王子の家出
「半年分の公務を片付けて行くとはね。さっすが我らが王子」
アランは頬杖をついて城壁から下を見下ろした。視線の先には手を取り合って城を出て行くセイとディアナ、そしてその上を悠々と飛ぶ、イールの姿があった。
山積みだった案件を片付け、前倒しまでして「文句ないでしょう」と王に叩きつけ、定期的に城へ帰ることを条件に、ラセイン王子は今しばらくの自由を得た。そして愛しい少女と森の小さな家に戻ることを選んだのだ。
随分堂々とした家出に周りの家臣達は慌てたが、王も王妃も呑気に、
「まあいいんじゃないか?」
「そうですわね、やることやってるし」
「私もまだまだ若造に玉座を譲るつもりはないぞ」
と、一応は愛に溢れた頼もしい言葉で息子を送り出した。どうせ公務が滞ったり、新しい政策を思いついたりしたら、何が何でも引きずり戻すつもりで居るに違いない。ラセイン王子の父は、そういう点では容赦なく王だ。付け加えるならば、王はアランのみが王子の行方を知っていることに気付いているのだろう。知らぬ振りをして、王子補佐官としての彼を多いにこき使うつもりなのは目に見えている。
「……あの化け物級の美人タヌキオヤジ……」
けなしているのか褒めているのか分からない恨み言をぼそっと呟く。王城の精霊によって残さず王の耳に届けられているだろうが、もちろんわざとだ。
「行ったの?」
背後から投げかけられた声に、アランは苦笑しながら頷いた。セアラ姫が眼下を見て呟く。
「わたくしも見習わなきゃ」
何を。
アランは冷や汗をかきながら姫君を見た。
「あのセアラ様……?」
「あらあ、わたくしはぶっ飛んだ姫だもの。有能な近衛騎士殿は何しても驚かないでしょう?」
「根に持ってたんですね、それ!」
面白そうに言って、セアラ姫は湖を見下ろした。二人の姿はもう見えない。当分はこの愛すべき王家姉弟に振り回されそうだなと、アランは複雑な溜め息をついた。
セイとディアナは城を振り返ることなく、歩いてゆく。
「帰ったらフローラ姫とジェイドさんにお礼をいわなきゃね」
「そうですね」
ニコニコと同意するセイに、ディアナはちょっとだけ赤くなった頬を向ける。
「……あのね、セイ。私ちゃんと歩けるから、その……手を離して」
ずっと彼に繋がれたままの手に、視線を向ける。セイは首を傾げた。
「何故です?少しでもあなたに触れていたいんですが、ダメですか?」
キラキラと困ったように言う彼が眩しい。わざとだろうか、これ。
「あの……ダメとかじゃなくて。手を繋がれるなんて私が子供みたいじゃない。恥ずかしい」
「何を言うんです。子供じゃないからこそ繋ぎたいんじゃないですか。ああ、ならあなたからキスしてくれたら離します」
「そ、それ関係ないでしょう!!」
真っ赤になった少女に、楽しそうに美貌の王子は微笑んだ。
「ちなみにキス1回につき、15分間離してあげますから」
「それじゃ解決になってない!!」
ディアナへの甘さ全開の彼に、恥ずかしさで怒鳴りつけるが全く効いていない。上空ではイールが諦めたように、ディアナに同情的な視線を送っていた。すでにセイに怒り絡んでかわされ続けたので、もう放っておくことにしたらしい。王子の粘り勝ちだ。
『ならば我にも女神のくちづけをくれぬか』
いけしゃあしゃあと乗ってきたのは王子の腰に下げられた剣──フォルレインだ。セイは眉を上げる。
「剣のくせに何を言うんですか。いくら君でも許しませんよ、フォルレイン」
『我はお前と一心同体だろう』
……厄介なのが二人に増えたわ。
少女は頭を抱えた。そんなやり取りをして、ふとディアナが問う。
「タクナスのような魔族は、またいつか現れるのかしら」
「その時には僕があなたを守ります。何があっても」
セイが一瞬も迷わずに言葉を返し、ディアナの手を強く握った。
「じゃあ、私はあなたを守るわ。何があっても」
ディアナの言葉にセイが苦笑する。
「無茶は無しですよ」
木々の間から木漏れ日が降り注ぎ、二人の行く道を照らしている。その柔らかな光の中を、二人は進んで行く。
「帰りましょう、あなたの家に。──今日からは、僕達の家に」
「ええ」
セイの言葉に、ディアナは幸せそうに微笑んだ──。
イールは翼をはためかせ、王城を振り返る。金色の髪の美しい王女に託した約束を思い出して。
「──頼んだよ、聖国の金の薔薇。どうか……」
白い羽が一枚、風に乗って青空へ消えた。
第一章:「月の女神」end.




