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月の女神  作者: 実月アヤ
第二章 王女の約束
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意外な訪問者

 二人がセレーネの森に戻って、家の前まで来たとき。


『ラセイン、ディアナ──誰かが転移されてくる』


 フォルレインが魔法を感じて二人を呼んだ。しかしその刀身は特に赤い光を纏う事も無く、危険は無いようだ。


「誰かしら」


 呟いたディアナの前に、緑色の光が現れて円を描く。


「ディアナ」


 念のためにとセイが彼女を引き寄せて、フォルレインの柄に触れた。しかしその光の向こうから現れたのは──


「セアラ姫!?」

「姉上!?」


 金色の巻き毛、白い肌。繊細な細工の扇を手に、燦然と輝く『聖国の金の薔薇』と呼ばれる美貌の王女。

 光が消えると、王女は驚愕している二人を見てにっこりと微笑んだ。


「わたくしも、“家出して来ちゃった”ですわ」



「全く、何を考えてるんです」


 セイが呆れ顔で言った。


「あらあ、あなたには言われたくなくてよ。いいじゃないの。ディアナにも会いたかったし」


 森の小さな家のリビングに通され、ディアナが淹れた紅茶を優雅に口にする姉姫に、弟王子が眉をしかめる。


「だいたいどうやってここが分かったんですか」


 アディリス王国、セレーネの森は広大だ。しかもセイは自分とディアナを探すような相手に対しては道を惑わせるよう、フォルレインで結界を張っている。彼はディアナとの穏やかな生活を守るために、徹底的に祖国から自分を隠していた。セレーネに居る事は分かっても、この家の場所までは特定できないようにしたはずだった。


 例外があるとすれば、唯一居場所を教えている近衛騎士のアランからの発覚か、大魔導士である友人の魔法だったが、どちらもセイの許し無しに勝手に教える事など無いはずだ。


「ああ、あなたの目くらましが効かなかったわけじゃないのよ。わたくしはただイールの気配に向かって飛んだだけで、ここがアディリスのどこに位置するかも分かっていないわ」


 しまった。イール。

 セイは内心舌打ちをする。彼まではノーマークだった。

 イールはセイのディアナへのちょっかいは絶妙なタイミングで邪魔するものの、セレーネの森では結構動き回っているし、普段はこの家にも居ない事が多いから、すっかり油断していた。今もまた、森のどこかに行っているはずだ。


 そもそも転移魔法はあらかじめ用意された門と呼ばれる装置や術式、魔術道具などを使って行われるのが一般的で、自身の魔法だけで行うのは、転移元と先の両方に繫がりが深いよほど慣れた場所でないと難しい。知らない場所へ飛ぶなどもってのほかだ。それもかなりの高位魔法なので、使える者すらあまり居ない。

 アディリスの王女に恋をした魔物ジェイドは、そう言う意味ではかなり優れた魔術使いと言える。


──そしてちゃんとした装置も無しに軽はずみに転移すると、時空の狭間に落ちて戻って来られなくなる事もある。動物であるイールを目当てに転移するのは、結構危険な行為なのだ。


