こうしていたらとても綺麗なのに。彼は自国をとても愛していて、誇りに思っているとすぐに分かる。それに、凄く優しい目をしている。
彼女の視線にふと気づいたのか、彼は柔らかく微笑んだ。
「あなたにも見せたいな。いつかね」
その言葉になにか意味深なものを感じて、ディアナは戸惑う。そして彼の指先がさりげなく彼女の髪に触れて、そこに纏わり付いていた光をとらえた。
「──こんなところに、精霊が。アディリスでは珍しい。あなたは彼らに好かれているみたいですね」
ごく自然に精霊に触れた彼に、彼女は驚いた。彼らの多くは人に対して警戒心を持っていて、簡単に触れることなど出来ないのに。しかし、彼は精霊──光の塊にしか見えないのだが──を指に乗せたままそれに唇を寄せた。
「っ」
先ほどまで自分の髪に触れていたそれにそんなことをされて、思わず自分の髪にキスされているかのように錯覚してしまう。
──馬鹿なことを。
思わずじわじわと赤くなる頬を必死で隠して、ディアナは彼から目を逸らした。
わかっててやっているのだろうか。それとも無自覚か。どっちにしろ、タチが悪すぎる!
「あの、セイ──」
「ディアナ!前から魔物が来るよ!」
空から急降下しながらのイールの知らせに、
「そう簡単には通してくれなさそうね」
「そのようです」
ディアナとセイは剣を構えた──。