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月の女神  作者: 実月アヤ
第一章 月の女神
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星空の下のキス

「僕が王子だから、応えられない?──ならば、ラセインではなく、ただのセイだったら?そうしたらあなたは迷わずに、僕の腕に飛び込んでくれましたよね。違いますか?」

「そ、れは」


──その通りだ。


 息を呑んだのは、肯定と受け取られたのか。その瞬間、つかつかと近づく足音がして──背後から強く抱きしめられた。


「あなたのためなら王座など捨ててもいい。だけど僕は世継ぎの王子です。民を見捨て、裏切ることなどできない」


 わかっている。だからこそ、別れを告げようとしたのだ。

 ディアナはとめどなく流れる涙を抑えきれない。


「だから……どちらも諦めなくて良いですか?きっとあなたに無理をさせたり、迷惑を掛けると思いますが」

「……え?」


 ディアナは顔をあげた。思わず背後の彼の顔を仰ぎ見てしまい、セイが頷き、微笑む──。


「僕はもう知ってしまったんです。一生に一度の恋を。あなたへの愛を。いまさらあなたと離れて、平気で生きていけるわけがない。僕と一緒に生きて下さい、ディアナ」


──思わず、息が止まった。


「セイ……」

「今すぐに妃になってくれとは言いません。今は覚悟が出来ないなら、待ちます。あなたの望む場所で、あなたの傍で。──それくらい、この想いを貫くためなら何でも無い」


 こんなふうに言われてしまったら。こんなにも望まれてしまったら。もう嘘などつけそうにない。

 紫水晶から零れ落ちる涙は、もうセイに見られてしまった。それが何より、ディアナの想いを告白しているも同じだ。

 王子はディアナの涙を拭ってくれながら、クスリと笑った。


「だいたい王は未だ健在ですしね。僕が王位につくのはまだまだ先ですよ。──ああ、もちろんそれまでには、あなたを全力で口説きますけど」

「セイ」


 彼を呼べば、いつもより熱のこもった瞳が彼女を見下ろしていた。それを見つめ返す。


「あなたの本当の気持ちは?」

「……わかってる、くせに」

「それでもあなたから聞きたい。僕は迂闊ですけど無能ではありませんよ。今更あなたを逃がすとでも?」


 力を込められた腕と、甘さを増した視線に、やられた、と思った。剣士のディアナよりもよほど、世継ぎの王子は狩りに長けているのだ。ディアナは涙を零して、セイに向き直ると──とうとう口にした。



「──あなたが好き。私の心も、命も、全部──あなたにあげる」



 きつく少女をかき抱いて、聖国の王子は微笑んだ。やっとこの腕に捕まえた──月の女神。否、囚われたのは、自分の方だ。


「……それ、もの凄い殺し文句だって、知っていました?」

「……出会って5分で求婚されるより、威力無いと思うわ」


 しばらくそのまま抱きしめあっていた二人だったが、ふとセイが思い出したように呟いた。


「ああ、そうだ。覚えてますか?いつか森でセインティアの話をした時に、あなたに見せたい場所があると言ったのを」


 そういえば、とディアナは思い出した。あの時はセイの真意はわからなかったけれど。


「こちらへ」


 セイに手をひかれて、ディアナはバルコニーに出た。外はすっかり夜の暗闇に包まれてはいたが、空に浮かぶ満月と星々の輝きで、意外に明るい。真下には薔薇園が広がっているが、彼はもっとその先を指し示した。

 セイが促した方を見れば。


「わあ……」


 ディアナは歓声をあげた。

 城の眼下に広がる湖。その水面には月明かりに浮かぶフォルディアス城と、月と無数の星が映り、キラキラと輝いていた。夜空から湖へと続く宝石箱は夢のように美しい。彼女が先ほど部屋から見た輝きはこれだったのだと気付いた。

 湖畔には星の光につられたように、精霊達が柔らかな光を纏って踊っていて。時折小さな光が、湖面で花火のように弾ける。


「凄い……!」


 ディアナは思わずセイを仰ぎ見た。彼は深く微笑んで、頷く。


「ずっとあなたにこれを見せたかった」


 その声はどこまでも優しくて、甘くて。ディアナは高鳴る胸をそっと押さえた。


「すごく綺麗だわ。ありがとう、セイ」


 ふとセイが繋いだままのディアナの手に指を絡ませ、その口元へ引き上げた。彼女の指に唇を落として、アクアマリンの瞳が艶やかに少女を見つめる。ディアナの心臓がひときわ大きくドクンと跳ねあがった。


「セインティアに伝わる、月の女神の名を知っていますか?」

「え?いいえ……何ていうの?」


 少女は紫水晶の瞳を煌めかせた。ディアナを見つめるセイの瞳が、柔らかく微笑む。


「“ディアナ”──あなたと同じ名ですよ」


 愛おしげに囁いたその声に、初めて彼女の名を聞いたときの彼の反応を思い出した。あの時の、夢見るような瞳も。


「ああ、それで私の名前を聞いて驚いたのね」

「どこまでも運命だと思ったんです」


 腑に落ちれば、何だか気恥ずかしくて、けれど嬉しくてディアナは微笑んだ。その顔を見て、セイが軽く目を見開く。王子は少女の背中に腕を回して、自分の胸の中に引き寄せた。至近距離にお互いの瞳を捕らえて。想いが通い合った気がした。優しい青い宝石がディアナへと降りてくる。


「愛しています。僕の女神」


 唇が触れ合う直前、ディアナは目を閉じて囁いた。


「私も……あなたが好きよ、セイ」

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