「……あなたの魔法で飛んだんですか、姉上」


 その危険性に声のトーンが若干下がった弟に気付いて、セアラ姫は慌てて手を振った。


「いえ──新しい魔法道具を開発したのよ。セレーネの森でイールの気配が一番多く残されている場所を簡易的に門と見なしただけで、危険はそれほど無いわ」


 セインティア王女の身分で危険な事をするなと責める弟王子の視線から逃れるように説明する。この普段は穏やかな『聖国の太陽』を怒らせると怖いのだ。


「だからといって、護衛もつけずに」

「あら、わたくしはセインティア王国一の剣の使い手であるあなたと、戦いを司どる月の女神に会いに来たのよ。これ以上安全な場所が他にあって?」


 これには弟王子も黙るしかない。結局は姉に逆らえるわけも無いのだ。それまで成り行きを見守っていたディアナが、王女を見つめて問いかける。


「セアラ姫……でも本当にどうしたんですか?何か困った事でも?」


 彼女の言葉に、セアラ姫は呟いた。


「ええ……そうなのだけれど、でも困ってるのはわたくしじゃないわ」

「今、絶望的に困りまくりなのは俺ですよ。王子に続いて王女にまで逃亡されるとはね」


 快活な声がその場に割込み──見れば近衛騎士のアランが扉の前に立っていた。身体に残る緑色の粒子を振り払うように腕を動かす。


「あら、早かったわね」


 セアラ姫がつまらなそうに言う。その言葉にアランががっくりと項垂れた。


「セアラ様の部屋から妙な魔法が発動したと思ったら。こんなもんコソコソ作るくらいなら、せめて美人タヌキオヤジにバレないようにやってくださいよ」


 ご丁寧にも魔法の使えないアランでも発動させられるようになっていた。これは追って来いというサインなのか、ただ単に凝ってみただけなのか。


「アラン」


 側近の文句など耳にも入れず、セイはただ一言で要求する。


「ちゃんとつれて帰りますってば、ラセイン様!ディアナさんとのラブラブ生活を邪魔されたくらいで怒らないで下さいよ!」


 主君の冷たい目線に、哀れなる側近は溜息をついた。


「まあ、セアラ様次第ですけど」


 次いで彼の目に浮かんだ、複雑そうな色にセイは眉を上げる。側近がこんな顔をするのは、本心を抑えようとしている時で。


「──それに俺だけじゃありません」


 緑の光がもう一度広がった。

 そこに現れたのは、アランと同じ歳くらいの一人の青年。ミルクティ色の軽くクセのある髪。切れ長のエメラルドの瞳。引き締まってはいるがしっかりした肩幅の青年で、整った顔立ちをしている。無表情ならきつくも見えるその顔は。


「……フローラ姫?」


 アディリス王国の第三番目の王女に良く似ている。ディアナの言葉にアランが頷いた。


「アディリス王国第一子、レオンハルト・ギエン・アディリス王太子殿下──セアラ様のお見合いの相手です」


(え?)


 青年の素性に、耳を疑うディアナの隣。思わずセアラ姫に確かめるように視線を向けてしまった。


 「レオンハルト殿下」


 セイが驚いた声で青年を呼ぶ。世継ぎの王子同士、面識があるらしい。呼ばれた方は口の端を上げて答えた。


「よぉ、ラセイン王子。うちの暴走妹が世話になったな」


 フローラ姫のことだろう。しかしその口調も、軽く手を上げる仕草も、大国の王太子にしては砕けすぎている。


「アラン、あなたそちらの方までお連れしたの」


 セアラ姫はこれは予想外だったらしい。眉を上げて抗議した。近衛騎士はややうんざりしたように頷く。


「どうせ同じ国に行くならついでに送って行けと言われまして。つっても行き先は王都じゃないって申し上げたんですけどねー」


 言われたレオンハルト王子は窓辺まで寄って行って、外を確認した。


「ああ、セレーネか。構わん。国内なら俺の庭だ」


 彼には広大な森も一瞬で見分けがつくらしい。そのあたりはさすがと言うべきか。

 ディアナは目を丸くして一同を見渡した。セレーネの森の小さな家に、2国の王族と近衛騎士……あまりのそぐわなさに唖然としてしまう。しかも全員が容姿端麗ときている。


 なんだろう、このキラキラ空間。今ものすごくイールのツッコミを聞きたい。


 彼女は自分を棚にあげて、彼らに見惚れる。


「せっかくセインティア王国まで行ったってのに、とんぼ返りする羽目になるとは思わなかったぜ。俺との面会の日に家出とは、そんなにこの見合いがご不満なのかな、我がお妃候補殿は」


 わざとなのか少々荒い口調で話す青年は、皮肉気にそう言い、セアラ姫は鼻で笑った。


「あら、殿下の今回のセインティア訪問は『魔法を学ぶ』ためと伺っておりますわ。ならば目的を果たせば宜しいのでは?わたくしが不在であろうと、セインティアには優秀な魔導士協会がございますもの。十分に見聞を広めていらして」


 建前を逆手にとって、セアラ姫は鮮やかに微笑む。常の男性なら見惚れるところだが──レオンハルトは苦々しく顔を背けただけだった。


「あんたは棘だらけの薔薇ってわけか」


 彼の言葉に、姫君は扇の陰で今度こそ笑い声を上げた。


「棘に怯むようでは、薔薇を手折ることなど到底無理ですわよ。神竜の国の王子」


 セインティアに月の女神と青の聖騎士の伝説があるように、アディリス王国は神竜に護られた地だ。その由来からセアラ姫はレオンハルト王子をそう呼んだのだろう。


「あの恩着せがましいひきこもり竜に興味があるのか。俺と結婚すりゃあんたのもんだぜ?」


……神竜相手に随分な言い草だ。ディアナのような一般市民では祭典の時くらいしかその姿を見ることもないが、世継ぎの王子であるレオンハルトなら、普段から会っているのだろう。


「そうね、神竜はとても魅力的ですけれど。貴方に対してはこれしか思いつきませんの」


 セアライリア王女は微笑みを絶やさずに言った。


「おとといきやがれ、ですわ」

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