閑話:王子と魔法使いの秘密の話
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王城の王太子の私室──。
セイは手のひらに白い蝶々を乗せていた──否、それは精霊だ。見つめる先で輝き出す。彼が出した魔法の手紙が相手に届いたという合図だ。手紙と言っても、魔法使いさえいれば会話が出来るので、通信魔法と言ってもいいかもしれない。今頃は相手の傍で同じ蝶が舞っているはずだ。
「開呪」
セイは数少ない自分の魔法を唱える。蝶がポウっと光り──羽ばたいた。
『──久しぶりだな、ラセイン。どうした』
蝶から低い美声が聴こえて来た。セイの子供の頃からの友人である魔法使いだ。
「──ちょっとばかり、家出をします」
セイの言葉に、相手はおかしそうに笑った。
『……反抗期なら終わったのでは?』
「恋をしまして。相手はアディリスの森に住む月の女神です。今は彼女の傍に居たい」
相手はしばらく黙った。驚いたのかもしれない。
「──知っているでしょう、セインティア王の一目惚れ体質と、その魔法。あなたは以前から、伝説は本当に命を落とす訳ではないと言っていましたよね。せいぜい魔力を失うだけだと」
セイがディアナから伝えられた話は、実はもう随分前からこの魔法使いの友人には告げられていた話なのだ。二人で文献を調べたこともある。蝶から声が漏れた。
『そうだ。しかも“結ばれる”の定義が分からんしな。想いがお互いに通じればいいのか、身体を契ればいいのか、結婚することなのか。フォルディアスの魔法の定義は、私からすればかなり曖昧だ。──けれど、それでも君は止まらぬのだろう?』
さすがに長年の付き合いのある友人は、セイを正しく理解していた。
「ええ。ですからあなたには黙っていて欲しいんです。両親にも姉にも、僕の行方を探して欲しいと言われても、かわして頂きたい。“大魔導士”のあなたの魔法を頼られたら、さすがに僕は見つかってしまいますから」
王子の要求に、友人は溜息を吐いた。
『君の姉上に追求されると、どうも……』
聖国の象徴であり、一癖あるセアライリア王女に逆らえるものはいないらしい。もちろん弟のセイも同じだ。それでなくても──彼女に対して大きな弱みがある。
「一年間で構いません」
『世継ぎの身で?』
「ちゃんと策は講じて行きますよ。ちょくちょく帰ってくるつもりですしね。一年後にはちゃんと口説き落として、彼女を城へ迎えます」
『……あの馬鹿には知らせておくんだろうな?』
「……アラン?ええ、もちろん。僕の側近ですから」
『尻拭いと言えばいい。お前の犬のことだ、どうせ尻尾振ってやってくれるであろうよ』
苦々しい声は、彼がアランと仲が悪いと公言しているからだろう。セイにしてみれば、悪友同士がじゃれているようにしか見えないが。
「そういえば……今回こちらを引っ掻きまわした魔族は“アルティスの秘石”を求めていました。──気をつけて」
『……わかった』
タクナスが求めていた魔法の行方を、セイは知っていた。しかしそれによって傷つけられた人間がいることを思えば、絶対に魔族の手に渡してはならないと思う。願わくばあの魔族がこのまま身を引くか、忘れてくれれば良いのだが。
もうディアナにあんな顔をさせたくない。戦う彼女は美しいが──それ以上に、ふと見せる柔らかな笑顔でいて欲しい。
先ほど月明かりの下でくちづけた彼女は、本当に可愛らしかった。震える睫毛で、それでも精一杯彼に応えて愛の言葉を囁いてくれたディアナ。愛おしいと、彼女をずっと護りたいと、心底思った。
知らず知らずのうちに、長い息を吐いた王子に──優しい声が届く。
『ラセイン──幸せになれよ』
それが彼なりの了承と、激励の言葉だと理解して、セイは微笑んだ。
「……ありがとう、シーファ」




