表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の女神  作者: 実月アヤ
第二章 王女の約束
57/90

彼の願い、彼女の想い

**


「……というわけよ。私の思い出話はこれくらい」


 リザリアの街の診療所で、アリエルは話を終えて息を吐く。目の前の女性は頷いて「ありがとう」と優しい瞳をして言った。

 自分を尋ねて来たその客を見たときは、思わずカップを落としかけた。いつもの可憐な美少女はいい。想定内だ。しかし彼女の連れが、いつもの『笑顔が無敵武器』の美青年じゃない。怪しいほど深く被ったローブを取ると、現れたのは金色の巻き毛の絶世の美女だったのだ。


「えっと、アリエル。こちらセアラ……さん。セイのお姉さんなの」

「セイ君の、身内?」


 ディアナの説明にやっと納得した。美しい容貌はよく見れば確かに、彼に良く似ている。けれど何故、その姉が自分に会いに来るのだろう。


「アリエル・ホルザックさん。あなたに伝言を預かっておりますの」


 金の薔薇はにっこりと微笑んだ。



 彼女に求められるまま、クレスとの思い出話を語り、それを二人の客は熱心に聞いて。それから三人はいわゆる女子トークに華を咲かせた。ここでアリエルの口から初めて、セイがリザリアの街で行った『害虫完全退治』について明かされた。


「最初はやっぱりセイ君も、街の若い男共に難癖つけられたのよ。ディアナとどういう関係だって」


 女医はクスクス笑って。


「そしたら彼、『ディアナは僕の女神です』なんて言うんだもの。笑顔なのに目が笑ってなくて、凄い迫力だったわよ。それで引き下がらなかった奴も居たんだけど……」


 なんとなくその先は聞きたくない。


「人間が空を飛ぶとこ、初めて見たわぁ。そりゃあ見事な回し蹴りだったわよー。もちろん、セイ君からは手を出してないし、おかげで私の仕事が増えたけどね」


 楽しそうに語るアリエルと、ニヤニヤ笑いのセアラに囲まれ、ディアナは赤面して「もう……」と溜息を吐いたとか何とか。ふと外を気にするセアラに、ディアナが問う。


「どうかしたんですか?」

「もう少ししたら、ヘタレ王子が来るはずですの。使いを遣りましたから」


 そう言った途端、診療所の扉が乱暴に開かれた。


「なんであんたがここに来る!?」


 レオンハルトはセアラを見つけて目を剥く。その手にした書状をテーブルに叩き付けた。


「『アリエル嬢の診療所に一刻も早くいらっしゃいまし。来ないと王太子殿のアレをバラしますわよ』アレってなんだ!!」


 怒りに震える彼に、セアラは平然と彼を見つめ返した。手にした扇でヒラリヒラリと自分を仰ぐ。


「そんな分かりやすいハッタリに釣られるなんて、日頃の行いが悪いんじゃありませんこと?」

「──っ、この、性悪女!!!」


 彼はわなわなと拳を震わせて叫んだ。それでも金の薔薇はうふふと微笑む。


「あら、わたくし今日は町娘その2よ」

「……それは無理ってものです、セアラ……さん」


 ディアナが控えめに、しかし断固反論した。どんなにローブで隠していようと、その美貌は見え隠れしていたし、どれだけぶっ飛んだ性格をしていようと、その仕草や佇まいは気品に溢れ、育ちの良さはすぐにわかる。セアラは絶対的な「姫君」なのだ。きっとアリエルも気付いているのだろう。父親の助手とはいえ王宮勤めをしていたのだから。

 会話を躱されたアディリスの王子は、怒りについ──暴言を吐く。


「あんたには関係ないだろう!それとも何か、婚約者の過去をコソコソ調べるのがあんたのやり方か!」


──ヒュ!と視界をかすめた何かに、レオンハルトは咄嗟にその反射神経で避けた。


「──っ!」


 みれば青の王子の近衛騎士が、舌打ちしながらその脚を戻しているのを見つける。


 いたのか。


 避けなければ確実に横っ面を蹴り倒されていただろう。いつもヘラヘラしている聖国の従者の、本気の視線に冷や汗が流れた。


「……今、お前、アディリスの王太子たる俺に、蹴り入れなかったか」

「見間違いじゃございませんか?チッ、当たれば良かったのに」


……思いっきり本音が漏れている。

 アランの後ろからセイが続いて入って来たが、セアラ姫を見て苦笑した。その顔は何もかも分かっているという微笑みで。


「姉上、イールとだけ内緒話はズルいんじゃありませんか」

「あら、やっぱりあなたにもバレているのね。では仕方ないわ」


 セアラは首を傾げて微笑む。話の見えないレオンハルトは、苛立たしげに一同を見回す。友人である女医に近づいて、その顔を覗き込んだ。


「アリエル、あの女に何か言われたのか」


彼女はにっこり笑って──


「レオンハルト王子、彼女はとても大事な伝言を持って来てくれたのよ。あなた、自分の婚約者にそんな言い方失礼じゃない。それにまだ私の心配してくれてるの?大丈夫よ。もういい加減、私のことは放っておいていいのに」


と呆れたように言う。親離れできない子供のように扱われ、レオンハルトは悔しそうに唇を噛んだ。けれどディアナを見てハッとする。


「アリエル、クレスの妹が見つかった」


けれど彼の意に反し、アリエルは驚きもせずに苦笑した。


「ええ、私、気付いていたの。初めてディアナに会った時、あの瞳を見てから。あまりにも彼と同じ色をしていたから、すぐにわかった。最初は彼の面影を探していたけれど、ディアナを知るうちに、そんなのどうでも良くなっちゃって。だってこの子ったら自分の事に無頓着だし、危なっかしくて見ていられないんだもの」


 その瞳を向けられて、ディアナは微笑んだ。確かに初めてアリエルに会った頃、彼女に何か言いたげな目で見られる事が多かった。でも彼女はいつだって、姉のようにディアナを心配してくれて、口うるさく言ってもただ、見守ってくれたのだ。

 アリエルはレオンハルトへ笑う。同じ痛みを知っている友人への、親しみを込めて。


「だからね。私はもう彼の為にここにいるんじゃないの。私の為よ。ここで医者として生きるのが私の道なの」


 彼は黙ってアリエルを見つめた。


「クレスの面影に縛られてるんじゃないの。私自身で選んだことよ。だからレオンハルト、あなたももういいのよ。クレスの言葉に縛られて私の心配はしなくていい」


 アリエルはそう言うと、立ち上がった。往診の準備を整えて、皆を振り返る。


「じゃあ、私は患者が待っているから。ディアナ、彼のことはまたゆっくり話してあげる。セアラさん、ありがとう」


 晴れやかな笑顔で、アディリスの女医は手を振って出て行く。レオンハルトは茫然と立ち尽くした。


「そうじゃない、俺は……」


 ぽろりと溢れた言葉は、彼自身にもわからない色を纏って、戸惑うばかりで。その姿に、セアラ姫は席を立つ。


「全く、ヘタレもいい加減になさらないと、『残念な美形』という身も蓋もない部族にカテゴライズされますわよ」


 彼の前で──毅然と顎を上げた。セアラ姫はそのアクアマリンの瞳をまっすぐにレオンハルトへと向けて。


「良くお聞きなさいましね、この自意識過剰のストーカー王子。わたくしはあなたと未だお見合いすら不成立ですのよ、そちらこそ婚約者面は止めて頂けますこと?」

「は!?」


 金色の美貌の姫君の口から飛び出した言葉に、アディリスの王子はぎょっとする。声にこそ出さなかったが、ディアナも目をまんまるに見開いた。


「誰もがあなたのふがいなさをフォローしてくれると思ったら大間違いですわ。ぐちぐち悩む暇があったら、さっさと告白でも何でもしたらよろしいのよ」


……セアラ姫、凄い。

 ディアナは内心拍手を送りたくなる。しかし罵倒され慣れていないレオンハルトは、一気に怒りが頂点に達したようだ。


「お前に、何が分かる……!」


 彼がぎり、と噛み締めた奥歯に、目の前の薔薇はそれは美しく微笑んだ。


「分からないわ。だから理解すべきだと思って、ここに来たけれど──あなたは、そうではないようね」

「──?」


 レオンハルトは目を見開いた。

 いま、きっととても重要な事を言われた。巧妙に隠された、セアライリアの本音に触れたような。

 ふと視界の隅に入った、聖国の王子の従者は腕を組んで壁際に立っていて。セアラの言葉で彼が苦しそうに、顔を歪めたのが分かった。レオンハルトは思わずそちらへ顔を向けようとして──しかし彼への視線を遮るかのように、セイがその前に立つ。

 いつものように穏やかに微笑んでいるのに、触れてくれるなと──彼の無言の圧力を感じて、レオンハルトはセアラへと意識を戻した。姫君は毅然とそこに立ったまま、口を開く。


「クレス殿からの伝言です。『アリエル、レオン。どうか前を向いて、幸せになって』」


 信託を告げる巫女のように、厳かにセアラは言った。レオンハルトは驚きに目を見開いた。


「どういうことだ」

「ある精霊に頼まれたのです。クレス殿からの伝言を。わたくしも、彼の願いを託されたのよ。あなたがいつまでも、亡くなった親友を前に進めない言い訳にしているからじゃないかしら。ちなみに『レオンは格好つけで、乱暴な言葉で本心を誤魔化すタイプだから、婚約止めといた方がいいかもね』とも警告頂きましたわ」


 親友からの暴露と身も蓋も無い忠告に、レオンハルトはがっくり肩を落とした。

 そう、あいつはそういうヤツだった。頑固で、人をよく見ていて、綺麗な顔で──さっくりと釘を刺す。

 目の前の王女に、少し似ていたかもしれない。


「……死者からの伝言を受け取れるのも、魔法の国の王女様の力か」


 怒りなど一気に吹き飛んで、なぜか彼女の言葉を信じてしまう。レオンハルト王子の苦笑混じりの問いに、セアライリア王女は曖昧に微笑み──それから言い放った。


「彼女を追いかけたらいかが。いつまでも他人のせいにしてないで、彼女に振られてくるがいいですわ」


 アリエルを心配したのはクレスに言われたからだけではない。

 彼女に必要とされたかった。けれどクレスを想い続ける彼女の心を変えることは無理だと、頭のどこかでわかっていた。だから動けず、いつまでもグズグズと悩み続けて、友人で居続けた。

 セアラはとっくに気付いていたのだ。レオンハルト自身さえ自覚できずにいた、葛藤に。


「あんたは本当に金の薔薇だな」


 何もかも照らし出し、全て見通していて、うっかり躊躇おうものなら、その正義の刺で人を刺す。眩しくて直視できない。最初からこの姫君は人を見透かすようで、苦手だった。美しい容姿の下の、厳しく聡明で大胆な顔を隠しもせずにレオンハルトに相対して。けれど多分、彼を正しく導いてくれるのも、彼女だと分かっていたから。


「感謝する、セアラ姫」


 レオンハルトは家を飛び出した。アリエルを追って。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